【17話】まんまるでとってもポップに


少女は、すやすや、と寝息を立てている。満月のライトに気づかないほど深い眠りについていた。
それなのに、少女の意識は夢の中へと引きずり込まれ、どんどん深くへと沈んでゆく。行き先は分からない。そんな中、少女は奥深くへと落ちていった。



「うー……ん」

いつものベッドとは違う感触に違和感を覚え、少女はゆっくりと目を覚ました。
体を少しづつ起こし辺りを見回す。周りは大きな木だらけで、いつものベッドどころか自分の部屋、もう一人の少女と一緒に住んでいる家すらなかった。

「な……なにこれ……?」

少女は動揺のあまり立ち上がろうとしたが、何かを踏んで躓いてしまった。
何を踏んだのか、と確認すると、そこには寝る前に着たパジャマのズボンではなく、レースとフリルたっぷりの、スカートのようなものが見えた。
驚いて少女は、自分の体の至る所を触りまくる。どうやら自分は、ピンク色のかわいらしい、まるでお姫さまのようなドレスを着ているようだった。

「わっ……これ……どういうこと!?」

思わず大きな声を出してしまったが、周りには誰もいないようで、自分の声だけが響き渡る。裾を踏まないようにドレスをつまみながら、少女は前へと歩き始めた。

どこを歩いても木と落ち葉だらけで、人がいる気配は全くない。おそらくここは森なのだろう、と少女が思った瞬間、あることに気づいた。

ここは、キルシュトルテが魅せてきた黒い森と同じだ。

そう理解した瞬間、少女は全てに納得がいった。もう一人の少女が自分に言ってきたことを思い出す。
今の少女は「黒い森のわがまま姫」なのだ。
きれいなドレスを着て、暗くて光のない中を歩く様は、まさにそれだった。
これは、お茶会の時間に食べたキルシュトルテの夢だ。まさかここまで自分に強く反応するとは思ってはおらず、少女は驚いた。夢の中なのに、起きているときと同じくらい意識がはっきりとしている。本当に、わがまま姫になってしまったようだった。
怖くはないけれど、恐ろしいお菓子だ。そう思っていると、少女の目の前に突然、白い光が現れた。

『こんばんは』

急に、誰かの声が頭に直接響いてくる。誰かいるのだろうか、と少し怯えていると、白い光は少女の前で輝きを増した。

『私よ、私。目の前の、私』

そう言われ、少女はこの声の主が、目の前の光であることに気づいた。
この光はなんなのだろう。いくらリアルに見えても、これはどうせ夢だ。何が起こっても、起きても不思議ではない。少女は思い切って、光に向かって話しかけてみた。

「あ、あなたは……誰?」
『だから、あなたよ。私はあなたなの』

どうやら、この白い光は自分の声が聞こえていて、会話をすることができるらしい。
それにしても、この光の正体は何なのだろうか。あのときのキルシュトルテなのか、それとも、もしかして、記憶を失う前の自分なのだろうか。少女は光が誰なのか、分からなかった。

『あなたは今、幸せ?』
「え……ええ。とっても幸せよ。いつもお茶会をしているの」
『そう……。……誰と?』
「誰って、同居人よ。いつも、私の面倒を見てくれて、わがままも聞いてくれる……すてきな人よ」
『……』

光は、少女がもう一人の少女のことを話すと、突然無言になってしまった。
何か癪に障ることでも言ってしまっただろうか、と慌てていると、白い光はピンク色になり始めた。

『わがまま……聞いてくれるんだ……。私のときは、全然聞いてくれなかったくせに……』

ピンク色に激しく輝く光は、少女に向けてではなく、独り言のようなことをぽつりと呟く。少女は光が何を言っているのかが分からず、ただただ胸に手を置きながら、光のことを瞬きもせずに見つめ続けていた。

『ああ、思い出すだけでイライラする……。真面目で優等生みたいな、あの子……。それが今はこうなってるだなんて……やっぱり私、あの子のことなんて大嫌いよ!!』
「ま、まって!それってどういう――」

少女の質問を遮るかのように、光は赤く激しく燃え始めた。完全にからっぽではなくなったとはいえ、まだ少ししか「気持ち」を知らない少女にとって、熱く煌めく光の気持ちは全く読み取れない。ひとつだけ分かることは、この気持ちは、いろいろなものが混ざって「嫌い」という気持ちになっている、ということだ。

『……もう時間ね。またいつか会いましょう。……幸せそうな、私』

光は少女に向けてそう言いながら、先ほどの目を焼き尽くすかのような輝きは幻だったかのように、消え去ってしまった。



ピピピピピ

いつものアラームの音が聞こえる。少女はガバッ、といきなり体を起こし、部屋を見渡した。
ピンク色の布団、机に椅子、本棚、ルームフレグランス。どれも見慣れたものばかりだ。着ているものもいつものパジャマで、ようやく少女は、先ほどまでのことが夢だということを確信した。
寝ていたはずなのにずっと起きていたような感覚に陥りながらも、少女は朝ごはんを食べるために、ふらふらとダイニングルームへと向かい始めた。


