【18話】カラフル咲くサンド


空気の冷えた朝の中、食べものたちの湯気がはっきりと見える。
栗ごはん、さつまいも入りの味噌汁、焼き鮭、おまけにホウレンソウのおひたし。
まさにこの季節のような朝ごはんに、少女は終わりの近い秋を感じながら食べていた。

「今日はずいぶん和風なのね」
「イヤだったかい?」
「ううん、いつもトーストが多いから、珍しいと思って」
「今日のお茶会で食パンを使いたいから、お米にしたんだよ」

少女はそれを聞いて、栗ごはんを食べる手を止めた。
食パンは米の仲間だ。それをお菓子として出そうとしているというのは、いったいどういうことなのだろう。食パンをどのような姿のお菓子に作り替えるのか、少女は見当が付かなかった。

「ま、まさか……サンドイッチをお菓子として出すつもりなんじゃ」
「さあ、それはどうかな?」
「えっ……。……野菜とかハムとか卵は、甘くないのよ。甘くないものをお茶会に出すなんて、私は絶対イヤよ!」
「まあまあ。確かに君の言う通りサンドイッチ……ではあるけど、ちゃんと甘さでたっぷりのものだから」

本当かしら、と少女は疑いの目を向けながら、味噌汁を啜り出す。さつまいものおかげで胸がぽかぽかとして、少女の胸は落ち着きを取り戻した。
少女は前に一、二回ほど、もう一人の少女の作ったサンドイッチを食べたことがあった。レタスやハム、ベーコンに卵など、いろいろな食材が挟まった中に、マヨネーズやタルタルソースの味付けが相性ぴったりで、とにかく美味しかったことを覚えている。

でも、それとこれとは別だ。普通の食事の時間と、お茶会の時間は全く違う。お茶会の時間は、少女にとって特別な時間なのだ。
からっぽな少女の中に僅かに溜まってきた「気持ち」や「色」を、舌や胸の中で感じて少しずつ吸収し、新しいものを覚えていく。それは、いろいろな甘さをもつお菓子でしか得られないものだった。
それに、もう一人の少女とお菓子を交換したり分け合ったりして、彼女の気持ちも感じることができる。何もかも失った少女にとって、それは最高に「幸せ」なことなのだ。

あからさまに不機嫌な顔をしながら栗ごはんを食べ進めていき、それが食べ終わると、すごい速さで他のものも食べていく。「ごちそうさま」と挨拶をすると、少女はソファに寝転がり、不貞寝するかのように毛布に包まった。

「……お皿、片付けておくよ」
「……」
「大丈夫だよ、ちゃんと『お菓子』だからね。きっと君も、好きになると思うよ」

返事も何もしない少女に対して、もう一人の少女は優しく話しかけながら、食器の後片付けを始めるのだった。


何時間経っただろうか。少女は毛布の隙間から、壁時計をこっそりと見つめる。ちょうどいつも、もう一人の少女がお菓子作りをするために、お茶会の部屋に籠っている時間帯だった。
少女には、不機嫌になるとソファで毛布に包まり、昼食すら食べずに、ひたすら寝続ける悪いクセがあった。何か言われても、この状態になったときは絶対に返事をしない。
自分でも子どもみたいでわがままだ、と思うことはあった。だが、もう一人の少女はそれでも怒らず接してくれるため、彼女の「やさしさ」に喜びながら引っ付いていた。

もう一人の少女がいないことを確認してから、少女はやっと毛布から出始める。立ち上がりダイニングテーブルの方に視線を向けると、一冊の本が置かれていることに気付いた。
そういえば、昼食後と思われる時間に、コーヒーの匂いがしていた。もう一人の少女は、いつも昼食後はコーヒーを飲みながら読書をしている。それは少女が読むような絵でいっぱいの本やお菓子のレシピ本ではなく、分厚くて挿絵のひとつもない、きれいな表紙の本だった。

「いない……わよね……」

少女はおそるおそるその本に手を伸ばし、本を開き始めた。彼女がいつもどんなものを読んでいるのか、自分がいつも読まない本はどのようなものなのか。急に興味が湧いてきたのだ。
ページを捲ると、そこには小さな文字がびっしりと並んでいた。どのページも、同じような顔でこちらを見ている。少女は少しだけ読んでみたが、そこに書いてあることは、まだまだ少女には分からないことばかりだった。
少女はそれでもペラペラ、と捲り続け、自分でも読めそうなページを探している。こんなに量があるのだから、何かひとつくらいは、自分でもわかるところがあるだろう。
すると、少女はあるページを見て、捲る手を止めた。

「星……物語……」

少女は『星物語』というタイトルが付いたページを、顔を近づけて読み始めた。そこには、宇宙はどのようにして生まれたのか、いくつの惑星や星座があるのか、星々たちの神話はどのようなものか、という内容が、詳しく書かれている。「星」に惹き込まれながら、少女はあることに気付いた。

自分は、星をあまり見たことがない。

いつも暗くなる頃には家中のカーテンは全て閉まっているし、夜に外に出ることもない。いつもカーテンからうっすらと見える月と、ひときわ光り輝く星くらいしか、その存在を認識したことがなかった。
でも何故か懐かしく、胸の中がぎゅうっ、と締め付けられる感覚に陥る。きっと宇宙は暗くて、あの黒い森と同じなのだ。真っ暗な中でも光はあるのに、自分はどうやってもその光には辿り着けない。

