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【グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた】箱根本箱って、どんな本箱ですか?

こんにちは!グッドデザイン賞事務局広報の塚田です。

グッドデザイン賞受賞者に会いに行き、賞について、受賞作について、デザインについて、そしてご自身について、いろいろなお話をざっくばらんに聞いてみる企画「グッドデザイン賞受賞者に話を聞いてみた」の第二回が始まりました!

前回の富士フイルム株式会社大野博利さんからのご紹介で、2019年度グッドデザイン・ベスト100に選ばれた「箱根本箱」を手掛けた日本出版販売株式会社の染谷拓郎さんにお話を伺うべく、箱根の強羅温泉にある受賞施設を訪ねてみました。

*この取材は3月中旬に行いました。

箱根本箱って、どんな本箱ですか?

ー実は私、プライベートでも来たことがあって、その時以来2回目なんです。

染谷:そうなんですね。ようこそお越しくださいました!

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日本出版販売 染谷拓郎さん

日本出版販売株式会社所属。同社のブックディレクションブランド「YOURS BOOK STORE」(ユアーズブックストア)プランニングディレクター。
ブックホテル「箱根本箱」、野外読書キャンプイベント「森の生活」、様々な書店のプロデュースなど、本のある場所づくりを進めている。
趣味は休日朝の部屋掃除。

ー訪れたことのない人には、まず、箱根本箱って名前だけ聞いてもなんなのか分からないと思うのですが、一言で説明するとどういうものなんですか?

染谷:機能的にいうと、一万二千冊の本があり、2種類の温泉に入れて、ミラノで修行したシェフの美味しい料理が食べられるホテルで、意味的にいうと、1泊2日の20時間の滞在を通して、本を媒介に豊かな時間を体感できる場所です。ここにある本はすべて読むことができますし、購入することもできます。総称して「書店付きライフスタイルホテル」と呼んでいます。

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染谷:滞在中は、ぶつ切りではなくまとまった時間を過ごすことができるので、普段考えていなかったことに気づいたり、ゆったりした気持ちを取り戻すことができると思います。

ー私が泊まった時も、ご飯を食べる時とお風呂に入る時以外ほとんどずっと本を読んでいて、ふだんとは違う時間の流れを体感できました。このコンセプトはどこから生まれたんですか?

染谷:新潟県の南魚沼で里山十帖という宿泊施設を手掛けている株式会社自遊人さんにご提案いただきました。箱根本箱では、代表の岩佐さんを中心に、企画・プロデュースとホテルの運営をお願いしています。日本出版販売(以下日販)は本の選書などのブックディレクションと、事業全体の経営面を担当しています。この建物も、そもそも会社の保養所だったんですよ。

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出版取次業界の最大手が、ホテル経営をはじめた理由

ーホテルの経営をされているということなんですが、そもそも日販さんって、出版取次の会社ですよね。

染谷:おっしゃる通り、日販は全国の出版社から本を仕入れて、書店やコンビニなどに本を卸す流通業務を担っています。本をいかに効率よくミスなく運ぶか、というのが今も昔も変わらないミッションなのですが、現状として、出版物全体の売上がここ15年でピーク時の半分ほどの規模になってしまったという事実があります。
そこで、既存事業だけではなく新たな事業をつくっていくために、2015年にリノベーショングループ(現リノベーション推進部)という部署ができました。その部署の中に、ブックディレクション事業を行う新ブランド「YOURS BOOK STORE」を立ち上げて、書店をアップデートするほか、書店以外にも本のある場所をつくっていこうとしています。

染谷:箱根本箱はその一環で生まれたものなんですが、それ以外にも、例えば株式会社ファーストリテイリングさまの社内ライブラリーの選書をしたり、元々あった書店をリノベーションして新たな書店ブランドをつくり上げたりしています。

ー箱根本箱と同じく2019年度のグッドデザイン賞を受賞した「文喫」もそのひとつですよね。

染谷:そうですね。文喫は、「本と出会うための本屋」というコンセプトを掲げていて、入場料のある書店です。一日中滞在できて、コーヒーやお茶が飲み放題で、閲覧室、喫茶室も併設している、ある意味で書店の可能性を拡張する書店といえると思います。

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ー2015年にできた部署ということですが、箱根本箱のプロジェクトはいつ頃からスタートしたんですか?

