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『デザインのまなざし』のこぼれ話 vol.8

マガジンハウスが運営している、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」で、グッドデザイン賞の連載『デザインのまなざし』の最新エピソードが公開されました。

『デザインのまなざし』とは
「福祉」と「デザイン」の交わるところにある、人を中心に考えるまなざし。その中に、これからの社会を豊かにするヒントがあるのではと考え、福祉に関わるプロダクトやプロジェクトと、それを生み出したり実践されたりしている方々を訪ねる連載です。
https://co-coco.jp/series/design/

第8回に登場していただくのは、『WHILL Model A』で2015年度グッドデザイン大賞を受賞し、2017年と2022年度にもグッドデザイン賞を受賞しているWHILL株式会社デザイン室 室長 鳥山将洋さんです。

WHILLは、障害者や高齢者だけでなく「全ての人が乗れる、乗りたいと思える新しいカテゴリーの、パーソナルなモビリティ」です。

このnoteでは、本編には文字数の関係で載せきれなかった鳥山さんのお話を、こぼれ話としてお伝えします。

撮影:ただ/ 写真提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部


WHILL株式会社 デザイン室 室長 鳥山将洋さん

ー本日も駅のホームでWHILLに乗った方を偶然見ました。ここ数年で日常的に目にするようになりましたね。障害のある方のためだけでなく、身近な社会のインフラになりつつある状態に、どのように至ったのかをお聞きしたいと思います。

鳥山:よろしくお願いします。おかげさまで、WHILLユーザーは確実に増えています。

ー鳥山さんの前職はマツダのデザイナーとお聞きしていますが、経歴を教えてください。

鳥山:私の夢はカーデザイナーになることでした。そのためカーデザインの専門学校に入学し、卒業後はマツダに入社しました。エクステリアデザインの方が長いですが、インテリアデザインも担当し、様々な車種のデザインを手掛けました。

ーいつからWHILLに移籍されたのですか。

鳥山:マツダに約10年在籍し、2017年に転職しました。CEOの杉江理はデザイナーでもあったので、正確には当社初ではありませんが、純粋にデザインスタッフとして入社した1人目となります。

時期的には、2017年度グッドデザイン賞を受賞した『Model C』の開発から参画しました。その後続モデルの『Model C2』以降は、2022度グッドデザイン賞を受賞した『Model S』を含めて、全ての機種のデザインに関与しています。他にも自動運転モデルのデザインも担当しています。

ーCEO杉江さんとは、以前から面識があったのですか?

鳥山:実は杉江と私は、カーデザインの専門学校時代の同級生なのです。杉江は大学をでた後に専門学校に入ったので、年は違いますが。卒業後、私はマツダに、杉江は日産自動車にデザイナーとして就職しました。

ーそうでしたか。WHILLの創業を知ってどう思いましたか?

鳥山:杉江が日産自動車を退職し、2012年にWHILLを起業しましたが、何やら面白いことを始めたなと思っていました。
まだ20代の杉江が、モビリティの企画開発から、工場を見つけての製造、そして販売に至るまで、自分たちでやっていることにとても共感し、その熱量に憧れました。

ただ、当時の私はインハウスデザイナーでしたので、デザイン領域のことしか知らない、ある意味「井の中の蛙」でした。杉江をサポートできるほどデザインの経験値を、正直まだ持っていなかったんです。また杉江自身もスタートアップ界の脆さを理解していたので、会っても勧誘されることはありませんでした。

ー大手メーカーにいらしたので、製品を企画開発し、販売、そしてアフターサービスを含めて実装することの難易度をご存知だからこそ、WHILLの発表の衝撃は計り知れないものだったはずです。どのタイミングで移籍を考えたのですか?

鳥山:私はマツダのキャリアが10年を超え、デザインプロセスやスキルをある程度は身につけたので、WHILLに貢献できるのではないかと考えました。そうした時に、偶然、デザイナーの求人情報を目にしたので応募しました。

杉江と直接会ったのは入社後でした。学生時代の私のデザインレベルしか知らないので、ちょっと杉江は心配だったみたいです(笑)

ー現在のデザイン室のスタッフ構成を教えてください。

鳥山:純粋なデザイナーは4人です。前職が、自動車のインテリア、時計のデザイン、UXデザインなど、専門性は多彩ですので、当然、価値観も違います。
私は室長ですが、みんなが学んできたことを共有し、チーム全体が日々アップデートするように心がけています。これは前職では全くなかったことで、とても面白く感じています。

ープロダクトデザイナーでありながら、現在は会社全体のクリエイティブ・ディレクションをみていらっしゃいますね。

鳥山:はい。デザイン室の室長ですので、デザインを統括しています。またブランディングやマーケティングのチームと一緒になって、当社から発信される制作物、例えば、ウェブサイトやカタログ、動画、展示会のブースなど、ビジュアルコミュニケーション全般もみています。

ーWHILL自体、プロダクトの提供からスタートしましたが、その後、ソフトウェアやサービス領域に開発の対象が広がってきました。スタッフの専門性や構成も変化してきたのでしょうか。

鳥山:そうですね。ソフト側に強いスタッフが増え、各分野のスペシャリストが多くなりました。販売ルートも当初の介護業界に、特にここ2〜3年、そして『Model S』がラインアップに加わってからは、全国の自動車ディーラー網が一気に加わりましたので、スタッフは幅も人数も広がっています。

現在、アメリカやカナダ、オランダ、中国にもオフィスがあり、サービスの展開は、世界20以上の国と地域に広がりました。スタッフ数はグローバルで約300名になります。

ー最後に、ビジネス性と社会性の兼ね合いはどうお考えですか。

鳥山:慈善事業でないので、ボリュームの大きいところを優先せざるを得ません。市場で言えば、北米を始めとする少子高齢化がより進んでいる先進国に力をまずは入れるべきといえます。。
ですが、すべての人の移動を楽しくスマートにするのがミッションなので、障害をお持ちの方へのフォローアップもしっかりやっていきます。



シリコンバレーのスタートアップ界隈では、起業に必要な人材は、「ハスラー」「ハッカー」「デザイナー」の三位一体だと以前から言われています。
ハスラーは、カリスマ性がありビジョンをもったリーダーで、ビジネスをデザインする人。
ハッカーは、ITやエンジニアリングに精通しシステム構築ができる人。
そしてデザイナーは、意匠面だけでなく、体験デザイン、サービスデザインなどにも長け、企業自体をクリエイティブ・ディレクションできる人です。
WHILLは、日産自動車のデザイナーであった杉江氏と、ソニーで車載カメラ等の開発を担当していたエンジニア、オリンパスで医療機器のエンジニアの3名が、いずれも20代の際に、東京町田の小さなアパートを拠点としてスタートしました。
そして、マツダでインハウスデザイナーとして数々の実績を積んだ鳥山さんが、WHILLにジョインし、クリエイティブの面で企業成長のドライブ役を担ってこられました。
スタートアップの定説に則ったこうした布陣が、WHILLの根幹にあります。
「こここ」の連載『デザインのまなざし』本編では、2015年度にグッドデザイン大賞を受賞した波及効果や、その後の事業展開、そして移動の自由に関して、一人のデザイナーの視点からお話をお聞きしました。ぜひご覧ください。