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【エ序11】エクナ篇序章⑨

「貴様!!!! マルホキアスの弟子だと!!!?」

激昂し、再び椅子から立ち上がるビナーク。だが。

「落ち着いてください陛下!!!! 彼は100%私たちの味方であり、<破滅の預言者>の敵対者です!!!!」

アザリーが一喝する。

するとビナーク、冷静さを取り戻して席に座り直すと。

「取り乱してしまい申し訳ない。見苦しい処をお見せした。騎士殿も、今の私の暴言は忘れていただきたい。……だがしかし、そなたの発言が聞き捨てならないこともまた、事実だ。差し支えなければ、是非詳しい事情を訊きたいのだが」

ビナークの謝罪と改めての問に、クラウスはひとつ頷くと。

「少し、昔語りをすることになりますが、よろしいでしょうか?」

一同の顔を見回しそう前置きすると、静かに語り出したーーーー。

「私の生国ロベールは、本当に酷い国でした。中央の王政府は弱体化して影響力を失い、それゆえ地方領主たちが好き放題に圧政を行う無法地帯でした。ある者は王権簒奪を公言して憚らず、またある者は領地と利権拡大のため周辺領地への侵略を繰り返す。ある者は自己の領地さえ堅守できれば他の一切を顧みず、またある者は王家を盲信し原理主義的な発言と施策に固執する……」

「知らなかったな。あの豊かな国ロベールの実態とは、それほどまでに酷いものなのか?」

クラウスの話に、ビナークが思わず口を挟んでしまう。

「はい。国内では内乱が繰り返され、戦闘員・非戦闘員を問わず多くの者が死傷しています。構造的に多数の戦災孤児が生み出され、かと云って福祉施策は機能不全を起こしているため、多くの子どもたちが路頭に迷っています。心あるサリカ神殿が孤児たちを監護しようと試みたこともあるようですが、そこすらも掠奪の対象となる有様です」

「酷過ぎる……。それが本当に文明国家の在りようなのか?」

嫌悪に満ちた口調で、ビナークがひとりごちる。

「孤児たちにとって、大人は頼るべき相手どころか掠奪と蹂躙を仕掛けてくる『敵』でした。かと云って子ども独りではとても生き延びられない。孤児だけの集団が生まれるのは必然の流れでした。かく云う私もそうした孤児の1人です。……ボロッシュと云う少年が居ました。子どもにしてはガタイが良く腕っぷしの強い、冷静で面倒見の良い子どもでした。いつしか孤児たちは、彼をリーダーとして慕うようになった」

「ボロッシュ……?」

カシアはその名を聞き、マルホキアスの部下の1人、頭を剃り上げたまるで敬虔な神の信徒のような巨漢の戦士を思い出していた。

「また、リーリュと云う少女が居ました。彼女はとにかく頭が良かった。博識だとか、読み書きが出来るとかそう云うことではなく、彼女は頭の回転が速く機転が利いた。自然と彼女は、皆から副リーダーと目された」

「リーリュ……?」

やはりだ。その名もまた、マルホキアスの部下に居た。可憐な花の名を冠した、エルファの血を引くらしい女。

「孤児たちは2人を中心に集団を形成し、生きるために様々なことをした。山野に隠れ潜み、弱い旅人を襲って食料や金品を脅し盗る山賊まがいの真似をしたり、街の店先から食料を掠め盗る盗賊まがいの真似をしながら、その日その日を何とか生き永らえていた」

クラウスはそこで一呼吸置くと。

「その日は痩せ細ったローブ姿の老人が1人、街道を急いでいた。私たちは恰好の獲物と思い、いつもの通り包囲して脅迫した。……恥ずかしながら、無知な孤児たちは知らなかったのです。『魔術師』、と云う存在を。私たちの眼には、老人は見た目通りのか弱い存在にしか映らなかった。そして私たちは思い知るのです。見たことも無い『魔法』と云う手段によって無力化されて。……これが、私たち孤児と、マルホキアス先生との出逢いでした」

そう云って、懐かしそうに眼を細めるクラウス。

「先生はだがしかし、私たちを叱るでも責め立てるでも無く、ただ事情を訊いてきた。無力化された私たちに抗う術は無く、仕方なく私たちは現在自分たちの置かれている状況について説明した。すると先生は私たちに、生活の拠点、アジトに連れて行けと云う。無論私たちに逆らう手段も無く、私たちは先生を自分たちのアジトへと連れて行った」

そこでクラウス、提供された紅茶を一口啜って口唇を湿らせると。

「アジトを一目見て、先生は表情を歪ませた。そこは生活するにはあまりに劣悪な環境だった。そして、慢性的な栄養失調や疾病で寝たきりの子どもたちが何人も居た。先生は、『子どもは責任ある大人の監護の許で生きねば駄目だ』と云って、孤児たち全員を引き取ることを決意した。私は正直大人のことなど欠片も信用していなかったが、ボロッシュが先生の申し出を受け容れた。それほどまでに、私たちは追い詰められていたんだ」

