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【働き方改革事例】救命率の向上と職員の働きやすさを実現する、豊橋市消防本部「日勤救急隊」。育児休業復帰後や定年退職後にも活躍できる組織づくりとは?

アワードの受賞・ノミネート取り組みに限らず、全国のみなさんが取り組むさまざまなGOOD ACTIONを取材しご紹介していきます。


こんにちは!GOOD ACTION note編集部です。
日々、地域住民の命と向き合っている、全国各地に設置されている救急隊。命を救うことが使命の現場では、救急隊の一員として仕事をする「人」の働き方が“救命率”にも大きな影響を与えます。

今回は、救命率の向上と働き方改革推進のため、2022年7月「日勤救急隊」を発足させた、愛知県豊橋市消防本部にインタビュー。育児休業から復帰した女性や経験豊富な定年退職後の職員も、全員が自分らしく、イキイキと働くことができるこの取り組みは、働き方改革の面でも注目を集めています。
救急要請があれば、すぐに出動しなくてはならない緊迫した現場で、お話をお聞きしました。

●安心して復職してもらうための制度も充実

▲総務課の原田さんにお話を伺った

――まずは、「日勤救急隊」とは通常の救急隊とどのように違うのか、お聞かせいただけますか?

通常の救急隊との大きな違いは、勤務時間です。通常の救急隊は、午前8時30分からの24時間勤務です。一方、「日勤救急隊」の勤務時間は、平日の午前8時30分から午後5時15分までのため、育児や介護をしている職員でも仕事と家庭を両立しやすい働き方ができます。

――「日勤救急隊」を発足するにいたったのには、どのような背景があるのでしょうか?

出動ニーズの変化があります。
高齢化の影響により「救急」の需要が右肩上がりになっています。また、近年は熱中症や新型コロナウイルス感染症による搬送件数も増えており、救急現場がひっ迫しています。
救急の需要に応えるためには救急車を増やす必要がありますが、その前提として救急車に乗る「人」が不可欠です。そこで考えたのが「日勤救急隊」でした。
救急救命士として働いていた女性が育児休業後に職場に復帰する際に、本人としては救急の現場に戻りたいけれど、当直がある勤務スタイルでは難しいという現実がありました。また、60歳で定年退職をした方のなかにもまだ現場で働きたいという方がいます。
こうした今まで培った知識や経験がある方に日勤救急隊の業務に就いてもらうことで、職員の多様な働き方が実現できるだけではなく、救急がひっ迫した状況下で力が及ばなかった部分もカバーできると考えました。

――日勤救急隊を発足させるにあたって、消防本部内で整えた制度などはあるのでしょうか。
はい。「救急救命士等リスタートプログラム」を策定しました。職員の働きやすい環境を作ることも大切ですが、最も重要なのは救命率です。育児や介護、定年退職後の復帰などで、長期間救急業務に従事していなかった職員にとって、急に現場に戻るとなると不安もあるでしょう。また長期間従事していなかった職員の現場復帰が、救命業務の質に影響することがないよう万全の策を講じる必要がありました。
そのため、救急隊員として復職する職員を対象に、消防本部として知識や技術の再確認を行う訓練プログラム、「救急救命士等リスタートプログラム」を作ったのです。プログラム内容は豊橋市消防本部のオリジナルで、訓練期間はとくに定めておらず、復帰する職員一人ひとりが、安心して、かつ自信をもって現場復帰できるまでプログラムを利用することができます。

――日勤救急隊が設置されたことで、実際に救急のひっ迫状況が改善されましたか?
救急においては、現場到着までの時間がひとつの大きな指標になります。日勤救急隊が発足したことにより、平均3分の短縮ができました。

――日勤救急隊は働く方たちにとっても良い影響はありましたか?
介護などの家庭の事情、現場で働きたくても子育てで当直は難しいといった状況を抱える職員が、取得した資格や経験を活かし続けることができるというのは、現場にとってとても良いことです。
また先輩であり、上司でもある再任用の職員は、とても多くの知識と経験を持っています。こうした方たちがもう一度消防に戻ってきてくれることで、多くの職員にとって学びになる。それはとてもありがたいことだと思います。再任用制度を使って現場に戻ってきた方たちもこれまでのキャリアが必要とされて、やりがいにつながっていると話してくれています。

▲日勤救急隊のみなさん

●すべての職員に活躍の場を

――昨今、出産した女性の働き方に焦点があたっています。女性活躍にも今回の取り組みはいい影響が出ていますか?

今回の取り組みは、救命率の向上と職員全員の働き方という2つの柱を視野に入れて考えたものです。
総務省消防庁は2026年4月までに消防職員における女性の割合を5%に引き上げる数値目標を掲げています。豊橋市消防本部は、今回の日勤救急隊の発足など、女性の働きやすさを実現することを意識した制度を充実させて、この目標を今年度達成することができました。最近では、消防本部へ就職を考えている方たちから、女性の働き方に関して聞かれることも増えています。実際に子育てをしながら働いている職員がいたり、それを実現可能にする制度が整っていたりすることは、消防・救命の現場で働きたいと思ってくれている女性にとって「自分もできるのではないか」と思える大きな要素になるのではないでしょうか。こういった取り組みが、女性の働きやすさにつながっていると感じています。

――総務省消防庁が掲げる女性割合の目標は達成なさったとのことですが、女性の職員の方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。
 
豊橋市消防本部には現在、340名の職員がいます。そのうち女性が20名です。その中には日勤救急隊だけではなく、通常の救急隊に従事している職員もいれば、消防隊のほか総務課や予防業務などに在籍している職員もいる。日勤救急隊ができたから復職した女性は救急の現場にということではなく、すべての職員にいろいろな活躍の場があることの大切さを考えて、制度作りをしています。

――日勤救急隊が発足して約1年。今後、新たに挑戦していきたいことはありますか?

