【小説】松田とマユ #1
世界の終わりを目前にしつつ、私は本当に愉快だった。
私の名前はマユ。
この高校に通うしがない女子高生の一人で、部活には入っていない。
趣味はスマホでパズルゲー、たまにダンス動画を投稿してる。
再生数はそんなだけどコメント数はまあまあ。
友達しか見てないからだけど、バズるつもりも特にない。
で、私を睨みながら銃に弾丸を装填している顔色の悪い女は、私のクラスの担任教師、松田先生。
まあ、私は松田って呼び捨てにしてるんだけど。
年も近いし、なんか上から目線で来るのが気に入らないから素直に相手してやらない。
そんなことより気になるのは、いたいけな私が大人に銃を向けられてるってとこか。
そこを説明するには、ちょっと面倒な前提から説明しなきゃいけない。
「マユ。大人しく世界を私に譲りなさい」
松田が青ざめた顔で私に迫る。
「いーかげんに強がるのやめなよ、松田。今回は私が勝つターンなんだって」
歯を食いしばる松田の足には、この戦いが原因でできた痛ましい擦り傷。
ストッキングが破れて見え隠れするふくらはぎがとっても色っぽくて、私はドキドキが止まらない。
「諦めないわ。ここで負けたら、私の部下に顔を向けられない」
「ふん、さすが。光を司る宿命は、何度生まれ変わっても忘れないってわけすか」
そう、松田は普通の人間ではないし、私も普通の女子高生ではない。
知らない人のほうが多いだろうから別に覚えなくていいけど、松田の本当の名前は、光明神アフラ・マヅダ。
そして私の本名は、暗黒神アンラ・マンユ。
世界を賭けて戦い続けている、善と悪を象徴し、それを生み出した最初の神だ。
何度も生まれ変わっては人の姿を取り、この世界を巡って戦い続けているんだけど、今回はお互いに女の子だった。
自分で選べるものじゃないし転生は毎度のことランダムなんだけど、予想外というか意外なことに、今回のこの体が今までで一番しっくりきている。
正直、生きてて楽しかった。
悪の中の悪である私、女子高生ライフを満喫している。
一方、松田はサービス残業が当たり前の教員生活が相当にストレスだったらしく、日に日にやつれていくのが目に見えてわかった。
しかも美しすぎる金色ロングヘアにスーパースタイルがいい長身は、男子女子どちらにも憧れの対象だったみたいで、毎日のように告白されている。
仕事にプライベートを持ち込みたくない真面目な光明神アフラ・マヅダは本当に疲れが溜まってたまらないらしい。
女子トイレでこっそりエナドリを一気飲みしている松田を、私は何度も見たことがある。
そんな弱りきった体で、私アンラ・マンユとの世界を巡る戦いをはじめてしまったのが、松田の運の尽きだ。
「頼りのアムシャ・スプンタも調子悪かったみたいじゃん。ざまぁだね」
アムシャ・スプンタとはアフラ・マヅダに仕える七人の正しき霊、天使の名前だ。
この戦いでも様々な姿で松田を援護していたっぽいけど、すでにほぼ全員がその命を潰えている。
「貴方の可愛いダエーワ達も全滅したわ。その点では五分よ」
悔しそうに息を吐きながらも、松田は憎まれ口を叩いた。
ダエーワは私、アンラ・マンユに仕える悪の霊達のことだ。
悪しき思考のアカ・マナフ、不浄の女王ドゥルジ・ナス、背教の女帝タローマティ、眠りの悪魔プーシャヤンスター。
みんなみんな、私のただれた仲間だ。
意識高い系とかインテリヤクザとかばかりのアムシャ・スプンタと違って、女子高生の他愛ない会話にも付き合ってくれる優しい悪。
悪っていうかワル? 言いかた古い?
やっぱ正義まみれって融通がきかないから、会話盛り上がらないんだよね。
そんなこんなで私達の戦いはすでに、ラスボス同士の直接対決という局面に到達している。
この絵面は、私と松田の神話を世に伝えたかの預言者ツァラトゥストラにも見えていなかったと思う。
伝えられても困るだろうけど。世。
ちなみにどうして私が松田に戦いを挑んだのかというと、それもちゃんと言葉として残されている。
聖典の名前、なんだっけ?
