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準備の時間をもらったという話


母の命


私の家で静養していた母が、お昼寝から醒めてこう言った。

「お父さんが迎えに来たよ。でも、イヤって言った」

父が「早くおいで。」
と言ったらしい。
えらくむげに断ったネ、と一緒に笑う。

その日の夕方、母は呼吸が苦しくなった。
血中酸素濃度がやや低い。
脈の乱れはひどい。

救急車を要請した。
一緒に乗って行く。
やや冷たい母の手をしっかり握った。
心拍数、血中酸素濃度、血圧、体温…。
モニターにいろんな数字が並ぶ。

数字を見る限り、今すぐ命がどうの、という心配は少ない気がする。
いや、心拍数の上下が激しい。
こちらの心拍数も上がる。

2つの病院に断られ、受け入れてくれたのは1時間ほど走った場所の病院だ。

妹たちに連絡し、結集。
えらく長時間の検査。

やっと呼ばれて説明を受ける。
検査室に入れるのは1人だけなので、私が聞いた。

肺に水が溜まっている。
抜いてもまたすぐに溜まるだろう。
心臓の働きが悪いだけでなく、肺ガンが作用している可能性がある。
しばらく入院です。

そのようなことを医師は伝えた。
きっと、もっと違う表現を、もっと的確な言葉で伝えたのだろう。
しかし、ドキドキする心を抑えて平静を装うのに懸命な私は、それだけのことを聞き取るのが精いっぱいだ。

入院の部屋が決まって、病棟の入り口まで付き添うことが許された。
ストレッチャーに寝ている母の不安を少しでも和らげたくて
ゆっくりと、何でもない風に「お母さん、今夜はよく寝てね」と言う。
妹たちも口々に「明日、来るからね」と声をかける。
母の乗ったストレッチャーが病棟に入ると、入り口の自動ドアが閉まった。

医師の話では、
入院できるのは2週間。
それを過ぎてから、どこで過ごすかを考えましょう。
家に戻るのはおそらく無理です。
終末医療を受けられる病院を探しましょう。

まあ、冷静に考えれば無理もない話だ。
というか、よくここまで頑張ってきたな、と母を讃えたい。

最期をどこで、どう過ごすか



いつかは旅立ちの日が来るのはわかっている。
最期を豊かに過ごせる場所を考えよう。

ただねぇ…!
どんなに良い病院やホスピスでも、会えないのは辛すぎる。
コロナが邪魔する!!
以前、母が入院した所はガラス越しに面会できたけど。
でも、触れたい!!声を聞きたい!!

みんなで相談した。
私の家で過ごしてもらうのが、一番良い気がする。
夫が「それが良いよ」と強く勧める。
いつでも会いに来て、おしゃべりして、触れ合う。
辛くなったら、病院へ。
そうしよう。

さて、面会はできないけど、着替えや差し入れをもって病院に行く。
写真入りメッセージも一緒に。励ましたくて。一人じゃないよと伝えたくて。

2日後、また病院に向かう途中、電話が鳴る。
病院からだ。
ドッキリして車を止める。何かあったか?

担当の看護師さんが明るい声で
「調子が良くなってきて、明日退院できそうです。迎えに来れますか?」

え? 「も、もちろん行きます!何時ですか?」
驚きと嬉しさで声が弾む。

翌日迎えに行くと、母は照れくさそうに笑って言った。
「今回、生きて戻ったよ。」

そう、今回、という限定付き。
私たちはもう少し、時間をもらったようだ。

時間をもらった


もらった時間をどう使うか、どう過ごすか、問われている。

戦争や災害で、なんの準備もなく奪われる命がある。
そのことを思うと、切なく、痛ましく、悲しい。
そして自分たちに時間が与えられたことに感謝の気持ちが湧いてくる。

母のことで気づかされたが、自分だって同じだ。
私の持ち時間はどのくらいか、見当もつかない。
見当がつかないから生きていられるのだと思う。

そして、考えた。
見当をつけようと思った。
あと20年、と考えよう。
動いて、考えて、自分のことを自分でできるのが。
何か、創造的なことが可能な時間が。

自分がやりたいことは何か?
死ぬ時に後悔しないために、今できることは?
何をしたら本当に満足できるのか?

時間って?



時間!!
医師の日野原重明先生は「命は時間」とおっしゃった。
先生が全国の小学校をまわって行った「命の授業」の絵本がある。
私が大切にしている本だ。

そして昔、習った漢詩を思いだす。
「光陰矢の如し 一寸の光陰軽んずべからず

なんと今まで無駄にした時間のあったことか!
命が時間ならば、時間を大切にしないのは命を大切にしないこと。
口先で「命を大切に」と言いながら、一方で時間を大切にしてこなかったのではないか?

しかし、失った時間は戻らないのだから、残りの時間を大切にしよう。
やりたいことをやり残さないように。
自分が後悔しないように、満足できるように。

終わり良ければ


今までのことは仕方がない。
後悔はキライだ。

先ずは、母との時間を大切にする。
たくさん心配をかけてきたけど、母が心静かに過ごせるように力を尽くそう。
ありがとう、とごめんなさい、の気持ちを込めて。













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