「おはよ……」
「おはよう、じゃなくて、こんにちは、だね」

もう一人の少女にそう言われ、少女は壁に掛かっている時計を確認する。針はいつものお茶会が始まる、少し前の時刻を指し示していた。

「う、うそ」
「嘘じゃないよ。君は昼過ぎまで、ずっと寝ていたんだ」
「起こしてくれればよかったでしょ!?」
「起こしに行ったんだけどね……どうやっても起きなかったんだ。だから、お茶会の前くらいの時間にアラームを合わせて、寝かせてあげていたんだよ」

まさかそこまで長く寝ていたとは。少女は予想もしていなかった出来事に、内心かなり驚いていた。
それにしても、自分の様子を見て、わざわざお茶会前までには起きるようにしてくれるなんて。そんなもう一人の少女の優しい気遣いが、少女は嬉しくて仕方なかった。

「あなたって、やっぱり優しいわよね。なんで、私にそこまでしてくれるの?」
「君の魔法使いだからね。当たり前のことさ」
「ふうん……。ところで魔法使いさん、今日のお菓子は、なあに?」
「今日はちょっと簡単なものにしたんだ。それじゃあ、行こうか」

差し出されたもう一人の少女の手を掴み、二人の少女はいつものように、お茶会の部屋へと入って行った。


寝起きの体に、甘い匂いが入り込んでくる。まるで朝ごはんがホットケーキだったときのようだ。
机の上にはハーブティーが置いてあり、少女は早速椅子に座って、それを体に少しずつ入れていった。何の植物の味かは分からないが、冷えていた体を胸の中からじわじわと暖めてゆく。あの夢から覚めて、やっと胸が落ち着いていくのを感じた。

「それはローズマリーだよ。寝起きに飲むのがいいんだ」
「……いつもは紅茶とかなのに、わざわざハーブティー淹れてくれたの?……私のために?」
「そうさ。これくらいお安い御用だよ」

そう言いながら今日のお菓子を持ってくるもう一人の少女を、少女はじっ、と見ていた。
こんなにわがままな自分に対しても優しい人なのに、何故夢の中のあの光は、あんなにも彼女のことを嫌っていたのだろう。

「どうかした?もうお菓子は机の上にあるけれど……」
「……あっ、な、なんでもない。それよりも、今日のお菓子って……これ、なんて名前なの?」

少女は、コップのような容器に入っている棒付きのお菓子を持ちながら、棒をくるくるとさせ観察をし出す。
まんまるとしていて、キャンディのような形をしている。でもチョコレートの匂いがするし、カップケーキのようにアラザンやチョコスプレーも飾りつけられていた。

「ケーキポップ、というお菓子だよ」
「ポップ?……ポップって、なに?」
「まあ、食べてみれば分かるさ」

夢で森を歩いたり、朝食も昼食も食べていなかった少女は、ケーキポップを一気に口の中へと入れた。

小さいながらも、しっかりとケーキの味がする。チョコレートの香りが口の中に広がり、胸の中にとろける甘さが流れ込んでくる。
それだけではない。確かに噛んでから飲み込んだはずなのに、少女の胸の中でケーキポップはまんまるとした姿に戻り、ぽんっ、と音を立て、はじけ出すのだ。
それは、ずっと考えていた夢での出来事を少しだけ忘れさせ、楽しい気持ちを与えてくれる。それはまるで少女の胸の中で、チョコレートの花火が打ち上がったかのようだった。

「ポップってもしかして、はじけるってこと?」
「そういう意味もあるね」
「へえ……。だから私の胸の中で、このケーキポップがはじけていったのね」

少女は二個目のケーキポップを手に取り、また一口で食べ出した。今度はホワイトチョコの暖かい花火が、胸をうきうきと弾ませてくる。

「小さいけど、おいしくて何個でも食べちゃうわね」
「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいな。でも、ちゃんとハーブティーも飲みつつ、落ち着いて食べるんだよ」
「わ、わかってるもん。ところで、あなたが食べてるのは何味?」
「これ?抹茶味だよ」
「抹茶……」

少女は、自分がきらいなものを、美味しそうに食べているもう一人の少女を見て、またあの言葉を思い出した。

『あの子のことなんて大嫌いよ!!』

少女にもきらいなものはあるが、どちらかというと苦手という気持ちの方が大きいし、きらいな食べものを克服しようともしている。
きらいなものは思い浮かぶけれど、あんなにはっきりと「大嫌い」と言えるものは、まだ少女の中には存在しなかった。
いったい何をしたら、あんなに嫌いだと言い切れるのだろう。

「君は抹茶が苦手だから、これはあげられないよ」
「そんなに欲張りじゃないわよ、私。……でも、抹茶味にも、挑戦してみようかな……」
「お、意外だね。あとで食べてみた感想、聞かせてくれないかい?」
「……うん」

緑色をした抹茶味のケーキポップを、少女は手に取る。
「きらいなもの」を味わうために、「嫌い」という気持ちを胸の中へ入れるために。
少女は口の中へと思い切り、ケーキポップを入れるのだった。

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