『すし、うなぎ、てんぷら』林修著で唯一絶版の名著
林修氏は言わずと知れた日本一有名な予備校講師である。インテリを鼻に掛けているがどこか愛嬌のあるキャラクターでタレントととしても人気を博している。
当然、そんな彼が書く本は飛ぶように売れ、その多くがベストセラーとなっている。
そんな中、彼の著作で唯一重版されず絶版になってしまった作品が今回取り上げる『すし、うなぎ、てんぷら』だ。
内容はいたってシンプル。すし、うなぎ、てんぷら、それぞれの職人へのインタビュー本だ。各職人の暑苦しいまでの思い、こだわりが綴られている。
コンビニでも美味いものが手軽に買える時代にこのような本が売れないというのは頷ける。
しかし、私にはこの本は単なるグルメ本の類いには思えなかった。
現代に失われた美意識の本であると、私はそう思った。
本に登場するすし職人の梶原崇志さんのエピソードにこのようなものがある。
「たとえばブリでいつもより血の回っているなと思ったときは、ワサビの塗り方を変えて匂いを消します。握る瞬間、に手の中で調理ができるというのが、鮨なんですよもった瞬間の感覚です。だから同じ鮨は握らないんです。」
“職人”となると握るという行為をここまで細分化して考えているのかと敬服してしまう。それぞれの職人にうまいものを作るための合理的な方法論があり、それは素人である我々に理解はできても到底真似のできないものである。
そして、最も感激する点は彼らの行動が必ずしも合理的ではないところだ。「意味があるかわからないがこうしたいからこうする」というような、所謂「こだわり」というものも出てくる。
エビデンス至上主義の現代ではあまり受け入れられることではないのかもしれないが、私個人としてはこのような考え、こだわりに感銘を受ける。
そもそもエビデンスというのは科学がなんでも解き明かせるという一種傲慢な人間の態度の表れである。「愛」や「感動」などこの世にはエビデンスを示すことができないことがたくさんある。このような科学では解き明かせないものが職人の「こだわり」、つまり美意識として表出するのではないかと思う。