過敏性腸症候群(IBS)と低FODMAP食(低フォドマップ食)
執筆: 宮﨑 拓郎(公衆衛生学修士(栄養科学)、米国栄養士会所属米国登録栄養士)
監修: 堀田 伸勝(消化器専門医・医学博士)
1 FODMAP(フォドマップ)とは?
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)では別の記事でもお伝えしたように多くの患者さんが食事起因の消化器症状に悩まされています。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
そしてこのIBS患者さんに対する食事療法の中で現在最も研究が行われ、実際に活用されているのが低FODMAP(フォドマップ)食です。
低FODMAP食は、FODMAP(フォドマップ)が含まれる量が少ない食事となります。
そしてこのFODMAPは、以下の頭文字を組み合わせた言葉になります。
Fermentable:発酵性の
Oligosaccharides:オリゴ糖(フルクタン、ガラクトオリゴ糖)
Disaccharides:二糖類(ラクトース)
Monosaccharides:単糖類(フルクトース)
And
Polyols:ポリオール(ソルビトール、マンニトール、イソマルト、キシリトール、グリセロール)
通常、多くの方はこれらのFODMAPが含まれる食品を問題なく消化・吸収することができます。
しかし、一部のIBS患者さんや潰瘍性大腸炎・クローン病などの炎症性腸疾患(Inflamatory Bowel Disease: IBD)患者さんの中には、これらのFODMAPの一部を小腸で吸収することができず、そのまま小腸に残ってしまうことがあります。
この小腸内に残存したFODMAPがIBS患者さんの消化器症状に以下のように影響を与えると考えられています。
1)消化管内に過剰に水分を滞留させる
小腸内に残存したFODMAPが、小腸の表面から水を吸い上げて、消化管内に過剰に水分を滞留させます。消化管内に水分が溜まることによって、腹部の膨満感や腹部の痛みや、下痢などの原因になると考えられています(1),(2)。
2)腸内細菌によって発酵され、ガスを発生させる
吸収されなかったFODMAPは、大腸まで移動し、腸内細菌により発酵されます。その結果、ガスが消化管内に滞留し、腹部の膨満感や痛みにつながると考えられています(1),(2)。
2 どれくらいフォドマップ(FODMAP)を食べたら消化器症状が出るの?
患者さん一人一人で処理することのできるフォドマップ(FODMAP)の上限量が異なると考えられています。
この上限量は、バケツに想像してもらうとわかりやすいと言われています。
FODMAPが含まれる様々な食べ物を食べていると、バケツの中のFODMAPが徐々に増えていきます。FODMAPが溜まり、バケツが溢れると(上限量を越えると)、消化器症状が現れると考えられています。
ここでのポイントは、FODMAPは累積するということです。一つ一つのFODMAPを摂取して症状がでない場合でも、それが徐々に蓄積していくと、消化器症状が現れる可能性があります。
また累積するということは、FODMAPが含まれる食べ物の種類に加え、食べ物に含まれるFODMAPの量を確認することが重要になります。
3. 低フォドマップ(FODMAP食)を実践する上でのポイントは?
