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過敏性腸症候群(IBS)で食事は大切なのか?-IBSの食事療法-

執筆: 宮﨑 拓郎(公衆衛生学修士(栄養科学)、米国栄養士会所属登録栄養士)

こんにちは、米国登録栄養士の宮﨑です。アメリカで栄養学を学びました。以前パートタイムで勤めていたクリニックのHPで情報発信を担当していたのですが、それらの情報をアップデートして今後noteから情報を発信していきたいと思います。今回は、過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)に対する食事療法の概要を紹介します。IBSでは食事により腹痛や下痢といった消化器症状を経験する方が多くいます。なぜIBSで食事療法が大切と考えられるのか?具体的にどのような食事に関心が持たれているのかなど最新の研究などを踏まえてその概要を紹介いたします。

なぜIBSに食事が大切なのか?

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:IBS)は炎症や潰瘍などがないにも関わらず、腹痛や排便の回数、便の性状などに異常がみられる病気です。原因は未だ明らかにされていませんが、下痢や腹痛といった消化器症状を引き起こす要因も人によって異なると言われています。

また、これらの症状にも波があり、症状が強く出る時期もあれば、症状が落ちついている時期もあります。

このIBSに対して注目されているのが食事療法です。

2018年に発表されたアメリカの1500名以上の消化器専門医を対象とした対象とした調査研究では、およそ60%の消化器専門医がIBS患者さんがよく食事によって消化器症状が引き起こされていると話していると回答しました。(1)

IBSでは、腹痛や下痢などの消化器症状が出やすい状態になっています。健康な人では強く刺激しないと症状が出ないのに対し、IBS患者さんでは少しの刺激でも消化器症状が出ることがあります。

つまり、ある食品を摂取した場合、健康な人では大丈夫でも、IBS患者さんでは下痢や腹痛などの消化器症状を引き起こす可能性があるということです。

このような状況では、原因となる食品を普段の食事から取り除く、制限することにより消化器症状が改善することがあります。また、便秘などの症状では食物繊維を食事に加えることで消化器症状を改善できることもあります。

よってIBSにおいては、自分自身の症状に合った食事を見つけることが、消化器症状をコントロールする上で非常に重要になります。

食事療法は、他の治療法と異なり、副作用が少ないことや他の治療と比べると比較的お金をかけずに行えることもメリットのひとつです。

一方で、原因となるものを全て制限すると栄養バランスの悪い食事になってしまい、栄養状態を悪くしてしまうリスクもあります。

現在、IBSに対する食事療法は欧米を中心に盛んに研究が行われており、アメリカでは消化器専門登録栄養士という消化器疾患に特化した栄養士も注目を集めています。

しかし、日本ではIBSに対する食事指導が保険適応となっていないことから食事に関して信頼できる情報が少ないという声を患者さんからよく聞きます。

IBSに対する主な食事療法

IBSの食事に関しては様々な食事療法やサプリメントの研究が行われていますが、ここではIBS患者さんの関心が高い1)低FODMAP食、2)グルテンフリー食、3)食物繊維、4)プロバイオティクス に焦点を当てて紹介させていただきます。

1) 低FODMAP(フォドマップ)食   

FODMAPとは、以下の頭文字を組み合わせた言葉になります。

Fermentable:発酵性の

Oligosaccharides:オリゴ糖(フルクタン、ガラクトオリゴ糖) 

Disaccharides:二糖類(ラクトース)

Monosaccharides:単糖類(フルクトース) 

And

Polyols:ポリオール(ソルビトール、マンニトール、イソマルト、キシリトール、グリセロール)

低FODMAP食は、これらのFODMAPグループの中で自分自身の消化器症状に影響を与える食品を特定するための食事療法となります。

日本では保険適用の食事療法にはなっておらず、病院などで食事指導の活用をされることはありませんが、IBSや炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)患者さんの間で関心が高い食事療法で、日本人を対象とした臨床試験なども行われ始めています。

一方海外では、低FODMAP食に関して2015年以後大規模な臨床試験などが行われ注目されるようになり、多くの消化器専門医がIBS患者さんに推奨しています。(1)

これまでの研究では、低FODMAP食を実践することにより、およそ50-80%のIBS患者さんが下痢や腹痛といった消化器症状が改善し、生活の質(QOL)が向上することが明らかにされています。(2)

その一方で、各臨床試験のデータの”質”が低いとの指摘があることや、長期的に低FODMAP食を行うことによる栄養不足のリスクや腸内細菌への影響などに懸念の声もあることから更なる研究が期待されています。(3)

