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逆襲のシャーク⑤【逆シ5】

「……あたしはお前さんのこと、べっぴんさんだと思うがね?」

掠れた声で<オルカ>が云う。だが『彼女』は、<オルカ>の云うことを素直には受け取れないようで。

「この触腕のお蔭で皆が私を化物か色物扱いするわ。私の容姿を褒めたりするのは貴方だけよ。申し訳ないけど、貴方のその意見は貴方が眼が見えないゆえだと思うわ」

云ってしまってからはっとする『彼女』。<オルカ>の障害を引き合いに出すなんて最低の云い草だ。

気を悪くしたのではないかと、ちらと<オルカ>の表情を覗き見る『彼女』。だが彼は特に気にしたふうもなく。

「……見えなくてもさ、こうすれば人の顔形は判るもんだぜ」

そう云って、両掌で『彼女』の頬を挟み込む<オルカ>。そのまま瞼、鼻筋、口唇と、掌で『彼女』の顔形を確かめる。

「……ほらやっぱりな。お前さん、綺麗な顔立ちをしてるじゃないか?」

頬を赤らめた『彼女』、<オルカ>の手首を掴むと自身の頭頂へと移動させ、頭髪の代わりに無数に生えた触腕に触れさせる。

「これでもまだ、私が化物でないと云える?」

「……勿論さね。だってこいつはお前さんが自らの意思で植え付けたもので、お前さんの強さそのものだろう? だいたい、船長はこれを見て何て云ってる?」

「……<リトル・ホエール>と2人、肩組んで瞳を輝かせながら『カッコイイ~!!』って、云われたわ……」

「うわはははははは!!」

思わず吹き出してしまった。<リトル・ホエール>は船長<クリムゾン・シャーク>の実の弟だ。まったくあの兄弟らしい。

「……あの2人に憧れられたってかい? だったらそれで良いじゃないか?」

「……あの2人は、私を『女』として見ている訳ではないわ」

「……お前さん、あの2人に女として見られたいのかい?」

「いえそれは遠慮しとくわ」

即答だった。

「……見る眼のない奴らの評価なんざ気にすることないさね。あたしはお前さんのことべっぴんさんだと思ってるよ。それじゃ駄目かい?」

「………………駄目じゃない」

頬を赤らめながら、『彼女』はぼそりと呟いた。

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「……貴方が新たな船長役を買って出るって云うの?」

『彼女』の問に、<オルカ>は。

「……本当云うと柄じゃないさね。あたしとしては、お前さんあたりが新たな船長に名乗りを上げてくれりゃあ、その下で剣を振るってる方が性に合ってるんだがね?」

「私は貴方と違って皆に慕われてないから無理よ。そもそも<クリムゾン・シャーク>の居ない海賊団に興味はないわ」

『彼女』の答に、<オルカ>は残念そうに。

「……そうかい。そいつは残念さね。あたしも自分が慕われてたなんて思えないが、ま、それでもあたしなんかの名前で皆が再び集まり、組織を再結成できると云うんなら喜んで担がれてやるさね」

「ま、頑張んなさいな。それで? 今日来たのは私を勧誘しに?」

「……それもある。が、新組織を起ち上げようなんて思ったら、具体的な軍事力が要るさね。あたしとしては、<デビル・フィッシュ>の工房に眠る兵器を使おうと考えてる。奴(やっこ)さんが死んでしまった今、身内であるお前さんに断りを入れるのが筋かと思ってね」

「……それは構わないけど。でも私、あの子の工房の鍵の開け方は知らないわよ?」

「……それについてはアテがあるさね。今、<スタージェン>にそのための魔具(アイテム)を確保に行かせているさね」

「……そう」

「……とにかくあたしたちは、リトの近くの海岸に集まることにしてるさね。もしも気が変わって参加する気になったら、是非お前さんにも来て欲しい」

「……………………ま、気が向いたらね」

何処か嬉しそうに、『彼女』は云った。

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「……定期船が、出ない?」

皆との別れを惜しみつつ、アルフレッドとバートが<スター・アイテムズ>を発ってから、10分後ーーーー。

ふたりは再び、<スター・アイテムズ>のミオたちの許へと、帰って来ていた。

「一体、どう云うこと?」

ミオの問に。

「オイラたちは、これまでと同じように定期船の発着する隣の港街までの乗合馬車に乗ろうとしたんス。そしたら御者のおっちゃんが『兄ちゃんたち、港街から定期船に乗ろうとしてるなら無理だよ。今、定期船は運航を見合わせてるからね』って」

バートが御者から聞いた話を語る。

「運休? そりゃまたどうして?」

ミリィも質問してくる。

「なんでも定期船の航路上に巨大なイカの怪物が現れて、船を襲ってるらしいっス。だから討伐隊を募ってイカを退治し、航行の安全が確保されるまで、定期船の運航を一時的に停止するそうっス」