染谷:発足した年の夏から保養所活用の話し合いを始めて、2018年8月に完成しました。

ーリノベーションとはいえ、3年がかりだったんですね。

染谷:結構時間はかかりましたね。

ちなみに箱根本箱ができるまでのエピソードは、染谷さんご執筆のこちらの連載をぜひご覧ください!大作です。

宿泊者の「視線」をデザインする

ー宿泊者の体験を豊かなものにするために、工夫した点はどのあたりですか?

染谷:クリエイティブディレクターの岩佐さんと、建築設計を手掛けた海法圭建築設計事務所さんが、“本棚に人が入り込めるようにする”など、空間として居場所をどう設計するかについて、すばらしいアイデアをたくさん出してくれました。

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ーあれは絶対入りたくなります(笑)

染谷:それから、岩佐さんは「視線」をすごく大事にされていましたね。視線というのは、例えば、客室や大浴場からどういう景色が見えるかという部分。現場でも「ここでシャンプーするでしょ、流すでしょ、こう動くでしょ、こっちに座って、ここからどう見えるかだよね」みたいなシミュレーションをよくしていました。

ー実際にお客さんの気持ちになってやってみるんですね。

染谷:そうです。図面の広さと体感する広さは違うので、客室もあえてセットバックして、バルコニーを広く取ることで開放感を演出しているんですよ。
それから、著名人の方が選書した本を紹介する「あの人の本箱」という企画も好評をいただいています。

あの人の本箱写真

ー客室にも選書リストと、選ばれた本が置いてあってとても興味深く読みました。それから、谷川俊太郎さんの作られた詩が飾ってある部屋も印象的でした。

染谷:ぜひ谷川さんに参画してもらいたいと思って、お手紙を書きました。人脈を辿ってもたどり着けない方に依頼する際は直接お手紙を出すようにしています。

ーなるほど。参考になりますね!著名人の方による選書以外の、ホテル中においてあるたくさんの本も、食や旅などさまざまなテーマがあって、工夫されていると感じました。

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染谷:選書については「衣・食・住・遊・休・知」というキーワードを決めてセレクトしています。その中でどういう本をチョイスするのかは担当者個々人のセンスと売上データを参考にしていますが、箱根本箱では、明らかに日常に近すぎる本は選ばないようにしています。ここで「エクセル凄ワザ10」みたいな本は読まれないですよね(笑)

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ーたしかに(笑)

染谷:よく本離れと言われていますが、これだけたくさんの優れたエンターテインメントが存在する中では、ある意味仕方がない部分はあります。ただ、本を読んだときにしかない体験や充足感はあると思うので、そういう本に出会えるための補助線を引くような場所を作ったり、面白さを打ち出していく必要はあると思っています。
フラットに選択肢の一つとして、「本って面白いよね」って言いたいです。

ー完成後のお客さんの様子はどうですか?

染谷:思ったより本をたくさん読んでくれています。正直もっと読まれないと思っていました(笑)
「寝ないで朝まで本を読んじゃいました」みたいなお話を聞くこともあって、じっくり本を読むことのできる場所がこんなに求められていたんだな、と強く感じました。

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ーたしかに、ここまで読書だけに没入できる環境が整えられているところはなかなかないと思います。

染谷:それから、本の管理についていうと、盗難防止のためのセキュリティバーを設けるかどうかで議論しました。結論としては、最後まで気持ちのよい宿泊体験をデザインするという観点から、設置しないことになりました。

ー細かいところまで検討を重ねているんですね。

染谷:細部が大事だと思います。ものを作るだけがデザインなのではなく、その背景や奥にあるもの、今だけではなく前や後を考えることが大切です。

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グッドデザイン賞とは、水戸黄門の印籠である

ーグッドデザイン賞についてもお伺いしたいんですけれど、そもそも賞の存在自体は、ご存知でしたか?

