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23.主人と娘


『結婚するならパパみたいな人とするー!』

小さい頃から
ずっと娘は言い続けていた。

その娘に 主人は 自分が“癌”である事を伝えなければならない。

まだ 20歳にもなっていない娘に。

真ん中に入った私は
主人の気持ちも痛いほどわかるし、
それを聞いた娘が どうなるか
もう 想像はついていた。

なんて 残酷な1日なんだろうと
心で思っていた。

想像できますか?
こんな日がくるなんて。

そこは、狭い喫茶店で 隣の人たちの声が耳に入っていた。

3人で テーブルを囲み
一人一人が 目を合わせないように
空(くう)を見ていた。

『パパな  癌になっちゃったんだよ』

オレの口からは言えないから
代わりに言ってくれと頼んでいた
主人が口を切った。

娘は  こんな場を作るということは
きっと良くない事をいわれると
悟っていて
表情を変えないで  被せるように
『でも、治るんでしょ?』
と 聞いてきた。

“膵臓癌” だということは
娘には とりあえずふせておくことにしていた。

主人は
『治すためにパパは 今東京に住んでいるんだよ。治して帰るから』

娘の目には 涙がいっぱい溜まっていて 唇は震えていた。

それ以上は 娘は何も聞いてこなかった。
いや、知識なんかないから質問さえ
できなかったのかもしれない。

主人の目はみるみる真っ赤になっていった。
こんな主人を見たのは 初めてだ。

『ママが1人になっちゃったから、帰ってやってくれよな』
と こんな時でも 娘に頼んでいた。

私は 2人を見ているだけで
精一杯になり 涙を流しながら
なんの言葉も出せずにいた。

娘は 下を向いたまま
肩を震わせながら泣いていた。

なんで 娘にこんな想いをさせなきゃいけないんだろう。

『パパになんかあったら、
 私も死ぬ』

『私も死ぬ』

娘に便乗して
私も主人を困らせた。

『何言ってんだよ!2人とも
ほら、飯食い行こ!いいもん食って元気出さないきゃな』

この場で 1番つらかったであろう
主人に気を使わせた。

娘も私も
主人に 困り事があるといつも相談していた。
こんな時でも やはり
頼ってしまっていた。


ああ なんて日だ。


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