日勤救急隊は、平日日中の稼働です。先ほども申し上げたとおり、近年、救急の需要は右肩上がりになっています。救急の要請は24時間、時間を選びませんので、日勤救急隊が稼働していない時間帯に、地域住民の皆さんからの救急の要請にどれだけお応えしていけるかをこれからも考え続けていかなければならないと思っています。

●育児休業明け、救急の現場に戻ることに迷いはなかった

救命率の向上という大きな使命をもって発足した日勤救急隊。出産、子育て、定年退職などを経て、実際に復職した職員の方はどのような思いで救急業務に携わっているのでしょうか。育児休業から2023年3月に職場復帰、4月から日勤救急隊に従事している、救急救命士の石黒千尋さんにお話を聞きました。

▲日勤救急隊の一員である石黒さんにもインタビューをした

――育児休業を取得なさる前から、救急業務に携わっていらっしゃったんですか?

はい。私は平成30年に採用され、半年間の消防学校を卒業してから約3年間、救急救命士として現場で活動していました。妊娠・出産・育児と1年半ほど仕事を離れ、昨年度末に復帰しました。
 
――救命士になりたいと思ったきっかけは?
 
私は中学生の頃から医療関係の仕事に就きたいという思いがあり、その中でも救急車で現場に駆けつけ処置を行う「命の最前線」で働く救急救命士に魅力を感じました。

――復職するにあたって、消防本部の中の他の仕事に従事するか、救急隊に戻るか悩まれたことはありませんでしたか?

日勤救急隊が発足したのは、私が育児休業取得中のことでした。日勤救急隊であれば、子どもの保育園の送り迎えもできますし、土日休みなこともあって、子育てをしながら救急救命士として現場で働くことができます。家族の理解やサポートもありましたので、救急隊に戻ることに迷いはありませんでした。実際、先輩が復職後、日勤救急隊に従事していたことも、心強かったです。

――救急隊に復職することについて、ご家族はどんな風におっしゃっていましたか?

結婚前から救急救命士として働いていたため、家族の理解もあり復職を応援してくれました。そのため、復職のハードルはそれほど高くありませんでした。

――一定期間、仕事から離れていて、再び命にかかわる現場に戻ることに不安はありませんでしたか?

私の場合、妊娠・出産・育児休業で約1年半、救急業務から離れていました。以前のように現場活動ができるかという不安は確かにありましたが、1か月間、しっかりリスタートプログラムを行い、準備を整えることができました。不安を解消して、今は救急活動に携われています。

――普段はどんなスケージュールでお仕事をなさっているのですか?

平日、月曜日から金曜日、朝8時30分から17時15分まで救急出動や救急関係事務をしています。朝は子どもを職場近くの保育園に送ってから出勤しています。
 
まだ子どもが保育園に通い始めたばかりなこともあって、体調の変化などで保育園から急な連絡があり、早退して迎えに行くことも月に2、3回あります。夫が単身赴任をしていることもあり大変な時もありますが、そんな私の状況を上司や先輩が理解してくれているので、とても働きやすいです。
 
――救急要請は突発的なものですから、退勤時間17時15分の10分前に出動なんてことも、起きうる職場ですよね。

はい。週に1、2回そのようなことがあります。保育園の延長保育を利用したり、子どもの体調が悪い時などは、先輩が乗り組みに入ってくれたりと柔軟に対応ができています。
豊橋市消防本部には、部分休業や出勤時間、退勤時間を1時間前後に前倒しできるマイスタイル勤務という制度もあります。上司や先輩と相談したり、制度を活用したりもできるので、仕事と育児の両立ができています。

――日勤救急隊があった、ということが石黒さんの人生にとって大きな意味を持つのですね。

そうですね。日勤救急隊がなければ、妊娠・出産・育児休業を経て1年半で現場に戻ることはできなかったかもしれません。毎日家族と顔を合わして過ごすことができて、仕事と家庭の両立ができているっていうところも、母親としてもすごく幸せなこと。子どもは授かりものですから先のことはわかりませんが、今回スムーズに復職できたので、2人目の出産を考えるにも不安が少なくなりました。
後輩にも女性消防士がいます。私が経験したからこそ、育児と仕事が両立できる環境が整っているから、安心して育児休業の取得、復職をしてほしいなと思っています。


猛暑が続いた今年の夏にも、きっと多くの方々を救った豊橋市消防本部の皆さま。救急隊というと遠い存在に感じられるかもしれませんが、仕事とプライベートを両立する組織として、私たちの働き方のヒントにもなるのではないでしょうか。
インタビューにご協力いただきありがとうございました!次回の更新もお楽しみに。

WRITING:GOOD ACTION アワード事務局 榊原すずみ
※本ページの情報は2023年7月時点の情報です


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