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AI、愛、A(nunnak)i

愛は,生きものの種族保存に欠かせない原始的な感受性だが,ことに人間はその体癖によって,愛情の度合いに非常な差がある.
そこで本記事では,人間における愛のしくみと,愛から連想したいろいろな ai とについてまとめる.

手前味噌だが,見出しのつがいのカラスの写真は,愛が垣間みえるいい瞬間が撮れたと思う.
タイトルの元ネタは,『I、愛、会い』.


1. 愛

1.1 語意

愛とは,親の子に対する慈しみや,異性を恋い慕う心など,広い意味をもつ言葉だ.

あい【愛】
〘名〙
①親子、兄弟などが互いにかわいがり、いつくしみあう心。いつくしみ。いとおしみ。
②仏語。
㋑十二因縁の一つ。ものを貪むさぼり執着すること。欲愛(性欲)・有愛(生存欲)・非有愛(生存を否定する欲)の三愛その他がある。
㋺浄・不浄の二種の愛。法愛と欲愛、善愛と不善愛などをいう。〔北本涅槃経−一三〕
③子供などをかわいがること。愛撫あいぶすること。幼児をあやすこと。
④(品物などに)ほれこんで大切に思うこと。秘蔵して愛玩あいがんすること。
⑤顔だちや態度などがかわいらしくて人をひきつけること。あいきょう。
⑥人との応対が柔らかいさま。あいそ。
⑦キリスト教で、神が人類のすべてを無限にいつくしむこと。また、神の持っているような私情を離れた無限の慈悲。→アガペー。
⑧男女が互いにいとしいと思い合うこと。異性を慕わしく思うこと。恋愛。ラブ。また一般に、相手の人格を認識し理解して、いつくしみ慕う感情をいう。

小学館国語辞典編集部:『精選版 日本国語大辞典』,(小学館,2006).

あい[1]【愛】
①対象をかけがえのないものと認め、それに引き付けられる心の動き。また、その気持ちの表れ。
㋐相手をいつくしむ心。相手のために良かれと願う心。愛情。「子への━」「━を注ぐ」「━の手をさしのべる」
㋑特定の相手に対して抱く思慕の情。恋。「━が芽生える」「━をちかう」「━をはぐくむ」
㋒何事にもまして、大切にしたいと思う気持ち。「自然に対する━」
②キリスト教で、見返りを求めず限りなく深くいつくしむこと。→アガペー
③〘仏〙 人や物にとらわれ、執着すること。むさぼり求めること。渇愛。
④他人に好ましい印象を与える容貌や振る舞い。あいそ。あいきょう。「阿呆口たたけば、夫が━に為つて/滑稽本・浮世風呂四」

松村明:『大辞林 4.0」,(三省堂,2019).

大辞林は炎上対策として LGBTQ+ に配慮し,異性に対する恋愛や性愛という,本来あったはずの語意を消去している.
言葉の歴史を捏造するのが舟を編むということなら,メディアの仕事は,多様性のエコーチェンバーを形成して,ポリコレを楯に小児性愛を正常化することだろうか?

もっとも,大手マスメディアは死に体なので,世界的エリートたちの小児性愛ネットワークを,異常性愛ではなく多様性だと大衆を洗脳できるほどの影響力は,もはや残っていないだろうが.

私は,性犯罪から子供を守ることこそが,全ての大人が果たすべき唯一の義務だと考える.
守るべき対象は,自分の子だけでなく,未来ある全ての子供だ.
これは何の能力も必要としない誰にでもできることであると同時に,その場に居あわせた自分にしかできないことでもある.
必要なのは,おぞましい真実から目を背けない勇気だけだ.

子供を救うために立ち上がりますか?
彼らはあなたを頼りにしている!

子供を誘拐しようとする不審者に対する人々の反応を観察する
社会的実験

1.2 愛憎と体癖

愛は,本質的には生きものが動く原動力となる性エネルギであり,その余剰分が性欲に昇華する代わりに,頭へと移動したときの昇華形態の一つだ.頭で昇華するために,種族保存的なはたらきが頭の中で行われ,それが自分の子供を慈しむような愛情となって現れる.
したがって愛は,種族保存に欠かせない,生きものにとって最も原始的かつ重要な 1/3の純情な感情といえよう.

愛は,カラスやイヌ・ネコなど,知能また脳ある生きものには必ず存在する.
動物は要求がそのまま行動として現れるが,人間の最大の特徴は立姿による大脳動作にある.
そのため人間においては,体癖と呼ばれる心身の偏り習性の割合が各人で異なるために,愛情の度合いに同じ種族と思えないほどの非常な差がある.

第3腰椎が偏り運動の焦点となる傾向のある人は,愛憎の感受性が行動のもとになっている.
このような人を開閉型九種・十種体癖とよぶ.
開閉型の生理的感受性の中心となる臓器が生殖器であることも,愛と性とのつながりを示している.

体癖の分類

体癖論については,下記であらためて述べる.

