【小説】松田とマユ #4
はじめてマユとケンカしたのは、いつごろだったろう。
神同士の、周期的に繰り返される戦いのことではない。
あくまでこの時代においてのことだけど、こんなに愛し合って求め合っているのに、私達はいつもケンカばかりだった。
二人で旅行に行ったときも、電車で窓際席の譲り合いになってしまい最終的にはどちらも怒っていた。
「あそこのでっかい山を見てほしいって言ってんじゃん!」
「貴方にはあの美しい海岸を見て欲しいの」
こんなやりとりがずっと続く。
どうしても、相手に得をしてもらいたい。
私達はいつだって相手の正解と幸福を優先しようとしてしまい、自分を蔑ろにしてしまう。
互いを否定するために戦い続けたアフラ・マヅダとアンラ・マンユ、やっていることは同じかもしれないが、この時代における理由は違う。
やっぱりファッションは押し付けてしまうのだけど。
気に入った水着を着てほしくて、何日も粘ったりもするのだけど。
お尻を。
できるだけ、お尻のお肉を見せてほしいのだ。
年下女子に際どい水着を着るように迫るのは同性でもアウトな気はするけれど、どうしても譲れない。
あの小さくも上向きの最高にプリティなお尻は、ルーブル美術館に飾られたとしても、他の展示に引けを取らない。
永遠に見ていられる。本気で終末の最後まで。
もちろんそのまま伝えると怒られるに決まっているので、
「この町のビーチでは、肌をできるだけ晒すのがマナーなのよ。特にお尻はね」
などと、自分でも意味の分からない主張をしてみた。
「そんなマナーがはびこってるビーチなんて行きたくないもん……」
半泣きで反論されて、私は説得を諦めた。
その代わりと言うのもなんだが私の部屋の中でテントを張り、部屋キャンをしようという提案にマユが乗ってくれた。
そしてマユは二人きりのときに、一度だけ私がおススメした例の水着を着てくれた。
私も同じ布面積の水着を着るという条件で。
そのときようやく自分が犯罪まがいの願望をぶつけていたことに気づいたのだけど。
あのときは本当に楽しかった。
「お姉ちゃんって腕も腰も細くていいなあ。私ったらいつまで経っても幼児体系で、水泳の授業でもコンプレックスなんだよ」
「細くてもいいことなんてないわよ。私、体力ないからすぐ息切れするし……それにマユなら、すぐ人目を惹きつける大人な体になれると思う」
「そんな体にならなくていーもん。お姉ちゃんに見てもらえる体になれたら……えへへ。水着はちょっとだけど、下着とかはお姉ちゃんに選んでもらいたいなあ」
そんな話をしながら、テントの中で眠りについた。
とても幸せな夢を見た記憶がある。
そんなこんなで、戦いの規模はオールトの雲を経て天の川銀河にまで及んでいた。
女教師と女子高生の戦いの勢いは、留まることを知らない。
恒星の集合である散開星団は甚大なる損害を受け、地球からも近い運動星団であるおおぐま座動星団の真ん中で、マユはアジ・ダハ―カの羽根を乱舞させる。
この星団には人類の歴史の中でも重大な位置と意味を占める、北斗七星のうちおおぐま座α星も含まれる。
親戚が住む田舎の家にマユと泊まったときは、夜空を眺めて北斗七星や北極星にまつわる伝説を語ってやったものだ。
他にもロマンチックな神話を持つプレアデス星団や、ヒアデス星団の物語も語った。
そのころはまだギリシャ神話のめくるめく人間ドラマ、というかドロドロ悲劇にときめきを抱く感性もまだあった。
ギリシャ神話と星座をモチーフとしたバトル漫画にもハマり、マユの聖闘衣を自作してやったこともあった。
ものすごく嫌がられたけども。
いいと思ったんだけどな、アンドロメダのマユ。
私はフェニックスやるからって言ったのに乗ってくれなかった。
「あの作品の兄弟愛は、私達にとっても参考になるわよ?」
「私とお姉ちゃんは、実の兄弟なんかより繋がってるもん。参考になんかならないし、お揃いにすればなんでも付き合うってわけじゃないからね!」
真っ当で大変可愛らしい反論だった。
これもケンカの一部には違いないと思う。
