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そうだ、初盆だった。

お盆休みに入って2日目の日曜日。
「あと40分したら雨が降ります」との通知を
スマホで確認した。
洗濯物を朝から外に干していたので、
念のため早めに取り込むと、
40分もしないうちに大粒の雨が降ってきた。

雨音は、ばちゃばちゃとかなり大きく
まだ昼間だったけど、夕立という言葉が
しっくりくるような降り方だった。

しばらくすると、
引っ越し作業が済み、
手際よく撤収する業者のように、
雨を降らせていた雨雲は一気に去り、
その代わり、強めの日差しが室内を照らした。

強い降雨と急な晴れ間のギャップが
そうさせたのか分からないけれど、
お昼の腹ごなしも兼ねて、
ちょっと散歩に出てみようという気になった。
ちょうど、マスクの在庫が切れていたので、
ドラッグストアへ買いに行くことを、外出の目的にした。

自宅から一番近い店舗ではなく、
少し離れたところにある店舗を目指して、歩くこと20分。
目的地に到着し、マスクを一箱購入した。

その帰り道のことだった。
壁が白く塗られた2階建アパートの前を通ったとき、
1階の窓から「わーー」という、子どもの声が聞こえた。
続いて、それを即座に上書きするかのような
「ダメーー」という女性の声がした。

アパートの窓には、肩のところにワッペンがついた
青い制服のようなものがかけてあった。
警備員さんが着る警備服のようだった。

実は以前、このアパートの前を通った時、
入り口から勢いよく、3歳くらいの男の子が出てきて、
それを追うように
短パンを履いた母親らしき女性が出現し、
あっという間に男の子の腕を捕らえ、
部屋の中に引き戻す現場に、遭遇したことがあった。

男の子はかなりやんちゃな様子だった。
きっと何か悪いことをして怒られて、
逃げるところだったのだろう。

そんな出来事をぼんやりと思い出していたら
いつもは開かないような
記憶の引き出しが開いて
思いがけない光景が頭の中に広がった。

私には兄がいるのだが
その兄が初めてアルバイトをしたのが
18歳のころ、自宅から車で20分ほどのところにある
大型スーパーの駐車場の誘導係だった。

働き始めて間もなくのある日、
「お兄ちゃんの働きぶりを見に行こう」と、
父から、大型スーパーへのドライブに誘われた。
「わざわざ見に行かなくても・・」
と、あまり気が進まなかったのだけれど、
普段、あまり車の運転をしない父からの、
珍しいお誘いだったこともあり、
断るのも悪いかと思い、助手席に乗った。

渋滞もなく、20分ほどで
スーパーの駐車場前に到着すると、
当たり前といえば、当たり前なのだけれど、
兄が、入り口に並んでいる車を誘導していた。
当時、運転免許を持っていなかった私からすると、
腕をぐるぐる回している人にしか
見えなかったのだけれど、
紛れもなく、誘導係として働いている兄だった。

その姿を確認した父は、さらに車を前進させ、
兄の誘導に従い、駐車場の入り口を通過した。
そして、車はそのままのスピードで、
反対方向の出口へ向かい、当たり前のように出庫した。
父の運転する車は、何も買わずに、
駐車場を通り抜けただけだった。
「え、本当に見に来ただけ?一緒に来たのに訳わからん。」
と、助手席にいた私は思ったけれど、
なんとなく口には出せなかった。

それからしばらく経って、
私は、近くのコンビニでアルバイトを始めた。
当時まだ高校生で、高校ではアルバイトが禁止されていたけれど、
まぁ、なんとかなるだろう、と勝手に決めたことだった。
自分でお金を稼いで、自分の欲しいものを買う、
その一連の流れをどうしてもやってみたかった、
ちょっと背伸びをしたい年頃だった。

コンビニでのアルバイトは日曜日の週1回にも関わらず
店長さんが、かわいがってくれた。
いつも帰り際、
「何か好きなお菓子1つ持って帰っていいよ」
と言ってくれて、お菓子を選ぶ時間を毎週楽しみにしていた。

仕事に慣れてきたころの、ある日曜日。
父と兄がお客として、
アルバイト先のコンビニに突然やって来た。
私は恥ずかしいのと、
来店が急だったので、どう対応していいか分からず、
同じ時間のシフトに入っていたパートのおばちゃんに
ジュースの入った冷蔵庫の前にいるのは
自分の父と兄だということすら言えなかった。

そうこうしているうちに、
父がお会計をしに、私の目の前にやってきた。
何か話しかけられたのは覚えているけれど
きちんと返答した記憶がない。
何を買っていったかも覚えていない。
とにかく、早く帰ってほしくて仕方がなかったことだけは
よく覚えている。

父は、スーツの左胸に付けた社章に誇りを持つ
真面目な会社員だった。
でも、高校を卒業してすぐ勤めたので
どれだけ頑張っても、大卒社員と同じペースで
昇進はできなかったようだった。
こんな話も、大人になってから、母から薄々教えてもらっただけで、
本人の口から聞くことはなかった。
進学はしたかったけれど、兄弟が多くて断念し、
高校卒業後すぐに就職したということも、親戚から聞いた。

私の中では、早朝から仕事に向かい、
帰ってくるのは終電というような
働きづめの父の姿しか記憶に残っていない。
きっと、自分にはどうすることもできないような、
様々なストレスが仕事ではあったと思う。
それでも、家で会社の話を聞くことは一度もなかった。

とにかく仕事人間だった父は
子どもたちが初めて社会に出る
一歩踏み出した姿を少しでも見てみたいと思って、
スーパーの駐車場を買い物もせず通り過ぎたり、
いきなりコンビニに来たりしたんだろうなと
ドラッグストアからの帰り道にふと、思った。

でも、どうして、このタイミングに、
こんな昔のことを思い出したのだろう。

そうだ、今年は初盆だった。
この間、納骨式をやって、
お坊さんにお経あげてもらったばかりだったし、
コロナがまた増えてるから今回は戻らなくてもいいよ、と、
母と話をした上で、今年のお盆休みは帰省しなかった。
でも、もしかしたら父は、私が戻ってくるのを
待っていたのかもしれない。

今から4年前、ちょっと興味が湧いて
ファイナンシャルプランナーの資格を取得した。
父にはなんとなく話す機会もなく
そのままになってしまった。
もし、伝えていたら、
「なんだそれ?お父さんの頃にはなかったぞ」って
きっと言っただろうけど、
仕事で培った金融の知識を娘に教えてやる、と
喜んでもらえたかもしれない。
わたしは、一つ、親孝行し損なってしまった。

お父さん、資格取得も、進学も、就職も、新たな一歩って、
生きているからこそ出来るんだよね。
今度はコンビニの時みたいに、嫌がったりしないから
働いている姿、どうか、心ゆくまで見ていてください。
涼しくなったらお墓参りに行きます。



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