低フォドマップ(FODMAP)食は、制限食ではなく、自分の消化器症状の原因となる食品を探すためのツールとなります。
そして、低FODMAP食を実践する上で最も重要なことは、低FODMAP食の3つのプロセスを全てやり切ることになります。少し詳しく説明しますね。
FODMAP食は、制限期間、チャレンジ期間(再導入期間)、維持期間の3つに分かれます。
1) 制限期間 (2-4週間程度)
制限期間では、FODMAPが含まれる全ての食品を日々の食事の中から2-4週間程度取り除きます。最大でも6週間程度と言われています。
もし、制限期間を経て症状が改善しない場合は、うまくFODMAPを食事から取り除けていないか、食事以外の要素(ストレスなど)が消化器症状を引き起こしている可能性があります。
この場合は、3-5日程度食事と症状の記録をつけて、症状が出た際の食事にFODMAPが含まれているかを確認します。
もしFODMAPを取り除けていても消化器症状が出る場合は、低FODMAP食以外のアプローチ(薬物療法や認知行動療法など)を模索しましょう。効果がないのに低FODMAP食に固執する必要はありません。
制限期間で消化器症状が改善した場合は、再導入期間に進みます。繰り返しになりますが、多くの方はこの制限期間のみを長い間続けてしまいます。
しかし、FODMAPが含まれる全ての食品の制限を長期的に続けることにより、体に必要なビタミン・ミネラルなどの栄養素の不足や、腸内細菌への影響が懸念されていますので注意が必要です(3)。
2) チャレンジ期間(再導入期間) (6-8週間程度)
チャレンジ期間(再導入期間)では、低FODMAP食を続けながらも、FODMAPの5つのグループが含まれる食品を順々に試して、どのFODMAPグループで消化器症状が出るか確認します。
少量から1品ずつ試していきます。具体的には、1日目ヨーグルト半カップ、2日目ヨーグルト1カップ、3日目ヨーグルト1カップというようなイメージです。
症状が出なければその食品は食べても問題ないということがわかります。一方症状が出た場合は、症状が出る前の分量まではその食品が許容できるもしくは全く許容できないのどちらかと判断できます。
一つの食品を試した後は2-3日程度低FODMAP食のみを続け、その後次の食品を試します。
FODMAPが含まれる全ての食品の反応をチェックしていくと、かなりの時間がかかってしまいます。
普段自分自身が良く食べていた、もしくはこれから食べたいと思う食品を中心に試していきましょう。
また、過去の経験からすでに消化器症状発生の原因となることがわかっている食品についても試す作業は不要です。
3) 維持期間
維持期間では、制限期間で特定したFODMAPグループに含まれる食品を避けつつ、栄養バランスの良い食事を続けます。
IBSの患者さんでは、消化器症状のみを懸念している方も多いですが、バランスの良い食事は、健康的な状態を長期的に保つことや生活の質を高める上でも非常に重要です。
例えば、カルシウムやビタミンDは骨を強くすることに不可欠ですし、鉄やビタミンB12、葉酸などは貧血を防ぐために重要な栄養素です。
ぜひ消化器症状を防ぎながらも、バランスの良い食事を意識してみてください。
4 低フォドマップ(FODMAP)食はIBSに有効なの?
IBS患者に対する低フォドマップ(FODMAP)食の効果を検証したこれまでの観察研究・ランダム化試験では、低FODMAP食により、50-76%のIBS患者さんで消化器症状の改善が認められています(4)。
実際にアメリカの消化器内科で低FODMAP食の臨床試験に携わったり、実際に患者さんに低FODMAP食を提供していた経験でも、およそ約半分の方で効果がある一方で、効果がない方も同程度いた印象です。
IBS患者に対する低FODMAP食の代表的な試験として挙げられるのが2016年に発表された米国で実施された92名のIBS下痢型患者を対象としたランダム化試験です。
この試験では、低FODMAP食群は、英国における標準的なIBSに対する食事指導(カフェイン、アルコールを避ける、少量頻回の規則正しい食事、食物繊維を控える等)のIBS症状に対する効果の比較を行いました。
その結果、低FODMAP食郡の52%の患者さんでIBS症状が改善し、特に腹痛、膨満感、便回数などの消化器症状に関しては、英国における標準的なIBSに対する食事指導群と比べ有意な改善が確認されました(5)。
一方で、これまで行われてきたIBSに関する多くの臨床研究が制限期間のみを対象とした試験でしたが、低FODMAP食の制限期間を長く続けることによる安全性や腸内細菌への影響などに注目が集まっています。
例えば、僕も試験初期に関わらせていただいた低FODMAP食の再導入期間に関する研究の学会報告がありミシガン大学のチームからありました。(6)
今後ますます低FODMAP食の長期的な効果や安全性を検証した研究成果が報告されてくると思います。
おわりに
以上、IBSと低フォドマップ(FODMAP)食の概要について紹介しました。低FODMAP食は、非常に複雑な食事療法で、適切に行われないと効果が得られないことも多く栄養不足などに繋がることもあり注意が必要です。
実際に私がアメリカにいた時も、自己流で低FODMAP食を実践したがうまくいかず、大学病院に来たという方が多くいらっしゃいました。
現在、日本の管理栄養士さんの間でも少しずつ低FODMAP食の認知度が高まり、少しずつですが、病院などでの食事指導にも取り入れられるようになってきているようです。
実際に低FODMAP食を行う際は、ぜひ主治医の先生や担当の管理栄養士さんに相談して頂けましたらと思います。