「良くあることなのかい? 定期船が魔物に襲われると云うのは?」

バートが運航停止の理由を語り、アルフレッドがミオたちに質問する。

「良くあること、ではないよ。稀だけど、でもゼロではない。だから、偶然と云うこともあり得る。けど……」

「けど……タイミングが、ね……」

そう云って、ミリィとミオがお互いに顔を見合わせる。

「……なんスかなんスか? 何か、思い当たることがあるんスか?」

2人の態度を不審に思ったバートが、問い質す。

「イカの化物と云うのが、ね……」

「このタイミングで現れたと云うのは、ひょっとすると偶然ではないのかも知れない」

「……つまり、巨大イカは意図的に定期船を襲っていると云うこと?」

ミオとミリィの云い様に、アルフレッドが思ったことを口にする。

その時、バートが何かを思い付いたような表情になり。

「……ひょっとして、また<ブラッディ・シャーク>っスか?」

「<カトル・フィッシュ>よ。この子たちが云おうとしているのは」

バートの問に、レーナが肯定の意の返事を返す。

「<カトル・フィッシュ>?」

アルフレッドがその名を繰り返すと。

「<カトル・フィッシュ>は<ブラッディ・シャーク>の生き残った幹部の1人だよ。<デビル・フィッシュ>の姉でね。弟が生物兵器開発専門の研究者なのに対し、姉の方は生体改造専門の研究者なんだ」

「生体……改造? どうしてまた、そんな研究を?」

アルフレッドの疑問に。

「なんでも、<悪魔>との合体による肉体強化では、最後は必ず黒の月の歪みに堕ちてしまう。<カトル・フィッシュ>はなんとか<悪魔>との契約に依らない肉体強化の方法を探究していたらしいね」

ミオが答える。

「で、自らの肉体にイカの因子を取り込むことで、自在に操作できる無数の触腕を持つ<レディ・テンタクル(触腕を持つ女)>へと変貌を遂げた、ってワケ」

「じゃあひょっとして、今定期船を襲っているイカの怪物と云うのがその、<カトル・フィッシュ>……?」

アルフレッドの推測に。

「ああ違う違う。<カトル・フィッシュ>自身は普通の人間の大きさだよ。ま、頭頂から髪の毛の代わりに幾本もの触腕が生えているけどね。彼女は自己改造の副次的な産物として、頭足類を自在に支配する力を得たらしいんだ。だから」

「なるほど彼女が巨大イカを操って、定期船を襲わせていると云うことか」

納得するアルフレッド。

「けど、一体なんだってそんな真似を……?」

バートが頭を捻る。

「<カトル・フィッシュ>は<ブラインド・オルカ>と親しかったようよ。<オルカ>の1対1に於ける武神の如き強さと、対集団に滅法強い<カトル>の触腕戦術との連携はとても相性が良くてね。戦場でもあの2人が共に闘っている姿は良く目撃されたそうよ」

レーナの話を聞き、バートは。

「……つまりイカ女の目的は仇討ちスか!? 奴は相棒を殺した相手をこの島から出さないため、定期船を襲っている……?」

「大変だ。それじゃあ彼女の標的は僕たちで、船や乗客たちの被害は僕らのとばっちりってことじゃないか!?」

バートの推理を聞き、慌てて立ち上がるアルフレッド。だがレーナは。

「待ちなさい。船を襲っている巨大イカが<カトル・フィッシュ>に操られている、と云うのも、そもそも<カトル・フィッシュ>が<ブラインド・オルカ>の仇討ちを目論んでいると云うのも、すべて何の証拠も無い私たちの憶測に過ぎないでしょ?」

と、アルフレッドを諫める。

「ですが、可能性はある訳でしょう? なら、僕たちは一体どうすれば……?」

「焦りなさんな。まずは正確な情報を集めること。それが第一でしょ?」

と、レーナ。

「そうだよアルくん。話を振っておいてなんだけど、別に<カトル・フィッシュ>の仕業と決まった訳じゃない。まずは証拠を探そうよ?」

ミオも師匠に同意する。

「……判った。でも、具体的にどうすれば……?」

と、迷うアルフレッドに。

「……<スタージェン>と<オルカ>はさ、あの難破船跡で落ち合う予定だったんだよね? そしてあの難破船には、<オルカ>とその部下たちも大勢待機していた」

と、ミリィが呟くように云う。

「つまり、あの難破船跡は<ブラッディ・シャーク>の連中の集合場所ってことスか? あるいは奴らにとって、何か意味のある場所」

ミリィの呟きを受け、バートが云う。

「……そうか。ひょっとしたらあの場所に、<カトル・フィッシュ>が来ているかも知れない。そうでなくても、あの場所を調べれば何か手掛かりが見付かるかも」

と、アルフレッド。

「決まりっスね。もう一度あの難破船跡に行きやしょう。で、何かを探す」

「勿論、ボクたちも一緒に行くよ」

バートの発言を受けミオが同行を表明し、ミリィも頷く。

「……ありがとう、ふたりとも」

「何云ってるの。アルくんには数え切れないほどの恩があるんだよ」

「一応、完全装備をととのえていこう。戦闘もあり得るかも知れないしね」

ミオ、続いてミリィの言。

かくしてアルフレッド一行は、<ブラッディ・シャーク>との因縁の地へとみたび足を、運ぶのだったーーーー。

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