クラウス、そこで一息入れると。

「先生はその頃、ひとつところに留まらず旅をしながら反戦活動を行っていた。主戦派の領主たちにとって、反戦思想を啓蒙する先生の存在は脅威以外の何者でも無かった。お蔭で先生は命を狙われ、身を守るために移動を続けざるを得なかった。……今にして思うと、そんな状況下で孤児たち全員を引き取るなんて無茶にも程があったと思う。でも先生は、『見てしまった以上、見なかったことには出来ない』と」

「…………素晴らしい人物ではないか?」

クラウスの話に、ビナークが苦虫を噛み潰したような貌でぽつりと呟く。

クラウスは「はい」と返事をすると。

「先生は私たちを伴い、誰も立ち入らないような山の奥へと足を踏み入れた。そしてそこで『家』を作り、皆『家族』として生活することになった。先生が設計をし、ボロッシュら年長の子どもたちが先生の指導のもと土木作業を行った。そうして粗末な小屋が出来上がった。私たちにとって、初めて『家』と呼べる場所だった」

追憶に身を委ねるクラウス。

「先生はそれから、私たちに読み書きや算術、世界の歴史や現状についても教えてくれた。農業についても学び、皆でささやかながら畑も作った。狩りや釣りの仕方も教わり、食べ物を自給自足できるようになった。また縫製も教わり、自分たちの衣服も自分たちで作れるようになった。衣食住足りて何とやら。私たち孤児はようやく、人間らしい生活を手に入れた。すべて、先生のお蔭だった」

クラウスはまた、紅茶を一口啜る。

「時は経ち、私たちも成長した。先生は私たちにも反戦思想を教えていた。戦争が如何に世界にとって、百害あって一利無き行為であるかを。国力を削ぎ、国を疲弊させ、人材を損ない、未来を閉ざす行為であるかを。ボロッシュとリーリュは既に先生の両腕として働き、反戦活動を手伝っていた。そして私もまた、先生とは異なるアプローチで、先生の夢を叶える活動をしようと考えていた」

「それは?」

アルフレッドがクラウスに問うと。

「国に仕官することだ。騎士となり、ロベールを内側から意識改革しようと考えたんだ。先生は外から、私は内から、この国を変えてやろうと真剣に考えた。先生は私の意思に賛同してくれた。そうして私は、皆に見送られながら先生の元を巣立ったんだ」

クラウスの考えを、アルフレッドは甘いのではないかと心中考えていた。己が利権のために他者の、民の命や人生を平気で踏みにじるような権力者たちが、そう簡単に意識を変え得るものか、と。

「それで、どうなった?」

ビナークが続きを促す。その答は、アルフレッドの予想した通りであった。

「私の試みは失敗しました。国を追われる身となった私は、紆余曲折を経てアザリーたちと出逢いました。戦争を停めるべく懸命に奔走するアザリーに、かつての先生の姿を見出だした私は、彼女に剣を捧げる決意をした。そうして現在に至ります」

クラウスは、ここで大きく息を吐くと。

「私が先生や孤児仲間たちの元を旅立ってから、彼らに一体何があったのかは私にも判りません。だが次に再会した時、先生は邪術師、それも世界に戦争の惨禍をもたらそうと云うテロリスト集団の幹部と成り果てていた。そしてその傍らには、かつて子どもたちが頼りにしていたボロッシュとリーリュの姿もあった。私は闘いの中で何度も先生に問うた。何故、こんなことになっているのかと。私が旅立ってから、一体皆の身に何があったのか、と」

「それで、マルホキアスは何と?」

ビナークが身を乗り出して問うと。

「何も。先生もボロッシュたちも、私の問には答えてくれませんでした。ただ一言。世界は穢れ救い難く、子どもたちが生きるに値しない場所だ、と」

ーーーーこうして、長い長いクラウスの独白は終わった。

「……そなたはマルホキアスと闘えたのか? だって彼らはかつての師であり、家族だったのだろ? 彼らにとって、そなたはその……裏切り者と云うことにならぬか?」

ビナークが、訊きにくい質問をする。

「私は先生を裏切っているつもりはありませんよ。私はかつて、皆とともに学んだマルホキアス先生の教えに忠実に従っています。かつての先生の教えに従えば、今の先生を看過することはできません。だから私は闘ったのです。今の先生を止めるために」

