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『デザインのまなざし』のこぼれ話 vol.5

マガジンハウスが運営している、福祉をたずねるクリエイティブマガジン「こここ」で、グッドデザイン賞の連載『デザインのまなざし』の最新エピソードが公開されました。

『デザインのまなざし』とは
「福祉」と「デザイン」の交わるところにある、人を中心に考えるまなざし。その中に、これからの社会を豊かにするヒントがあるのではと考え、福祉に関わるプロダクトやプロジェクトと、それを生み出したり実践されたりしている方々を訪ねる連載です。
https://co-coco.jp/series/design/

連載第五回に登場していただいたのは、2021年度グッドデザイン賞を受賞した「See Sew」で、デザインディレクターを務めた愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸科 本田敬教授と、特定非営利活動法人motif 井上愛理事長のお二人です。

See Sewは、インクルーシブデザインの考え方にもとづき、障害のある人や施設のスタッフが「デザインパートナー」になり、 手仕事のものづくりに加えて、最新のデジタルファブリケーションの技術を融合したプロダクトブランドです。

このnoteでは、本編には文字数の関係で載せきれなかった本田さんのお話を、こぼれ話としてお伝えします。

撮影:進士三紗 / 写真提供:マガジンハウス〈こここ〉編集部


愛知県立芸術大学 美術学部 デザイン・工芸科教授の本田敬さん

―本田さんの経歴を具体的に教えてください。

本田:私は1968年生まれで、子どものころからプロダクトデザイナーを目指して、1991年に現在教鞭をとっている愛知県立芸術大学のデザイン専攻を卒業し、ヤマハのデザイン研究所に新卒で入社しました。

そこでは多数の楽器だけでなく、硬式テニスラケットなどのスポーツ用品や、PCデバイス等のデザインを担当しました。1997年にヤマハリビングテック(現トクラス)商品企画室に異動し、システムキッチンや洗面化粧ユニットなどを手掛けました。

そして、9年間インハウスデザイナーのあと、2000年に独立してデザイン事務所「Design Studio CRAC」を設立し、引き続きヤマハやINAXからの依頼を受けたり、名古屋芸術大学や愛知県立芸術大学で非常勤講師を務めてきました。

また岐阜にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の修士課程では、メディア表現のデザインも学びました。2015年から愛知県立芸術大学の美術学部デザイン・工芸科の准教授となり、現在は教授を務めています。

―まさにプロダクトデザイナーの本流を歩んできたのですね。これまでグッドデザイン賞を多数受賞されていますが、いくつになるのでしょうか?

本田:正確に数えたことはないのですが、ヤマハ時代も含めると12件前後だと思います。

―その中でもヤマハのサイレントバイオリン SV-100とSV-120は、ヤマハだけでなく日本のデザイン史に残る名品で、グッドデザイン賞が50周年時に発刊した『グッドデザイン大全』にも収録されるなど、殿堂的なデザインですよね。

本田さんがヤマハ在籍時にデザインされたサイレントバイオリン [SV-120]

本田:これはヤマハのサイレント(消音)楽器群の一つで、高級手工ギターの製造ノウハウとデジタル技術を融合した新しい楽器です。グッドデザイン賞の審査会で「価値には『変わることに価値があるもの』『変わらないことに価値があるもの』の2つの方向性があるが、このサイレントバイオリンはまさにこの2つの価値を過不足なく表現していて美しく、その後のこの種の楽器の典型になったと言える」と、とても高く評価していただいたのが、今でも自分の誇りになっています。

―サイレントバイオリンでも、手作りと良さとデジタル技術の融合だったのですね。See Sewのコンセプトにも近いものがありますね。

本田:あ、本当ですね。意識した訳ではないのですが……。ですが、常に最新の技術を取り入れつつ、プロダクトデザインの本質であるスタイリングや、物質としての温もりのようなものは大事にしたいとずっと考えています。

―現在は、大学ではどのようなことを学生に教えているのですか?

本田:デザイン全般です。私の専門はプロダクトデザインですが、うちの大学は領域やコースを敢えてなくし、専攻は「デザイン」しかないのです。デザインの中に領域の線を引くのは、これからの時代意味が薄いかと思っています。

現在は学部の2年生、3年生向けに社会連携の授業もやっていて、伝統産業や地域に関連するデザインも教えています。

See Sewは、3シリーズ計22アイテムで展開されている

―See Sewは、産学共同研究ではなく、ご自身の研究として実施しているものと聞きましたが、学生は特に関与していないのですか?

本田:See Sewはあくまで私個人の研究としてやっていますので、現役の学生は一切、関わっていません。大学からSDGsに関連する研究を探していると連絡があったので、該当するとは説明しましたが、大学が主体の社会貢献活動でもありません。

このプロジェクトは、愛知県内の研究者を対象にする〈日比科学技術振興財団〉の研究助成を、最初の1年間は受けていました。テーマは「障がい者就労支援施設と連携した製品デザイン開発の研究 -デジタルファブリケーションを活用したインクルーシブデザインの取り組み-」です。この論文は公開されています。

―最近の学生は、See Sewのような福祉関連や、環境関連などソーシャルイシューに興味をもつ人が多いように聞きますが、その背景にはどんな要因があるとお考えでしょうか。

本田:良くも悪くも社会の問題がはっきりして、課題に取り組まざるを得ない状況になっていることが大きいと思います。その課題にはいろいろな分野から切り込むことができるわけですが、デザイナーの取り組みは成果を形として伝えやすい側面があります。またネガティブからポジティブの変換が、問題解決のみならず、プラスαの価値を生み出す場合も少なくないと感じています。

そのあたりに魅力や動機を見出している学生が多いのではないでしょうか。実際、自分の教育現場でもそれを実感しますし、彼らのそのまなざしは素晴らしい、と素直に感じます。

特に私たちの世代は、バブル崩壊直前の就職を経験していて、私も社会の先行き不安は1ミリも感じない能天気な学生だったので、今の学生の方がずっと大人だと感心しています(笑)。

―See Sewの今後の展開と、次に取り組みたい研究テーマなどについて教えてください。

本田:私と他2名のデザイナーで商品の開発を行ってきたのですが、新たなアイテム開発は一旦お休みしています。現在はより多くの人に商品を手に取ってもらえるよう、福祉施設の方たちも販売面に注力してくださっているので、そのあたりのサポートをデザイン側でしていきたいと思っています。

次の研究テーマも、やはり何がしか社会課題に対してデザインの思考と実践を活かす取り組みにしたいと思います。See Sewほど大きなプロジェクトは動き出していないのですが、周りの人を巻き込んで、波及効果のある内容を目指したいですね。

営利企業の多くでも、地域社会や環境への貢献を義務感からではなく、もっと広い視点で掲げて実行していける時代になってきました。それらの産業分野との協同もできたらいいなと考えています。

デザインパートナーでもある特定非営利活動法人motif 理事長の井上愛さん(右)と本田敬さん(左)

[参考情報]
インクルーシブデザインやユニバーサルデザインなどが、いつどのようにうまれ広がっていったかについては、名古屋芸術大学 芸術学部デザイン領域 水内智英准教授(当時)のこちらの論文も参考になりますのでご参照ください。
「共生のためのデザイン70年の道程」

製品づくりに関与した人々みんなを「デザインパートナー」と捉え、チームでデザインに取り組んだSee Sewプロジェクト。プロダクトデザイナーとのコラボレーションだからできる、インクルーシブデザインの実践例を体現しています。
その過程や裏側などについては、ぜひ、「こここ」の連載『デザインのまなざし』本編をご覧ください。