「あなたも……私と同じ、なのね……」

憐れみを含んだ瞳で、本の中の「宇宙」を見ながら、少女は小さく呟いた。
少女が宇宙に惹き込まれそうになった瞬間、ドアの開閉音が聞こえてきた。

「やあ、どうやら起きたみたいだね」
「あ……。うん」

もう一人の少女に気付かれないように、少女は慌てて元の位置に本を戻した。何故なのかは分からないが、知られてはいけない気がしたのだ。

「そ、それより、もうお茶会の時間なのね」
「うん。いろんなサンドイッチを作ったよ」
「……甘くなかったら、ゆるさないわよ」
「甘いものしかないから大丈夫さ。ほら、行こう」

少女はもう一人の少女の腕にしがみつきながら、お茶会の部屋へと入って行った。


「な……なにこれ……!」
机の上に置いてある大量のサンドイッチを見て、少女は思わず口に手を添えて驚きの声を上げた。
あのとき見たサンドイッチとは違い、生クリームやフルーツが溢れんばかりに挟まっている。中にはそれらが花の模様のように挟まれているものもあり、そのかわいい姿に少女の胸は、一気にほんわりとした色になっていく。

「フルーツサンドって名前なんだ。ね?甘さたっぷりでかわいくて、食べたい気持ちになったかな?」
「うん……!はやく食べたい!でも、どれから食べればいいのか迷うわ……。だって全部、私に食べてほしそうな顔をしてるんだもん」
「じゃあ選んであげようか。そうだね……これとかどうだい?」

もう一人の少女は、断面が花の模様になっているフルーツサンドを、ひとつ少女に渡した。ブドウとマスカット、そしてキウイが、きれいな紫色の花の形になっている。
その魅力的な姿に少女は引き寄せられ、座らずに立ったまま、まずはブドウとマスカットの花びらの方を食べ始めた。

少し酸味のあるブドウと、甘みの強いマスカットが合わさって、好みの味になる。そこにたくさんの生クリームがブドウたちを包み込んできて、口の中は甘さでいっぱいになる。
その花びらとクリームたちは胸の中で、ある景色を描いてゆく。青空の中、クリームは甘い雲になり、ブドウとマスカットたちは次々と実っていった。
まるで絵本のような風景に少女は見惚れながら、二口目を食べてゆく。今度は、花の茎と葉っぱであるキウイだ。
舌がキウイの甘さと酸っぱさで染まるが、また一瞬で生クリームがそれを包んで、胸の中まで運んでくる。すると、生クリームは今度は甘いお日さまになり、キウイはブドウたちの隣に実り始めた。
それだけではない。地面から次々と、あのフルーツでできた花たちが芽吹いてきたのだ。少女の胸の高鳴りに反応するたび、花たちはどんどん育ち、ツボミとなり、花を開かせてゆく。
少女は不思議な気持ちになりながらも、フルーツサンドの絵本の中で、子どものようにはしゃいでいた。

「おいひい!」
「ふふ、そんなに口に入れて。リスみたいになっているよ」
「……んっ。ふう……。だって、とってもかわいいんだもん!フルーツサンドが見せてくる景色、もっと見たくて、いーっぱい食べちゃうの!」
「こんなに喜んじゃって……朝の不機嫌さはどこに行ったんだろうねぇ」
「だって知らなかったのよ。フルーツサンドなんてお菓子」

少女は、もう一人の少女が持っているお菓子の本をよく読むが、フルーツサンドが載っている本は読んだことがなかった。
こんなに素敵なものを知らなかったなんて、勿体ないことをしたな、と少女は思いながら、最後の一口を胸の中へと入れた。

「ああ、フルーツサンドの本は、棚の奥の方で眠っていたからね。昨日の夜、探してようやく見つけたんだ」
「そうだったの。さて、次はこれを食べようかな……」
「その前に、一回座って食べようか」

指摘されて、少女は初めて自分が立ち食いをしていたことに気がついた。はしたない、と少し恥ずかしがりながら、少女はいつもの椅子に座る。すると、もう一人の少女が屈んで、少女に顔を近づけてきた。

「な、なによ」
「口元にクリームがついているよ。全く、君は本当に子どもっぽいんだから……」

そう言いながら、もう一人の少女は自分のハンカチで、少女の口元に残されたクリームを拭った。

「失礼ね。それくらいおいしかったのよ、あなたの作ったフルーツサンド!」
「ありがとう。どんどん食べていいからね」
「言われなくても、もう次に食べるものは決まってるわ」

少女は、はち切れそうなくらいの大きさのオレンジと、たっぷりの生クリームのフルーツサンドを手に取る。

「ふふっ、無邪気だなあ。じゃあ、カモミールのハーブティーでも淹れてくるよ」

もう一人の少女はキッチンへと行き、二人分のハーブティーの用意を始めた。
少女はというと、もう既に先ほど選んだフルーツサンドを、半分以上食べてしまっている。
少女の中で、どんどん甘い雲が増え、オレンジの実がなっていく。青空はいつの間にか、少女のすきなピンク色の空に塗り替えられており、本当に絵本の中のような世界観を形成していった。

自分の胸の中だけにある、カラフルでかわいい絵本の景色に瞳をきらめかせながら、少女は次々とフルーツサンドに手を出す。
フルーツサンドたちが入ってくる度に、少女の胸の中は輝きを増し、自分の世界を作り上げていった。

その世界はかわいらしく、たくさんのフルーツに囲まれ幸せそうに見える中で、どこか寂しさを感じるものだった。

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