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人員配置は基準の2倍!”激務が当たり前”の保育園で「完全週休2日」「残業ゼロ」を実現



【企業・団体名】

社会福祉法人風の森

【取り組み概要】

労働時間が長く、休みが取りづらい保育士の仕事。深刻な保育士不足が叫ばれる中、ICT(情報通信技術)導入による働き方改革で完全週休2日制、残業ゼロを実現し、国が定める保育士の配置基準の2倍以上の人員を確保している。
人員に余裕が生まれたことで、情報交換やナレッジ共有の時間が増え、勤務時間内にスキルアップのための研修も実現、職員のモチベーション向上にもつながっている。

【取り組みへの想い】

業務支援アプリを導入し、手間のかかっていたアナログ業務の効率化や事務仕事などの雑務削減を行うことで、生産性を大幅に向上。子どもの保育に関する話し合いや情報共有、スキルアップのための研修などをすべて勤務時間内に行えるようになりました。それにより、「一人ひとりの子どもにもっと向き合いたい」という先生方の想いも叶えられ、より良い保育を実現するための「学ぶ意欲」も向上。働きやすい組織からさらにステップアップし、「働きがいのある組織」に変わることができました。
(社会福祉法人風の森 学校法人野上学園 統括 野上美希さん)

●自治体の補助金制度をフル活用し、増員のための資金を確保

社団法人風の森は2013年に設立。同年に1園目となる認可保育園を開園し、現在は東京・杉並区で6園を運営している。

「母体は、70年以上の歴史を持つ幼稚園ですが、保育園は行政の管轄も異なり、全く別の仕組み。国が定める保育士の配置基準通りの人数を確保して保育業をスタートしましたが、これでは全く人手が足りないとすぐに気づかされました。国の配置基準は、子どもの安全が何とか守られるという最低基準のもの。保育士が残業したり、休憩時間を返上したり、仕事を持ち帰ったりすることで成り立つ基準だったのです」(野上美希さん)

幼稚園のみ運営をしていた際は14時までには子どもたちが退園するため、職員はその後に事務仕事をすることができたが、保育園は12時間開園なので、保育士の気が休まる暇はない。その中で事務仕事の時間をやりくりするのは難しく、必然的に残業が増加。職員の疲弊が伝わってきたという。

そんな中、開園わずか半年で園長と主任が健康上の理由などで相次いで退任。「このままでは、持続可能な組織として運営していくのは難しい」との危機感から、運営方法を抜本的に見直すことに着手した。
その結果、2年目から国の基準の1.5倍に人員を増加することを決定。人を増やすことで完全週休2日、残業ゼロ、毎日1時間の休憩を確保することを目標に掲げた。

「人員増加のための資金を捻出するために、自治体の補助金制度を調べ上げました。例えば東京都では、小中高生の職場体験を受け入れると年間60万円の補助が出ます。このようなプラスアルファの事業を行うことで補助金を積み上げ、1.5倍分の人件費を確保しました」(事務長の野上巌さん)

▲左から野上巌さん(事務長)野上美希さん(統括)高野智恵美さん(保育士)

●アナログメインの業務をICTで効率化、保護者とのやり取りはアプリで

同じタイミングで、ICT導入にも踏み切った。

保育園の仕事は、基本的にアナログ。保護者への連絡帳の記入や年間のカリキュラム作成、園児一人ひとりの記録などすべてが手書きで、膨大な時間がかかっていた。
そこで、業務支援アプリを導入し、これらの事務作業をすべてIT化。これまで手書きでびっしり書き込んでいた連絡帳も、アプリを使ってその日の活動を写真入りで送信できるようにしたという。

「保護者からの連絡をアプリで受けられるようになったのも、大幅な負担軽減につながりました。それまでは毎朝、『今日は〇時に登園します』『今日は熱があるので休ませます』などの保護者からの電話対応に必ず1人は張り付かねばならず、夕方は迎えに来た保護者一人ひとりに今日1日の報告をするために多くの時間を費やしていました。アプリ化により、毎朝の電話対応の負担がなくなり、お迎え時の連絡も最小限で済むようになり、その時間を他の業務や子どもへの対応に割けるようになりました」(野上美希さん)

多くの保育士は20~30代で、保護者も同年代がメイン。全員がスマートフォンを保有しており、アプリへの切り替えによる混乱はほぼゼロだった。園から毎日届く写真付きの活動報告を楽しみにしている保護者も多いという。

●さらなる人員増強で、情報交換や研修など学びの機会をすべて業務時間内に組み込む

激務が当たり前とされてきた保育園業界において、「完全週休2日制、残業ゼロ」の実現が話題となり、保育士不足の中でも人材確保は容易だった。ただ、それに伴い「職員同士の意識のズレ」が生じるようになったという。
人員が増えゆとりが生まれた分、その時間を子どもに向き合う時間に割きたい、保育の質向上に充てたいという人が大半である一方で、中には勤務時間や待遇面ばかりを見て「楽な職場」と捉え、ゆっくり仕事をする人もいた。

どうすれば、全員が働きがいを感じ、前向きに保育の仕事に臨めるようになるだろうか…と熟考した結果、実行したのは「人員をさらに増やし、国の基準の2倍にする」ことだった。
人員を増やすことで、働きやすさは維持しつつ、子どものための話し合いや情報共有の時間、スキルアップのための研修の時間をすべて勤務時間内に組み込むことで、職員のモチベーション向上を目指したのだ。

