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歌う人、書く人、踊る人

僕はよくラジオを聴く。ラジオは音だけの世界だ。ラジオからは、音楽が流れてくることもあれば、誰かが何か面白い話をしたりするのが聞こえてくることもある。

ある日、ラジオでとてもつまらない話をしている人がいた。その人はとても普通の内容のことをとても低いテンションで話している。とてもじゃないけど、聴き続けたいとは思えなかった。だけど、実はラジオでは時々、とてもつまらない話をする人たちがいる。

そのつまらない話をしている人たちは、実は歌がすごくうまいのだ。なぜなら、その人たちはアーティストなのだ。その人たちの歌がラジオから聞こえてくるとき、その人たちの想いや考えていることが僕の心に響いてくる。そのアーティストと僕の心がとても急速に近づいていくような、そんな感覚。その人たちが話している時にはどんな人なのか全然わからなかったのに、歌い出した途端、その人たちの心の輪郭が浮かび上がってくる。

別の話で、僕の好きなノンフィクション作家がいるんだけど、その作家は世界中を旅した話を書いている。その本を読むと、まるで僕が旅をしているような錯覚を起こす。本を読んでいるだけなのに、頭の中では世界を旅している。

ある日、僕はその作家のトークイベントに参加した。イベントでは世界中を旅した話をした。本に書いている内容とあまり変わらない。だけど、なぜか、あまり面白くなかった。むしろ、普通の友達の旅行話を聞いていたほうがまだ楽しいと思うくらいに。

もうひとつ別の話で、中学時代に普通のクラスメイトがいた。いつもは見た目も普通、喋る内容も普通の人。ある日、学園祭でそのクラスメイトはダンスを披露した。誰かが目の前で本気でダンスを踊っているのを見るのはそれが初めてだった。とても躍動的で、激しい動き。圧倒された。

人はこの世に生まれ落ちた瞬間から、世界とのコミュニケーションを始める。どんな方法で、この世界とコミュニケーションをするのが一番自分らしいのかは、人それぞれだ。

ある人は歌うことが一番世界とシンクロできて、自分の輪郭を他の人に伝えられる方法かもしれない。同じように、ある人は書くことがそれかもしれない。またある人は、踊ることかもしれない。

その人が自分を一番伝えられるやり方で自分を表現しているとき、僕にはその人がどの瞬間よりも輝いて見える。その人の心の振動がこちらまで伝わってきて、僕の心と共振しはじめる。その瞬間、その人を今までで一番理解できたような気持ちになる。

目の前にいる人は一体どんな人なんだろう。はじめて人に会って、その人を理解しようとするとき、僕らは言葉を使って会話することが普通だ。大人になると、特に飲み会というコミュニケーションくらいしかやらなくなる。だけど、その人の輪郭が一番見えるのは、料理を作っているときかもしれないし、仕事をしているときかもしれない。

だから、普通に話すだけじゃなくて、この人は一体どういう時に一番輝きを見せるんだろう、と考えて模索するようにしている。できればその人が一番輝いている時間に一緒に過ごしたいし、その人もそのほうが嬉しいだろうから。

みんながそうやって意識してそれぞれと関わっていければ、この世界は幸せなんじゃないかと思う。

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