「なるほど……」

独白を聴き終え、ビナークが大きく息を吐く。

「そんなマルホキアスも、とうとう斃れた訳だな? 爺さん……ドントーの手によって」

カシアが満足げに云う。

「私たちはその現場を目撃していない。カシアさん、よろしければもう一度、その時の状況をお話ししていただけないかしら?」

アザリーがカシアに状況説明を請う。

「良いぜ。そもそもオレたちと爺さんの関わりは、爺さんの武器製作の素材集めをオレたちが引き受けたところから始まった」

「マルホキアスには<悪魔>から授かった『攻撃反転』と云う能力があり、そのため決定打を与えられず私たちもさんざん苦しめられた。ドントーは私たちの仲間のひとりで、伝説級の腕前を持つドワーフの鍛冶師。彼は、この状況を打開する武器を作ると云って戦線を離脱した。以来10年近く、ひたすら武器の開発に打ち込んでいた」

アザリーが補足説明をする。

「その武器がとうとう完成したのさ。オレたちが集めてきた素材によってな。そして爺さんは己の命と引換に、油断したマルホキアスの上半身と下半身をブった斬った」

「マルホキアスは、間違いなく死んでいたのね?」

「ああ。あんたたちも現場は確認したんだろ? あの出血量を見た筈だ。体内の殆どの血が流れ出ていた感じだ。まして魔術師や邪術師は、肉体的には常人より脆弱なんだろ? 生きていられる筈がねえ」

「でも、死体は無かったわ」

「奴の仲間の爺が、転移門(ポータル)の向こうから現れて死体を回収していったんだよ」

「気になるのはそこよね。一体何のために、マルホキアスの死体を回収していったのか……?」

アザリーの疑問に、モナリがおずおずと挙手をして。

「邪術師の死体は、それ自体が機密情報の宝庫と云えます。組織の持つ技術の秘密を秘匿するために、マルホキアスの遺体を回収したのではないでしょうか?」

「一理あるわね」

モナリの意見に、フルーチェも賛同する。

「そう……ね」

考え込んでいたアザリーではあったが、やがて納得すると。

「良いでしょう。マルホキアスは死んだものと考えます。とは云え闘いはまだ終わっていません。最後の大幹部である魔法技術者レモルファス。奴が居る限り<破滅の預言者>の要塞船は健在です。更に私たちの友人であり、マリアをこれまで育ててくれたベトルとエミリーを殺害したと云う3人、レモルファスの護衛団を名乗る男たち。勿論、マルホキアスの部下たちも忘れてはなりません」

と、総括する。そしてベトルとエミリーの名が出た時、これまで黙って皆の話を聴いていたマリアがびくっと肩を震わせ、そんな彼女の様子を他の参席者たちが気の毒そうに見つめる。

「……まだ、信じられません。……貴女はその、本当に、毎年私に逢いに来てくれた、あのアザリー小母さんなのですか?」

今更ながらだが、マリアがアザリーに向かって消え入りそうな声で問う。

その疑問も無理からぬこと。今この場に居るアザリーは、毎年マリア宅を訪問してくれた『アザリー小母さん』とはまるで別人。全く違う顔をしているからだ。比喩表現ではない。文字通りの、別の顔なのだ。

そしてその理由もまた、この場の誰もが納得出来ることだった。マリアとアザリー。2人の容貌はあまりにも酷似している。血縁であることは文字通り一目瞭然だ。如何にマリアが幼子だったとしても、気付かぬ筈が無い。

「ええ。間違い無く私よ。毎年貴女に逢いに行く時は、そこに居る仲間の魔術師レクォーナに、《顔変え》で別人の顔を作って貰っていたの。理由は、云わなくても判るわね?」

アザリーに指摘されたレクォーナ、参席の皆に小さく会釈をする。

「そう……なんだ」

マリアが消え入りそうな声で、小さく呟く。

「ベトルとエミリーを殺害したと云う3人は、マリアが目撃したそうです。そうよね? マリア」

アザリーからの指摘に、マリア、またびくっと小さく肩を震わせると。

「…………はい。3人の男たちは、それぞれ<鉄色>、<黒>、<緋色>と名乗っていました。そして自分たちを、『レモルファス様に仕える者』とも」

「色……? 暗号名(コードネーム)か」

ビナークが頭を捻る。

「奴らの本業はレモルファスの護衛であり、基本的に主の元を離れることは無い。今回はマリアの拉致と云う失敗の許されない作戦を遂行するため、手持ちの最大戦力を投入してきた、と云うことでしょうね」

アザリーが自身の推論を語る。

「強いのですか?」

アルフレッドが確認をすると。

「15年と云う空白期間(ブランク)があったとは云え、かつてのベトルとエミリーは相当数の修羅場を潜り抜けた実力者だった。彼らがそんなにも容易く敗れたと云うなら、3人の護衛の実力はそうとうなものよ。決して油断のならない相手ね」

アザリーが答える。

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