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無音の札幌で聞いた冬の音のこと。

北海道が好きだ。これはもう揺らがない。
全市町村に行ったわけではない。それほど詳しいわけじゃない。寒さに強いわけでもない。車の運転もそんなに得意じゃない。
じゃあ北海道の何がそんなに好きなんだろう?

よく「北海道の魅力◯選!」みたいな記事や動画では、食べ物が美味しい、観光名所が多い、夏涼しい、物価が安い、自然豊か…のようなことが言われている。しかし僕にとっては何か違う。食べ物が美味しくて観光地が多くて物価が安いから北海道が好きなわけではない。
ではいったいなんなのだろう。
いくつか羅列していくつもりだったが、長くなりそうなので今日は1つだけ考える。

たとえば、雪の積もった日の夜。

北海道に住んで一番最初に北国の暮らしを実感した瞬間はこれだった。雪が音を吸って街がしんと静まりかえるのだ。車が通る音や、人が雪を踏む音が耳を澄ますと遠く聞こえる。けれど、それもすぐ過ぎ去って、あたりは再び静寂で満たされる。
そして普段我々がいかに音で満ちた世界に生きていたかに気づく。
バイト終わり、帰路のあまりの静けさに世界に取り残されたような気持ちになって、立ち止まって遠くを見つめたことがある。街路樹に積もった雪が、風に吹かれてさらさらと肩に落ちる。まっすぐ先に光り輝くのは札幌駅で、よく見ればたくさんの人たちが楽しそうに歩いていたりする。けれど、ここにはどんな音も届いてこない。ただ無音の世界だけがある。札幌はときどき、音のない街になる。

卒業直前のこと、引っ越し作業が捗らなくて深夜の2時や3時になっても段ボールとガムテープを触っていた夜。ついに外の空気が吸いたくなって氷点下の外へ散歩に出かけた。
そこには美しいまでの無音があり、白銀の中で200万人が眠る大都市の鼓動を聞くようだった。
ふいに強い風が吹き、からからと小気味いい音が頭上から響く。なんだろう。音のする方をしばらく見ていてわかった。
木々に積もった雪が昼の間に溶けかけ、枝をつたい、夜になってまた凍る。そして枝の先に留まった無数の氷の粒が、風に吹かれて、ぶつかり合って鳴る音だったのだ。
私は、そのカラカラという音を聞いていたらなんだか嬉しくなって、風が止んで無音に戻った街で鼻歌を歌ったりした。ああなんて、綺麗な場所なんだろう。四年間の自分をこの街に見て少し泣いた。風が吹く、また氷の粒が鳴る。
札幌最後の冬、無音の街に聞いたその音を忘れない。

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