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【ep14】発達障害は先天的か、後天的か

発達障害は先天的なものなのか、それとも後天的なものなのか。議論されることは多いようだが、今のところ医学的には先天的なものと考えるのが普通のようである。

人体の中で、出生時から著しく機能性が変化しないのが眼球と脳といわれている。脳は学習することで多くの情報を格納し活発になるが、もともと持っている機能は変わらないというのが現代医学的な考え方である。つまり、定型の脳がいきなり発達の脳になることはないし、その逆もまたないということである。

とはいえ病気やけが、事故などで脳機能の一部が損なわれたり失われたりすることはある。その結果発達障害と同様な症状を発症したとしても、こうした後天的な障害は発達障害でなく高次機能障害あるいは高次脳機能障害等と呼ぶのが普通である。幼少期のトラウマや劣悪な環境、粗末な教育などが原因で起こる障害も同様で、これらはもっぱら心因的な障害(つまり精神障害)とされる。

もちろん医学は時代と共に発展してきたし、今わかっていることが真実とも限らない。ほんの300年前までは天動説が当たり前とされていたのだ。1950年代には主に統合失調症患者(当時でいうところの分裂症)の治療として、今ではタブーとされているロボトミー手術が世界的に流行した。インスリンを過剰に投与して患者の血糖値を無理やり下げるインスリン・ショック療法や電気ショック療法、マラリアに感染させて患者を管理するという荒療治が行われていたのもこのころ。ほんの60年70年前のことである。現代ではとても考えられないことだ。こういう歴史を思えば、現代医学で人体のすべてをわかったつもりになるのは傲慢というものだろう。

実際のところ、発達障害と脳の因果というのは、まだはっきりとわかっていない。がん細胞の病理すらまだはっきりとしていない現状である。まして有害物質やストレスが溢れ返っている現代において、その原因を特定するのは容易でないはずだ。

しかし、がんの原因が遺伝によるところが大きいのは統計的な事実であり、発達障害もそれと同様である。

時折、発達障害が後天的だと思っている人がいるようだ。そのような現代医学と相容れない主張が、発達障害者の治療や社会的サポートの足かせになる可能性を僕は懸念している。専門家があらゆる可能性を考慮するのは当たり前としても、我々民間人がそれを行うと、正しい治療やサポート、あるいは正しい理解が得られなくなってしまうかもしれないからだ。

とりわけ発達障害が先天的ではなく後天的なものだとするなら、その親御さんはいっそう心を痛めるだろう。目下のところ、実際に発達障害に苦しむ人たちが必要とするのは正しい治療、正しい福祉や正しい理解であり、障害の原因や脳科学的な解明など二の次であるはず。これらの議論は医療や研究の現場に身を置く専門家に委ねるのが一番ではないだろうか。素人が「発達障害は先天的かそれとも後天的か」を議論するのに、脳はあまりに複雑怪奇なのだ。

遺伝子が発達障害の一因であることがはっきりしていても、それ以外の原因についてはわからないというのが現状である。できるだけ信憑性の高い情報を取捨選択し、我々としてはあらゆる可能性に配慮する柔軟さは必要だろう。

ところで発達障害は、小麦製品の摂取によって発症するという説がある。パンや麺類等の食事が当たり前の我々としては、無視できない情報である。ましてしょうゆや味噌など、思いも寄らない加工食品に小麦が入っていたりするから、小麦をまったく摂取しない食事を目指すのであればかなり細かく配慮しなければならない。

この説において重要なのは、小麦が生み出すグルテンという成分である。グルテンとは、小麦生地をこねた時に生まれる「もっちり」とした舌触りやうまみとなるアミノ酸の正体であり、うどんのコシやパスタのもっちり感、パンのしっとり感など我々の食事を彩ってくれる大切な要素。ところが、このグルテンが悪さをして発達障害の原因を作るというのだ。

また、グルテンと発達障害を語る上で併せて持ち出されるのが、カゼインである。これは牛乳やヨーグルトなど乳製品にもともと含まれているタンパク質の一種であり、ボンドや接着剤の原料としても使われるものである。

