心の安全基地とか心理的安全性とか。

発達障害のあるお子さんを育ててて、お子さんが白黒思考で自分のことをネガティブにジャッジしてしまう、良くない傾向って感じのやつ見てしまった。

えっと。心理的安全性とか、心の安全基地とかの話読んだことないのかなって思った。
何ができて何ができなくてもあなたはあなた、わたしはあなたのこと大好きよって親が心の港になってあげなきゃなの。
ま、できないもんはできないか。
うちの両親みたく、親自身がそういうもんなく育ってきてたりするもんな。

心の港は、別に親である必要はないからな。

勝手に一人で思ってるんだ。
『美女と野獣』って心の安全基地の話でもあるんじゃないかってこと。
お父さんに愛されてスクスク育ったベルは人を愛することを知ってる。
心が醜くおごり高ぶった王子はその言動により、心の醜さをその見た目に反映されるって呪いを魔女からかけられる。
醜い見た目のままでも愛してくれる人を制限時間内に見つけないと一生そのまま。
時間が迫る。
野獣となった王子は捕まえたベルに無茶を言う。だか、ベルのやさしさに触れ、自己中心的でかたくなだった心を溶かし、ベルを守るために自分の命を犠牲にするまでになる。
ディズニーのアニメ映画を初めて観たとき、野獣が王子に戻って、すごくがっかりした覚えがある。
え〜。野獣のままでもよくね?って。
映画に感情移入して、野獣にかわいさを感じていたから。

映画から学んだことは
養育者はこうだったら愛してあげるって制限付きの愛情(呪い)を与えがち。そのままのあなたでいいんだよって無条件の愛情を与えられたとき人は変わる。
人が変わるためにはまず他者からの無条件の愛情を受ける必要がある。
これって世の真理なのかなって思ってる。

失敗しない人間なんかいないよね。
失敗したときに戻って休むとこ(心の安全基地)があったら、安心して失敗できる、試行錯誤できる、失敗と自分自身の評価を切り離すことができる。
自分は本質的に価値のある存在だって感じることができる。
そして、きっと他者にもやさしくなれるんだろうな。

こんなことを思っていた。

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