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「人生手動アップデート」のススメ

 学生時代は学年が変わったり、学校が変わったりして、強制的に異なる環境に置かれてきた。
 大人になって、それがどうなったか。2~3年で異動する人もいるのだろうが、私が勤めている会社にはそれがない。ずっと同じことの繰り返し。昔はろくに仕事がなく、そのため新しく開拓する楽しさがあったが、もう成長しつくした感がある。キャパ的にいっぱいいっぱいで回している現状を考えると、これ以上の大きな発展は望めないのだろう。
 すると、停滞したモチベーションをなんとか保ちつつ仕事をする、みたいな人生になる。これが遅効性の毒みたいなもので、アクティブに動いているときは全く問題ないが、1人になったとき、ふとしたはずみで気持ちが沈んだり、視界が狭まって動悸が激しくなったりする。
 こりゃいかん、ということで仕事を辞めることにした。いうなれば手動アップデートだ。

 今考えてみると、学生時代の小中高大という分け方はよく考えられたものなんだなと思う。
 学校が変わるというのは勉強内容が変わるというだけじゃない。環境が変わる、人間関係が変わるのだ。それが刺激を与えてくれる。それに勉強や部活を頑張ったりすればより高いレベルの学校に行けるのだから、日々の生活にもハリがあるというものだ。
 それらを指して「自動アップデート」をしていたのだと考えると納得がいく。自然に、流れるままに最適な環境で生きていられたのだ。

 それが社会人になってなくなってしまった。
 大人になったら時間が早く感じるようになった人も多いだろう。もちろん私もその中の1人だ。しかしこの短く感じるというもの、環境があまり変わらないのが原因なんじゃないかと思う。一度見知った道を歩くと前より短く感じるように、同じことの繰り返しは時間が早く感じる。脳がタイパ重視になって倍速視聴、いや倍速人生にでもなってるのだろうか。
 こういうときに「でも継続することが大事だ」と言い出す人がいるが、継続と停滞はイコールじゃない。そもそも右肩上がりになっていないものを継続してどうする、と言い返してやりたい。

 結婚して子供がいればまた違うのだろう。子供の人生が主になり、親は従の立場として安定志向の人生を求める。たとえ仕事が停滞していようとも子供の成長を見られれば問題ない、となるのだろう。
 しかし就職してから全くライフステージの変わっていない皆さんに言いたい。
 その人生、多分どこかでどん詰まるぞ。
 それが嫌なら手動アップデートの準備をしておけ。自動じゃなくて手動だ。お前自身がやるんだ。
 まず最新の環境を受け入れられるように自分のスペックを変えろ。本なりセミナーなりで先人の優れた教えをインストールしろ。自分の足で立ってるくせにお客さんのような顔をするな。自分の操縦桿くらい自分で握っとけ。
 でないと無限ループみたいな人生になる。ブラック会社に人が居ついてしまうのは考える暇を与えさせていないからだともいわれるが、まさしく何も考えずに生きている人は会社にいいように使われるだけだ。そのまんま生き続けて50、60まで年を取って、果たして正気でいられるだろうか。私はきっと狂ってしまうだろう。だから何かを変える必要があったのだ。

 子供のころとは違い、自動アップデートのない人生をどう生きるか。変化のない日常を幸福とみるか退屈とみるか。簡単に答えを出せるもんじゃないが、考える余地はあっていいと思う。
 「動作対象外」となって捨てられる前に、やれることはいろいろとあるはずだ。

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