さて、グルテンとカゼイン。これらが発達障害の原因として囁かれる背景には、ノルウェー最大規模の大学であるオスロ大学に籍を置く小児研究部門のカール・ライヘルト教授(Dr.Kari Reichelt)による研究結果がおおいに関係しているようだ。オスロ大学は数々の偉人を排出し、1989年まではノーベル平和賞の授与式が行われていた由緒ある大学である。

同教授は20年にも渡る研究の結果、発達障害の一種である自閉症児の尿中に含まれるペプチドが通常よりも多いことを発見し、その結果グルテンとカゼインを消化できない体質の自閉症児が多いことを突き止めた。要するに自閉症児にはこれらの成分を消化できない子が多く、そのせいでグルテンやカゼインが体調や脳機能に影響を与えている可能性が高いということである。

この研究結果を受けて自閉症児の食生活を改善(グルテン、カゼインを摂取しない食事療法)したところ、尿中のペプチドが減少するとともに、自閉症の症状が快方に向かったという。教授はこれを「逆相関関係」と呼び論文にまとめて発表した。フロリダ大学からも同様の研究結果が報告されている。

さて、ここで重要なのは「食事療法が発達障害の症状を改善する可能性がある」ということであり、「グルテンやカゼインが発達障害の原因であるとする論文ではない」ということである。

先に述べた通り、発達障害は先天的なものであるというのが今の医学的な定説だ。もちろん脳機能のすべてが解明されていないことを思えば、この定説が必ずしも正しいと断言はできない。しかし昔から学校給食で毎日のように牛乳を飲み、パンを食べ、食事の西洋化が進むにつれて当たり前のようにグルテンやカゼインを摂取してきた我々の絶対数と発達障害者の数の相関を見れば、グルテンやカゼインが発達障害の原因であると結論づけるのは早合点だということがわかる。「グルテンフリーの食事で発達障害を防ごう」というのは「長生きするためにビーガンになろう」というのと同じ、いわゆる疑似科学的な考え方ではないだろうか。

実際にこれを論拠としてグルテンやカゼインが発達障害の原因であると主張する者がいるからたちが悪い。

これは教授がいうように逆相関であって、実際に相関性があるかどうかまで言及されていないのだから。

とはいえ、これらの成分が人体によくない影響を及ぼす可能性があるのは事実で、それは我々も実感として本当は気付いているはず。ピザやパスタをたいらげた後に胃腸が重く感じられたり、体がだるく感じられたりしたことはないだろうか。あるいは「蕎麦を食べた後はこんなにも胃がすっきりしているのに、うどんを食べた後はどうして胃が重くなるのだろう?」と疑問に思ったことがある方も少なくないはず。

それでなくても日本人には、グルテンやカゼインを消化できない体質の人が多いという。西洋と違い、長らく米が主流の米文化があったことがその理由だとする説がある。人間の臓器の中で、とりわけ腸は脳と強く結びついているという学説がある。胃腸に負担をかける食事が脳に悪影響を及ぼすのも頷ける話である。

いずれにせよグルテンやカゼインを極力摂取しない食事を心掛けるというのは、我々現代日本人の心身の健康を守る上で有益な考え方かもしれない。ひいては発達障害に悩む方が食事療法を試みる価値はあるのではないかと思う。

しかし相関と逆相関にまで思いを馳せなければ「グルテンやカゼインが発達障害の原因だ!」という誤解が生まれる危険性を孕んでいるのがこのトピックの問題点だ。つまりこの論文には、これらの成分が発達障害の原因であるとする論拠がもともとないのである。

ちなみに僕は、妻のお気に入りの陶器を割ってしまったとき、加熱した牛乳に酢を入れて撹拌し、脂質だけを取り出して接着剤を作って陶器を修復したことがある。この接着剤こそ、まさにカゼインである。撹拌によって液体と固体が分離する様を見て、内心「こんなものを飲んでいたのか」と思うのは、おそらく僕だけではないだろう。

食事療法云々は別として、食育として知っておいて損はない知識だと個人的には思う。


解説)

発達障害についてめっちゃ調べていた時に書き記したものです。障害を知ることで何とか自分の心に折り合いをつけようともがいていました。確かに知識には思い込みや先入観、固定観念を払拭する力があります。

しかし発達障害とカサンドラに伴う根本的な問題は、知識だけでは決して解決できないのだと改めて痛感するのでありました。

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