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【書評】『T島事件 絶海の孤島でなぜ六人は死亡したのか』詠坂雄二【ネタバレ無し】【感想】


映像制作会社のロケハンで無人島に渡った六人が死亡した。
島に移ったスタッフらが撮影した大量の映像が残っており、
名探偵・月島凪の下に、「この映像の真偽を確認してほしい」との依頼が届く。
本書は、島の映像を小説として再現したパートと、事件後依頼を受けた月島前線企画の推理パートとを交互に描く。

今作は、詠坂雄二の過去作に度々名前が挙がる(といっても登場はしない、名前だけの登場が殆どである)月島凪の初登場作品である。
「遠海事件」「ドゥルシネーアの休日」などで彼女の活躍が噂されるだけに、極めて期待が高い。
しかも、今作の時期はドゥルシネーアの休日の過去の回想時期とリンクしており、月島前線企画がバリバリ活動していた頃の彼女を見れるという、ファン待望の作品である。
このように、詠坂作品は、登場人物のクロスオーバーにより、キャラクターを楽しめるのも魅力の一つであり、作品を読めば読むほど、次の作品が面白くなるのだ。

さて、作品について語っていこう。
冒頭の、無人島に渡る船上でフェイクドキュメンタリーについての映像論議が交わされる所、島サイドと探偵サイドを交互に描く所など、『十角館の殺人』のもろオマージュである。


本格ミステリの金字塔と名高い「十角館の殺人」

まず、一番奇妙なのは、探偵に対しての依頼が「映像の真偽の確認」である事である。
ここから、推測できるのは、そもそもこの映像が壮大なフィクションで、事件自体が偽造ではないかという事だ。
それを依頼人の瓶子が知っていて、見抜かれるのを恐れたのか、はたまた、瓶子も偽造かどうかを見破りたいのか。
しかし、依頼を受けてすぐに、月島凪が衝撃のセリフを放つ。
曰く、依頼人の瓶子が犯人である、と。
ミステリ作品において、探偵とは、作品における神のような立場である。
探偵が思惑の末にたどり着いた答えが、その作品における真実になるし、基本探偵は間違えないものだ。
その為、探偵の発言というのは重要度が高い。
しかし、月島の推理はまだ映像すらも見ていない段階での放言である。
他の月島前線企画のメンバーは、普段の月島の言動も鑑みて、この発言に対しては半信半疑で受け止める。
しかし、本当に適当に言っただけ、では面白くない。この推理は当たっているのか、はたまた嘘だとしたら何か理由があるのか___。

一方、島パートでは中々に好奇心をくすぐる事件が展開されていた。
島に渡ったのは皆原、林、笹本、幟川、城之内、槇の六人。
ミステリらしく島の地図が用意され、それぞれが別れて島を探索する。
まず、最初に、槇は体調不良で、ベースキャンプに留まる。
そこから、笹本と幟川が灯台へ、皆原・林・城之内は集落跡へ向かう。
集落跡組はさらに分岐し、皆原は一人で分校へ、林と城之内は墓地に向かう。
それぞれがこのように別れた時に、トランシーバーで笹本から通信が入る。
幟川さんがいなくなった。
槇以外の全員は灯台へ集合し、その崖から下に死亡している幟川を発見。
動揺する一同。しかし、事件はこれだけでは終わらない。
一同がベースキャンプに戻ると、そこにいたはずの槇がいなくなっていた。

幟川の殺害に関与できそうなのは三人。
一緒にいた笹本。
途中で別れ、隠し路があれば灯台まで行けそうで、しかも泥が服に付着している皆原。
失踪している槇。
反対に、2人行動をしている林と城之内は関与できる隙がない。
順当に考えれば、この中に犯人がいることになるだろう。
しかし、ここで月島の推理と、林の言及により、もうひとつの線が浮かび上がる。
無人島に潜んだ第三者の存在である。
しかも、今回は名探偵のお墨付きである。

さて、このように今作は、その要素を抽出すれば、正に、ザ・本格ミステリである。
王道中の王道の形式であり、上質な犯人当てが楽しめるに違いない。
しかし、この小説の帯文には、とんでもない事が書かれている。
「十分に注意力を具えた読書の目には、本書の真相は見え見えなのだから。」(千街晶之「解説」より)
読者を騙すのが本領のミステリで、真相が見え見えなのを誇るとはどういうことだろうか?
著者の詠坂雄二の作風から分析するに、かなり捻くれた展開になるのは間違いない。
その狙いに今作の出来は依拠しているのは間違いないだろう。

ミステリの質としての話をしよう。
ネタバレは避けるが、ミステリ作品において、書評をするには、謎における解決のクオリティを論じなければ話にならない。
結論から書いていく。
俺は完全にやられた。
それを踏まえた上で、今作の謎解きの質としては「平凡」である。
いや、平凡というよりも、それよりもっと悪いかもしれない。
あっと驚くような壮大な解決がないどころか、在り来たりな結論で終わる。
しかし、それだけで今作は終わらないのも事実だ。
最後の真相はまるで人を子馬鹿にしているようなものなのだが、その線で行くと、俺は馬鹿となる。
そういうトリッキーな作品だった。

しかし、この作品に対しては、否定的な意見が噴出するのも至極当然と言えるかもしれない。
第一に今作は、島での事件パート、つまり謎パートが面白すぎる。
読者はそれ故、解決編に凄まじい期待を寄せている訳で、それに本作は応えられていない。
実際、この作品を人に勧めるかと言えばしないだろう。
かといって、こういうひねくれた作品も、沢山本を読むうちに、一冊くらいは手に取ってもいいなと、そう思うのである。


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