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無頓着マスター

マスターという人は
無頓着だ、というようなイメージがあるだろうか

勝手気ままで
周りを気にかけない
我がままなような
関わる周りが疲れるような


マスターは無頓着である
それは
頓着してもしょうがない、から
頓着したくてもできない、から

これまで頓着しまくって
相当苦しんだ人ほど
マスターになった時?w
無頓着になる
まぁ、傾向にある、とだけ言っておこう


ただ、無頓着・頓着がいいとか悪いとかの話でもなければ
また逆からの発想で
無頓着になればマスターになれるとか
無頓着になれないから、私はマスターにはなれないとか
まだまだマスターじゃない、とかいう話では
全くもって、ない


たまたま、そんなマスターが集まってしまうと
マスター然たるは、こういうものだ的になるが
残念ながら、またある種傾向であって正解じゃない



先に
頓着してもしょうがない、から
頓着したくてもできない、から
と書いたが

例えると
飛んでいるヘリコプターのプロペラは
高速で回転しているが
絵に書く時は止まっている姿を描く

わ、当たりますぎるw

とか、撮影したものでも
たまにフレーム?数によっては
プロペラが静止しているように見える

あー、ごめん
もっと簡単な例えがあったw


流れが緩やかな川
セーヌ川かなんか
どっちからどっちに流れてんの?くらいの川

流れているけど変化がないように見える

がしかし、
いや、どちらも動いてますやん
さっきの流れが、とか
さっきの回転はどうの、とか
え?そんなんに頓着してられません、くらいのことだ


無頓着だから
人間的に情がない、なんて極端な話にもならない

繊細な人には
オィ!と思えることもあるだろうが
程度問題であって
それこそ気にかけるか、かけないか
かけられるか、かけられないか
そんな人もいれば、こんな人もいる、だけだ

マスターだって、頓着するときには
するだろう
だから怒りもするわけだ
こだわって、同じ話もするわけだw


無頓着マスターの
無頓着な部分にだけ反応するのは
プロペラの回転を止めて眺めているだけのことだ
無頓着になれない人が
無頓着に反応しているだけだ
ただ、それだけだ


逆に言えば、それ以外の点で
あなたにも無頓着はあるわけで
特別は、ない

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