染谷:もちろん知ってはいましたが、正直いいプロダクトにもらえる賞という認識でしたし、こういうプロジェクトが受賞することも知りませんでした(苦笑)
そんな中、岩佐さんたちが、ぜひ応募しましょう!とおっしゃってくれて、応募書類や審査なども自遊人さんに中心となって進めていただきました。

ー実際参加してみてどうでした?

染谷:うーん、結構お金がかかるものなんだなあと(笑)

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2020年度グッドデザイン賞の費用としては、受賞した場合、最低限の金額として一次審査料11,000円、二次審査料58,300円、受賞展出展・受賞年鑑及びウェブサイト掲載・受賞年鑑・受賞祝賀会招待を含む受賞パッケージ料159,500円の計228,800円がかかります)

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ーなるほど(苦笑)正直な感想をありがとうございます‥。受賞後の反響はいかがでした?

染谷:社外での反響はもちろん、社内でもこのプロジェクトへの見え方が変わったのが大きかったです。やはり第三者からの客観的な評価は説得力があるので、様々な場面で、印籠としてありがたかったですね。
社としても対外的なブランディングにつながったと思います。

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軽やかに働くために、必要なこと

前回インタビューに答えてくださった富士フイルムの大野さんから、「半分趣味みたいな軽やかな感じで仕事をやっているように見えるので、センスの磨き方と、そのルーツを聞いてみたいです。」という質問がありました。

染谷:家でビートルズやブルーハーツが流れているような家庭で育ったこともあって、昔から音楽や小説、映画が好きでした。小さいころから友だちに好きなものを紹介したり、今までやっていなかった遊びを作るのも好きで、誰かにいいものを知ってもらいたいという気持ちが今も続いているのだと思います。

ーギターを弾いたり、歌ったりする音楽活動もされていると伺いました。

染谷:そうですね。ふだん利用を制限しているお子さまも宿泊できて、家族で楽しめる「こども本箱」というイベントでは、私が弾き語りで“歌い聴かせ”をしています。

昨年の秋には、野外でキャンプをしながら音楽を聞いたり本を読んだりする「森の生活」というイベントを開催して、ブッキングも自分でやりました。

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ー「軽やかに仕事をする」という点で、大事にしていることはありますか?

染谷:自分が自分の仕事主になれるか、ということを意識しています。最近自分の中でようやくテーマが定まってきて、それは「”なくても生きていけるもの”を通じて、気持ちがうれしくなる機会や場所を作る」ということです。本という生きるために必ずしもなくてもよいものを通して、みんながうれしくなる取り組みをしていきたいと思っています。

ー最後に、YOURS BOOK STOREの今後の最新情報を教えてください。

染谷:7月下旬に、長野県の松本市で自遊人さんの手掛ける新しい宿泊施設のなかに、「松本本箱」ができるので、ブックディレクションで関わる予定です。

ーぜひそちらにも泊まりに行きたいです。今日はありがとうございました!

染谷:ありがとうございました!

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最後に、現在の状況を踏まえて、改めて染谷さんよりメッセージをいただきました。

「現在箱根本箱では、リモートワークに適したプランや、お部屋で食事ができるプランなども設け、細心の注意を払って営業を続けています。
気持ちよく外出できるようになる頃、箱根本箱や文喫、そして進行中のプロジェクトをより魅力的な場所にするために、いまこの時は、それぞれの持ち場でできることをするしかないと思っています。いつか、笑顔でお目にかかれますように。
染谷拓郎 2020.4.20 」


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