見出し画像

時を経て自分の宝になるもの

印刷に使う特色チップというものがあります。よく使われるのは大日本印刷から出ているDICというシリーズです。(世界的に使われているのはおそらくパントーン(PANTONE)です)印刷物に使用するこのカラーインクは、わずかな色の違いで印象がガラリと変わったりします。私がよく使うのは雑誌や書籍などの表紙の色などです。その他パッケージデザインとかいろんなグラフィックでこの特色は使われます。できるだけ発色の良いものを選んだり、写真やイラストなどと良く合う色を選んだりなど、デザインをする上で繊細な作業のひとつです。そのものの印象を大きく左右するのでとても大事なのです。


DICシリーズ
パントーン


大学生で印刷のことなど何もわかっていない頃に、先生から教えてもらったこの特色チップで色の勉強をしました。
ただひたすら番号順に貼ってみたり、種類ごとにまとめてみたりしたのです。

グリーン系のみをまとめてみたページ


番号順や色の種類別に並べるのが終わったら、今度は好きなグラフィックや絵画作品などが、どういう色の組み合わせで構成されているかを抽出して、それをチップで表現するという課題も与えられ、コツコツやっていた時期がありました。

よく覚えてるのは当時大好きだったデイヴィット・ホックニーの画集から抽出していたこと。
メインカラーを大きくカットするというのも大事なポイントだったような。


このノートが今20年近く経って残っています。ただの思い出としてでなく現役バリバリでです。このノートがいつも仕事の役に立っています。なくてはならない存在なのです。

当時からこのカラーチップを眺めるのが好きでした。何に使うのかもわからなければ、それを生かして何かをすることもありませんでした。ただ大切に持っていました。それがデザイナーとしてこの道を歩み始めると共に、だんだんと自分の仕事の中に入り込んでいき、気がつけばなくてはならないものになりました。初めて特色を選ばねばならないときに、どういう観点で色を選択すれば良いかわからず、ひとり緊張と焦りで右往左往していました。このノートがお守り代わりのようでした。頼れるものはこれだけでした。これがあるからなんとかなる、というような心の拠り所でした。

若かりし頃の泣きそうになりながら残したメモ


キャリアを積むにつれ、その時々でどの色をセレクトしたのかを記録するノートに変わっていきました。

特によく使う赤は、業界ではよく「金赤」と言われる一番発色の良い赤で、このあたりの番号は頻度が高いのでリストアップしてあります。オレンジも鮮やかに出したい色の一つで、気をつけないと比較的くすみやすいので、鮮やかに見えるものをある程度絞ってあります。

ゴールド・シルバー・蛍光色なんかも有ります。とにかく無数に有ります。メインのシリーズだけでも2600色以上。そこから伝統色シリーズとかも入れると、いくつあるんでしょ。この中からよく使うものは大抵限られていますが。


これはよく使う赤系。DICの他PANTONEとTOYOインクという他社のチップも。
さまざまな媒体のカバーや表紙で使われた色たち



この業界のことをわからない人にとっては、こんな専門的な話を読んでも面白くないかもしれませんが、何が言いたかったかというと、その当時は自分にとって何でもないような気がしていたものが、時を経て自分にとってすごく大切でなくてはならないものに変わっていたり、「あの時のあれがあって今がある」みたいな不思議なことがあるということです。ジョブズのスピーチの「点と点がつながる」という話とも似ています。

最近自分の中で、「これは不要なのではないか」とか「これちょっと退屈だな」と感じていたものが、しばらく経って急に自分の中での価値が上がったり、魅力的になったりと言ったことが起こっています。

一見無価値に見えるもの、自分にとって必要ないかも…と思うものが、自分にとってかけがえのないものになることがある。時間が経たないとわからないことがあるということです。

なんだかわからなくても、その時その時目の前にあるものに一生懸命に取り組んでおけば良い結果に結びつけることができる。だからその時の自分にはよく分からなくても、その時のできる限りの行動を取ること。これが大事なのかなと思います。

いろんな人の「点と点ばなし」をぜひ聞いてみたいです。


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?