というか関係性的にハーデスとアテナやれって感じではあるが、世代的にストライクではないのも問題だったのかもしれない。
かの太陽系美少女戦士ですらちょっとメイン世代ではないのに。
そんな思い出に浸っていると、
「サボってるのか、松田ァ!」
と、星間宇宙に響くマユの怒鳴り声が聞こえた。
「サボりの常習犯は貴方のほうでしょう、マユ」
言い返す私の言葉を最後まで聞かず、マユは周囲の被害など関係無しに突っ込んできた。
その勢いに飲まれ、かに座のプレセペ星団が宇宙に還元される。
中国では『積屍気』と呼ばれ、死者の魂が天に昇る際に通過する場所だと考えられていた星団は、その名の通りマユという死の頂点存在に蹂躙された。
積尸気冥界波って技もあったな。
食らったら肉体と魂が分離するっていう反則技なあれ。
ちゃんと伝承から技が考えられているんだ、と感動したものだ。
最初の使用者はなかなか活躍に恵まれないキャラクターだったけれど、マユなら使いこなしてみせるだろう。
しかし私も一応は光明神、マユの攻撃をいなしながら星の間を瞬時に移動する。
その過程でオリオン座の大星雲も飛び散った。
オリオン座の大星雲は散光星雲であり、散光星雲とは可視光によって観測される、ガスや宇宙塵のまとまりである星雲と定義される。
地球視点ならば、肉眼で見える最も明るい星雲のひとつである。
どうでもいいけれど。
滅びかけているから。
一応は神の象徴である太陽もすでに消滅しているので、天体の重要性に関しては私も興味がなくなってきた。
どうせ全てが滅ぶのだ。
そんなことを思いながら、私も超新星残骸を踏みしめて足場にする。
本当はこの手で、突っ込んでくるマユを抱き締めてやりたい。
頭を撫でて、背中を撫でて、マユの美しい髪の香りを嗅ぎたい。
けれど今のマユは、全身に暗黒の気をまとわせて私の腹部を貫かんとするだろう。
それはそれで劇的な絵になりそうなのでちょっと客観的な感じで見てみたくもなるが、敗北でこの戦いを盛り上げるわけにはいかない。
基本的にアフラ・マヅダとアンラ・マンユの闘争は、善である私が勝つようにできている。
平等ではあるが。
公平でもあるが。
必然は、存在する。
その上で、マユは――アンラ・マンユは、私と戦う道を選んだ。
この姿で生まれる前に。
この形で戦う、ずっと前に。
本当のところ、私は何もわかっていない。
今だって。
同じ女性であっても、料理が得意で恋に盲目な女子高生を理解することの、なんと難しいことか。
教師になればもっとあの子のことを理解できると思っていたのに。
もっと現実の女の子と向き合って、もっと大事にできる方法を見つけらかったのに。
だから生徒の悩み相談にもたくさん乗った。
カップル成立にも一役買ってあげたし、家庭内の悩みも聞いてあげた。
光の神ではなく、一人の教師として。
それなのに、マユのことは。
マユの心には、私の言葉が全く響かなくなった。
これほどの断絶があったなんて。
私はきっと、女の子を甘くみていたのだ。
どんな邪悪な怪物、無秩序のサルワでも、乾きと熱のザリチュでも私は勝てるのに。
善にも悪にもカテゴライズできない究極無常存在。
それを女子高生と、人は呼ぶ。
今になって、恐怖がこみ上げてきた。
暗黒神アンラ・マンユなら。
悪が相手ならば、勝てる。
だけど一教師の私に、女子高生マユと戦って勝る要素があるのだろうか。
神である私は、決着は神のみぞ知る、とも言えない。
生徒に勝てる教師なんていない。
世界は何故、私にこうも残酷な宿命を与えたのだろうか。
私はいつの間にか、大粒の涙を流していた。
ぼろぼろと頬を塩辛い水が伝う。
それが星雲と混じり、巨大な氷の天体を作り出してしまう。
まずい。
こんな様を、マユには見せられない。
大人が、教師が、光の神が、子どもの前で泣くなんて。
許されることではない。
続く
※次回完結
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