「先生方は基本的に、子どもたちが好きでこの仕事に就いています。一人ひとりの子どもに対してどう接し、どんな支援をすればいいのか、どのように環境を整えればいいのか、皆で話し合う機会を作ることで、保育の仕事の本質に向き合えるようにしました。また、それまで個人の自主性に任せていた研修を、業務時間内に実施することで、学びに対するモチベーション向上も意識しました」(野上美希さん)

人員を国の基準の2倍にすることを決めたタイミングで、「なぜ、さらに人を増やすのか」を全職員に明確に提示。今回の人員増強は子どもたちのためであり、子どもたちに何ができるのか真剣に考え、向き合ってほしいとメッセージしたことで、皆の意識が明らかに変わったという。

▲ゆとりを持った人員配置により、さらなる職員のモチベーション向上につながった

●学びの機会が多く、やりたいと手を挙げれば任せてくれる環境がある

ここで、実際に働く職員の声をご紹介したい。
保育士歴12年の高野智恵美さんは、3年前にこの園に転職してきて以来「働きがい」を強く実感していると話す。

「以前の職場は、毎日残業で休憩も取れず、激務の日々。やりがいはずっと感じていたものの、皆にゆとりがないため人間関係は常にギスギスしていました。しかしこの園では、休みがきちんと確保できるだけでなく、意見交換が活発で風通しも良いのが嬉しいですね。今までは忙しすぎて、他の先生がどういう人なのか、見えていませんでしたし、情報共有する機会もありませんでしたが、今はコミュニケーションを取る機会が十分にあり、とても働きやすいと感じます」(高野さん)

学びの機会が多く用意されている点も、やりがいにつながっているという。

「過去にはスキルアップのために研修を受けたいと思っても、休日を潰して自分で行かねばならない状況もありました。土曜日出勤が多いので週1日だけの貴重な休みを潰せず、参加を見送ることも多かったのです。ここでは、業務時間内にさまざまな研修に参加することができ、ありがたさを感じています。昨年には私が企画をし、6園すべての職員が集まり同じ目線で情報共有し合うという研修を実施しました。職員の意見やアイディアを取り入れ、やりたいと手を挙げれば任せてくれる環境があることも、やりがいにつながっています」(高野さん)

▲インタビュー中も笑顔が絶えず日頃からコミュニケーションがとれていることが伝わる

現在は主任の立場にある高野さん、今後は人材育成にも注力したいと考えている。質の高い保育ができる人材を数多く育成し、世に輩出していきたいと語る。

「情報共有や学びの場が整備されているので、うちの園では若い先生も含め、皆がスキルアップに前向きです。私自身も経験を踏まえてどんどん情報発信することで、保育に対して皆がより意欲的に、ポジティブに楽しみながら臨めるような環境を醸成し続けたいと考えています」(高野さん)

●保育士がイキイキ働ける環境を整備することで持続可能な業界に変えていきたい

オンとオフ、メリハリのある働き方ができ、かつ働きがいもある。このような同園の職場環境が広く知られるようになり、現在では全国から就職・転職希望者が集まるようになった。
これからも職員の働きやすさと働きがいを追求する一方で、今後はさらなるチャレンジとして病児保育や、発達に特徴がある児童の保育などにも取り組む計画だ。

「社会的ニーズが高いという事実が背景にありますが、さまざまな保育事業を多角的に展開することで、職員の働き方の選択肢が広がるというメリットもあると考えています。例えば、小さな子どもを抱える職員は、12時間開園の保育園では限定的な働き方になってしまいますが、他の選択肢があれば限られた時間内でも活躍することがでるでしょう。職員の経験の幅を増やすことも可能になるので、さらなる質の高い保育の提供につながるとも考えています」(野上巌さん)

9年前、ICT導入による業務効率化を行った時には、業界からの反発が少なからずあった。手書き文化を良しとする風潮の中、「スマホで保護者とやり取りするなんてけしからん」「手書きだからこそ伝わるものがある」などの意見も多く寄せられたという。

しかし、待機児童問題が取り沙汰されるようになり、人手不足がより深刻化する中、ICT導入に踏み切る保育事業者は年々増加している。同園の事例を聞きに来て、アドバイスを求める園も増えているという。

現在、保育士登録をしているにもかかわらず働いていない「潜在保育士」が、国内の資格保有者全体の3分の2も存在する。結婚や出産で辞めざるを得なかった人が多く、業界の働きづらさを物語っている。

「保育士として長くイキイキ働き続けられる環境を皆で整備し、潜在保育士の皆さんを呼び戻さないと、持続可能な業界にはなり得ません。だからこそ、まずは我々が率先してさまざまな改革に取り組み、多様な働き方を提案できるようになりたいと考えています。保育士の働き方、仕事への向き合い方を変えていくことが大事なのだと、全国の園に理解してもらいたい。そのためのチャレンジや啓もう活動に、より一層力を入れていきたいと考えています」(野上美希さん)

(WRITING:伊藤理子)
※本ページの情報は2023年6月時点の情報です


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