低FODMAP食の詳細記事はこちらをご確認ください。


2) グルテンフリー食 

グルテンとは、小麦や大麦などに含まれるたんぱく質になります。セリアック病と呼ばれる自己免疫疾患では、このグルテンに対し過剰に免疫反応が引き起こされます。

IBS患者さんの中にも、グルテンに反応することによって、下痢や腹痛といった消化器症状を呈する患者さんがいます。そのため、食事からグルテンを取り除いたグルテンフリー食を好まれるIBS患者さんが多くいます。(1)

これまでの複数の臨床試験をまとめて分析したメタ解析では、通常の食事群と比べIBSの総合的なスコアの改善が示唆されたものの、統計学的な差は確認されませんでした。(4)

3) 食物繊維  

食物繊維とは、人の消化酵素によって消化することができない難消化性成分の総称です。現在は5大栄養素に次ぐ“第6の栄養素”として、その健康促進効果が期待されている栄養素になります。

食物繊維は様々な種類がありますが、主に水溶性食物繊維と不溶性食物繊維に分けられます。水溶性食物繊維は水に溶けてジェルのようになる食物繊維で、下痢・便秘双方へ用いられます。一方不溶性食物繊維は水に溶けない食物繊維で便秘へ用いられます。

これまでの複数の臨床試験をまとめて分析したメタ解析では、水溶性食物繊維にIBSの消化器症状を改善する効果があることが示されており(5)、主に便秘を主症状とするIBSに対して食物繊維が推奨されています。

4) プロバイオティクス

腸内環境を整えるうえで重要になるのが、プロバイオティクスです。

プロバイオティクスは、身体に有益な効果を与える微生物やそれらを含む食品のことを意味し、乳酸菌、ビフィズス菌、ヨーグルトなどが代表例です。

プロバイオティクスは、カプセルや錠剤の形態で経口投与するのが一般的で、簡単に摂取することができます。そのため、IBSにおいてもプロバイオティクスの効果を調べた研究は多数あります。

これまでの臨床研究では、プロバイオティクスを投与することにより、腹部膨満感などの消化器症状が改善されたとの報告があります。しかしながら、各試験で使用されているプロバイオティクスの種類や試験デザインが大きく異なることから、プロバイオティクスの科学的根拠は十分ではないと考えられており、現在も研究が進められています。(3)

IBSと食事療法のまとめ

今回はIBSと食事療法について、概要を紹介させていただきました。

IBS患者さんの中には、食事が消化器症状の引き金につながることを経験されている方も多いのではないでしょうか?

IBSは様々な原因が関与しており、人によって合う食品・合わない食品もあるため、この食事療法なら全てのIBS患者さんに大丈夫というものは存在しません。

食事療法は自分一人でも取り組めることがメリットの一つですが、きちんと管理できないと、身体に必要な食べ物まで制限してしまう可能性もあります。そのため、必要に応じて、専門の先生や管理栄養士にも相談してみましょう。

また今後もこのnoteの中で食事に関する様々な情報を発信していきたいと思います。

執筆者プロフィール
宮﨑拓郎 (米国登録栄養士、公衆衛士学修士)
Academy of Nutrition and Dietetics (米国栄養士会)所属 Registered Dietitian (登録栄養士)。アメリカミシガン大学公衆衛生学修士(栄養科学)終了。大学病院等での勤務を経て米国登録栄養士取得。同大学病院消化器内科で低FODMAP食の研究に従事。帰国後コロンビア大学監修クリニックなどで保険適応外栄養プログラム立ち上げ、食事指導などに従事。講談社より「潰瘍性大腸炎とクローン病の栄養管理 IBDにおける栄養学の科学的根拠と実践法」「潰瘍性大腸炎・クローン病の今すぐ使える安心レシピ 科学的根拠にもとづく、症状に応じた食事と栄養」を共著にて出版。

参考文献

(1) Lenhart A, et al. Use of Dietary Management in Irritable Bowel Syndrome: Results of a Survey of Over 1500 United States Gastroenterologists. J Neurogastroenterol Motil. 2018 Jul; 24(3): 437–446.

(2) Staudacher HM, Whelan K. The low FODMAP diet: recent advances in understanding its mechanisms and efficacy in IBS. Gut. 2017 Aug;66(8):1517-1527.

(3) Lacy BE, et al. ACG Clinical Guideline: Management of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2021 Jan 1;116(1):17-44.

(4) Dionne J, et al. A Systematic Review and Meta-Analysis Evaluating the Efficacy of a Gluten-Free Diet and a Low FODMAPs Diet in Treating Symptoms of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2018 Sep;113(9):1290-1300.

(5) Moayyedi P, et al. The effect of fiber supplementation on irritable bowel syndrome: a systematic review and meta-analysis. Am J Gastroenterol 2014;109:1367–1374.