見出し画像

【凡人の対談 14.「凡人の幸福論:蟹穴(かにあな)主義」(2):すでにある波に乗って名を残すか、波を起こすが、名が残らないか】

これは、とある凡人が、いろんな人から、彼の経験談や、考え方を根掘り葉掘り聞かれまくるという、しょうもない話である。

〜とある怪しげな一室〜

「それでは、続きを始めます。先程までの話では、

『家族や親しい人にとって、あなたの代わりはいないが、社会的には必ず代わりがいる。』

『世界的な天才、スティーブ・ジョブズにも、社会的には代わりがいた。これはApple社が潰れていないことから、明白である。』

『ましてや、その他の凡人に代わりがいないはずがない。』

そういうことでしたね。」

「はい。ですから、変に『世界を変えよう!』とか『歴史に名を刻んでやろう!』とかせずに、『自分のやれることをやって、幸せに生きていけばいい』と思うんです。」

「なるほど。」

「そもそも、誰か1人に世界は変えられません。あるとすれば、2パターンです。『変化の波に乗る中で、一番に大成功を収めて、たまたま名が挙がる』か、『変化の波の発端ではあるが、名は一切残らない』。大体がこの2パターンだと思います。」

「どういうことでしょうか。」

「はい。『YouTube』を例に挙げると、前者の例は『ヒカキンさん』です。彼のおかげで、僕たちは『YouTube』を知ったし、『YouTuber』という職業を知ったのです。これは間違いなく日本を変えてます。ただ、彼は『YouTube』を作ったわけでもないし、日本初の『YouTuber』でもありません。」

「確かにそうですね。」

「そして、後者の例は、『YouTube』を作った人、または『世界最初のYouTuber』です。僕らは、『YouTube』のことはよく知っていますが、『YouTube』を創った人物の名前は一切知りません。」

「つまり、どういうことですか?」

「はい。つまり、自分ひとり、いきなり思い立ったことで、世界、日本、世の中、社会、会社、そういうものを変えようとしなくていい。そういうことです。」

「なるほど。そこで先程おっしゃっていた、『地に足のついた生き方』に繋がってくるわけですね。」

「はい。もちろん世界を変えてやろう、何かを変えてやろうと思う人は、すごいと思いますし、全く反対はしません。ただ、それは、僕のやることではありません。それは、僕より優秀で、意識の高い人間たちが勝手にやってくれます。」

「僕にできるのは、その新しい波に『逆らわないこと』です。そして、それを受け入れ、ともに『変化していくこと』です。新しい価値観なんかが、この代表例でしょう。」

「なるほど。あなたはその点においては、あくまで『受け入れる側』ということですね。」

「はいそうです。自分の手に余る大きさ、手の届かない範囲にまで手を広げ、何も掴めない。結局何も残らない。そういう生き方はしたくないのです。」

「なるほど。それでは、あなたは『受け入れる』のみで、『何もしない』ということですか?」

「いえ、そういうことではありません。『自分の手に余る大きさのことはしない。』『自分の手の届かない範囲のことはしない。』、これは逆にいえば、『自分の手に収まる範囲のことをする。』『自分の手が届く範囲のものを確実に掴む。』、そういうことです。」

「これが、僕がやるべきこと僕にできることです。」

「なるほど。そういう生き方にも一理あるとは思います。何かあなたのお話を聞いていると、あなたなりの『哲学』や『主義』のようなものを感じますね。」

「よくぞお気づきくださいました!! そうです!凡人である僕にも、そういうものはあるのですよ。」

「それはどういうものでしょうか?」

「はい。いわゆる『蟹穴(かにあな)主義』というものです。」

「なるほど、『蟹穴主義』、ですか。」

つづく














お金はエネルギーである。(うさんくさい)