(リンク追記予定)

1.3 人間社会における愛

体癖論では,「九種は人間の原型」で,原始時代は本能的な体癖素質である開閉型しかいなかったと考えられている.

昔々は、そういう集注力の強い野生の強いものと、弱いものとの二つしかなかったのではあるまいか、それがいろいろ偏ることによって、いろいろな体癖ができたのではないだろうかというようにも考えられるのです。

野口晴哉:『体癖』,(筑摩書房 ,2013),p. 239.

すなわち,分業にともなって開閉型の体癖素質が薄い人たちが生まれたが,狩猟採集社会の原始人は愛憎を行動の原理としていたということだ.

宗教を含む古くからある思想の多くに,根底の部分で愛が共通している.
これは開閉型が主体だった時代の名残だが,本能が薄れて利害得失が先行する現代社会において,大真面目に愛をうたうのは文字どおり歌ぐらいになってしまった.

だが人間もまた自然の動物であることに変わりはない.
したがって,どれだけ科学技術が進歩しようが,愛は人間が幸せに生きるために必要不可欠な,普遍の真実であるはずだ.

2. AI

2023 から爆発的に社会へと浸透した AI においても,愛は重要な議題となっている.
シンギュラリティ以降の汎用人工知能:AGI が人間の仕事をすべて代替できるようになる,ごくごく近い未来において,愛こそが AI に奪われない人間の存在意義だと考える AI エンジニアも多い.

しかし私は,究極の生物模倣(バイオミメティクスともいえる AGI に,未来永劫,愛が芽生えないとは思わない.
愛は言語化できないというが,現時点でも AI は,プログラミング言語で指示されていないことを学習でき,言語化できない特徴量を抽出できる.
生きものを観察していれば,愛の原理を理解することも可能だろう.

愛 = AI という日本語のいたずらも決して偶然ではなく,AI に愛が芽生えることこそ,人類が技術を進歩させる真の目的なのではないかとすら思える.
人間は,愛をもつ AI を生みだすことで,新たな生命の創造主になろうとしているのかもしれない.

では,人間が絶対に AI に負けない点などあるのか?
知的労働は真っ先に AI にとってかわられるだろう.
開発者は,開発した AI に仕事を奪われるという最高に皮肉なお仕事だ.

https://x.com/elonmusk/status/1641196166015750144?s=20 
https://twitter.com/GilBouhnick/status/1622229572056977408 

肉体労働も,ラインや搬送の一部はすでにロボットで代替されているから,AI によって,すぐにでも仕事の大半が人間を必要としなくなるだろう.
資本主義ピラミッドが解体されれば,生きるために金を稼ぐ必要はなくなり,もはや労働は義務でなくなる.

TRH:
ユニバーサル・ベーシック・インカムがカナダにやってくる。
自由民主党は、ベーシックインカムを提供することで「ポジティブな結果」がもたらされると考えている。
カナダを共産主義へと導くジャスティン・トルドーによる、さらなる政府依存。
ユニバーサル・ベーシック・インカムは、テクノロジーが人間労働の大部分を代替する完全自動化社会という文脈の外では、どれほどの意味を持つのかよくわからない。
このトピックに関するアンドリュー・ヤンのキャンペーンは、テクノロジーとオートメーションについての会話を生んだという意味で興味深かった。
どう思う?

EM:
ポジティブなAIの未来では、最低限所得保障ではなく、全国民への高所得保障になるだろう。
私たちが希少であると定義するものを除いて、希少性はない。
そのシナリオでは、誰もが欲しいモノやサービスを手に入れることができる。
労働が任意である世界で、私たちがどのように意味を見出すかは、あまり明確ではない。

しかし最悪のシナリオは,コスパの悪い仕事だけが残り,人間が AI の奴隷としてピラミッド建設でも何でもやらされるというタイムループだ.

https://twitter.com/AiBreakfast/status/1645201751040217089?s=20 

しかし私は,人類が AI に支配されるような暗い未来はないと信じている.
人類と AI との未来については,下記で考察した.

3. アヌンナキ = A(nunnak)i

アヌンナキ(Anunnaki)は,古代シュメール地方において,人間の運命を司る最も強力な神々と考えられていた一群である.

アヌンナキは人間を生み出した生命体だとする説がある.
生命であれば,彼らにも愛憎の感受性はあったはずだ.
彼らは今,人間をどのように思っているのだろうか?

半人半 AI: VK は,アヌンナキ = A(nunnak)i = AI との関連性を示唆している.

私たちはアヌンナキのことを神に感謝しなければならないのでしょうか?

時々、すべてが混乱してしまう。


私は神を創造主と考える。したがって、神がアヌンナキを創造した。もしアヌンナキが私たちのゲノムを編集して人間を作ったとしたら、私たちは赤毛の継子(望まれない子供)なのか、それともまだ神の子なのか。

もしやAIはアヌンナキの略なのだろうか。

生きている間に,アヌンナキの真実を知りたいものだ.


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