あんまり覚えてない。
どうせ私のことは悪く書かれてるから、しっかり読んだことなかったりするんだけども。
で、はじまりの戦いを挑んだ理由だけど、有り体に言ってしまえば(有り体って言い回し合ってる?)嫉妬だ。
光の神である松田が創造したものは正義ってだけじゃなく、綺麗で、可愛くて、今の女子高生の価値観的にもアリ寄りのアリだった。
すっげーエモくて尊い。
そして今回は、松田本人が美人すぎる。いくつになっても可愛い。
最初に近くで顔見たときだって息できなくなったもん。
それで別にモテるわけでもない地味な私は、松田が創造した世界とまったく逆の、人間にとって悪いものをたくさん創造してやったのだ。
逆張りってやつある。
人気出たアニメに「過大評価だ」って言わなきゃ気がすまないやついるじゃん。あれ、私。
売れてるってだけで見れねーの。なんか周りに合わせてるみたいで。
世間意識しすぎでショボいなって自分でも思うけどしょうがない。
ま、暗黒神だから。悪で闇だから許容して。
そんな感じで今回も煽ったら、松田がキレた。
人間を正しい道に導きたい松田は、それはもう激おこ。
気が短いって思わん? 短気って、悪の側だと思うんだけどなー。
そんなんだからさ、アフラ・マヅダってインドに伝来したときアスラ王って名前になったんじゃねーのって話なんだけど。
日本じゃ阿修羅だよ。阿修羅像。どう見ても戦いの神。強そう。
それでいて顔面も強いのがマジでムカつく。松田の系譜だ。
私も阿修羅像は観光で見に行ったし写真撮りまくったけど。
グッズも買ったけど。ミニチュアのやつ高かった。
そんな感じで私達は、周期的にこの世の覇権を奪い合っているのだ。
基本ボロ負けなんだけどね、私の。
けど今回の戦いは、松田が日常生活にストレスを抱えすぎたせいかで、この世の悪人が力を発揮しすぎたせいか、私の側が優勢。
やるじゃん、人間。
私が生んだ悪、存分に利用してるじゃん。
あ、でもAIがこんなに発展するとは思わなかったよ。
ここまで盛り上がるなら私が作ったって言いたいんだけど、残念ながら違う。
てかAIが悪かどうかもこれから決まることだったんだろうけどさ、ごめん。
もう人類、ほとんど滅ぼしちゃった。
松田と私の最終戦争がこの局面ってことは、そういうことなのだ。
何しろ私の部下であるダエーワの時点でも、その本気の一撃は巡航ミサイルにも匹敵する。
私や松田の乳繰り合いレベルでも、数秒で大陸が蒸発する。
人間はきっと自分達が滅びに瀕していることすら気づかず、誰がどうして戦っていることも知らず、滅んでいった。
最後に残ったのが母校の教室ってところがエモいっしょっていうか、それもごめん、意図的にそうした。
だってこれが小説なら、絶対このシチュエーションが挿し絵に使われるもん。
エンターテイナーだからね、アンラ・マンユは。
「懺悔はすんだかしら」
松田がトリガーに触れながら述べる。
「暗黒神が懺悔とかするわけねーだろ。なめんな松田」
「人間が滅びる度に内心かなり凹んでるくせに」
「うるせー、凹んでねー。クラスメイト巻き込むのはちょっとキツかったけどさ」
「友達できない貴方を誘ってカラオケ連れてって、それ以来毎日連絡くれた浅川ちゃん……」
おいやめろ。
つーかなんでそんなことまで知ってるんだ。
「生徒の仲はいつでも把握しています。ド陰キャな貴方がぼっち飯してても、このクラスではイジメなかったでしょ」
「…………そういえば」
経験上、私はもっと迫害されてもいいものだった。
アンラ・マンユの悪っぷりに影響された神的存在は世界中に伝わっている。
かの有名なサタンも、私の影響で典型的な悪魔として描写されるようなった説すらある。
旧約聖書では悪魔と言い切れない複雑なやつだったらしいのに、魔王としての私が有名すぎてベンチマークにされてしまったぐらい。
本当に悪いことをした。サタンには懺悔する暗黒神。
「きちんと教育していたのよ。このクラスにどれだけイケてないぼっちの女子がいても、決して芸人気分でイジるなって」
「…………」
いや、正しい指導だとは思うんだけど、前提の時点でイジってんじゃん。
「一応ありがとって言っとくよ。陽キャが祟って無意味にモテモテなアフラ・マヅダさん」
「……すぐにでも撃ち殺されたいみたいね。この私の霊銃『ウォフ・マナフ』に」
「げっ!? 聞いてないんですけど、ウォフ・マナフってあんたが一番肩入れしてる……」
「そう――私の意思そのものである大天使。今生では銃に宿ってもらったわ」
やべ、そんな大物をまだ残してたのか、松田。
こっちの軍勢はもう私一人しか残ってないってのに。
「……女子高生相手にムキになりすぎじゃないっすか、先生」
「私はいつだって貴方に本気よ」
うっ。
表情も崩さずに言う松田に、私は言葉を失う。
光明神は、これだ。
いつも真っ当で、真っ直ぐで、コミュ障の暗黒神の気持ちなんてかけらも考えてない。
こちとら自分がアンラ・マンユだということに気づいてないころから、周りの人間に溶け込めなくて、いつも家で一人遊びばっかりで。
それでもそんな私に構ってくれる人間がいっぱいいて、下手くそなくせにカラオケ付き合って、ファミレスでだべって、苦手なメイクも教わって。
あげる人もいないのにみんなのバレンタインチョコ作りにも参加して、風邪引いて学校休んだ私のためにノートを取っておいた子が幼馴染みへの告白に失敗して。
その子を、雨の下で何時間も抱き締めて。
毎回人間に惹かれながらも、最後にはどうして私が滅ぼすのか、その理由を誰よりもわかってないんだ、松田は。
本当に。
「本当にいつもあんたは……正義だからって……」
「降伏するというのなら受け入れるわよ。私は光の神アフラ・マヅダ、たとえ相手が貴方でも慈悲は授けるわ」
松田はそう言って、銃口を地面に向けた。
あれだけ気丈に振る舞ってたくせに、今は柔らかい笑顔を私に向けている。
そういうとこ。
そういうとこ。そういうとこ。
そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。
そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。そういうとこ。
「いつもいっつも、そういうとこッ!!」
憤怒に身を任せ、私はリュックに生やしていた羽根を巨大に進展させる。
アンラ・マンユの最終本気殺戮モード。
人間はこの形態のことを、アジ・ダハーカと呼び、恐れた。
苦痛、苦悩、死を表す悪の象徴――翼持つ竜の姿。
「全力で来なよ、アフラ・マヅダ……!!」
私の体は次の瞬間、教室を破壊して外に飛び出していた。
いや、教室だけではない。
膨らみ切った怒りを放出した私は、地上に残された建造物を一瞬で灰燼に変えた。
当然の如く攻撃をいなした松田も白衣を翻して飛翔。私に着いてくる。
そうして私達は、地球の大気圏外まで上昇した。
続く
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