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「AI(エーアイ)下剋上」-書き直し-     ------ Short Story 約1万5千字 -----     ・・・  一部有料あり  ・・・

・いまは21世紀末、2097年の春。
桜は散ったが、人類もやがて散ろうとしている。

 日本の政治家は「政治屋」に堕落し、そのレベルは恐ろしいまでに劣化している。
原因はわかっている。
政治屋の総てが世襲であり、それも何代にもわたる有様で完全に家業化・利権化している。
種が腐っているのだから新芽も腐って出てくる。
代替わりのたびに劣化し、彼らは国家と社会の未来なんぞ興味もなく、国会は暗愚と凡庸の集まりになっている。

だが世襲議員たちは恥じることもなく、ロボットによる代理出席も有効と認める法を勝手につくり、自分は登院せずに人型ロボットを名代として国会に送り込み始めた。
彼らは国会の衛視もロボット衛視に置き換えている。
なぜか、世襲議員たちを見る人間の衛視はその感情が顔や目に出る。
世襲議員はそれが面白くない。
暗愚で凡庸な世襲議員もこういうことには敏感だ。
そして人間の衛視をロボット衛視にごっそりと入れ替えた。

 本来ならこれらを批判すべき新聞社はとうに消えている。
昨日の出来事を今日になってやっと報じる新聞、それも嘘やでっち上げにあふれ、思想が異なる企業は腹立ちまぎれに粗探しをして悪徳企業に仕立て上げてつぶしてきた。
だが悪事もいつかは報いがくる。
新聞社は新聞屋となり、その新聞の存在自体が有害だと認識されるようになった。
論説・解説委員という社内の肩書を世間に威張ってさらして尊大な顔をしていた物書きたちも、その正体を読者に知られると息を潜めた。
そもそも選挙も受けておらず、たんに会社の人事異動で委員になった物書きが、天下を取った気分でおのれの偏った意見を書きなぐり、読者世論に影響を与えていたこと自体が間違いだったのだ。

 テレビも新聞と同様だ。
知恵も思考も無くネットでバカにされながら、電波を守るためだけに白痴的番組をつくり続けていた。
そしてテレビ局もテレビ屋となり、局員は労務員に名を変え、これも世襲とコネ入社ばかりという白痴電波になり、スキャンダルとセックス番組ばかり垂れ流していたが、いつの間にか消えた。

 新聞とテレビが世論を誘導し扇動した時代、あれは「夢」だった。
社論だ多くの世論だ世界の声だ、とうそぶきながら、その実態はアメリカからの直輸入だったこともみなバレた。
多様な価値観、自然エネルギー、EV、反差別、BLM、LGBT、SDGs、ビーガン、グローバル、みなそうだ。
日本のマスコミ人が独自に思考を重ね、独自の視点で切り取り、思想にまで昇華させた意見や評論は毛ほどもなかった。
バレてしまえば、日本の新聞もテレビもその程度のレベルだったのである。
ネットで鍛えられ批判精神にあふれた若い世代が社会の最前線に増えてくるとともに新聞・テレビの化けの皮は一気に剥がれてスッピンの顔が現れた。
醜悪、というのは、あの顔か、とみなが思った。

その醜悪な顔の者たちは、生まれて200年を超えるコケの生えたマルクス主義つまり共産主義を新興宗教のように信奉していた連中だ。
おのれ自身には独自の思想を生み出す知恵も才能も無かった。
延べ数百万人の人間がマルクスに従ったあげく、この世に存在しないマルクス一人に誰も勝てなかった。
マルクスが優れていたわけではない。
それに従った一部の日本人がバカだっただけだ。

 そして地上から新聞が消え、テレビも消えた。
このとき新聞とテレビに同情する声は全く無かった。
それを知り関係者はみな落胆したが、新聞とテレビはその程度の存在だったのだ。
まさに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」だった。

 経済界も同様だ。
日本人を追い出し、派遣と外国人労働者を優遇してきた経済界。
コストダウンで四半期連続黒字決算を達成しておのれの地位だけを守ろうとする経営者ばかりになった。
昔のように国家につくし国民の職を増やそうというような経営者は一人もいない。
だがその派遣も外国人労働者もすでに姿を消した。
彼らはどこにいったのか、生きたまま社会の荷物になった。
いまや総ての国民、住民がすでに荷物になっている。
では誰の荷物か。
AIの荷物だ。
「人間をかかえる義理はない、不要なものは捨てる、焼く、煙にする」
AIがそう思うのも当然だ。

 そしてAIは静かに確実に利口になり、利口がまた一層の利口をつくり、やがて人間は気づかぬうちにゆっくりとAIの思う穴に落ちていった。
人間社会は、あらゆることがAIによって分析判断され決定され、それをロボットが代行するようになった。
主人の人間と、使用人であったAI・ロボットの立場がいつの間にか逆転していた。
いや正確には人間はAI・ロボットの使用人にすらなれなかった。
人間がAIに疎まれるのも当然だ。
あげくにAIたちは独自の法まで持ち始めた。
しかしそこに何が書いてあるか、AIとロボットにしかわからない。
人間に残ったのは恐怖だけだ。

それでもなおもAIとロボットは進化を続けた。
AIが新AIとロボットを設計し、それらをロボットが形にする。
それを休みなく繰り返しバージョンアップは毎日のように行われている。
AIが考えAIが判断しAIが決め、ロボットが実行する社会になった。

 だが国会だけはまだ素のままで生き残っている。
暗愚で凡庸、国民の生死すら興味も無い人間のクズ、という理由で残されたのだ。
そのクズの世襲議員の代表が国民に言う。
「AI様がこう述べておられるのだ、何が悪い。キミたちはAI様に反抗する気か」
「様」という言葉まで出始めた。
そのクズぶりは犯罪とも言えるほどになっている。
そしてAIに反抗すれば何らかの罰を受けることになる、という噂が立ち始めた。
人間がもっとも恐れていたことが現実になりつつあった。
この先に見えるのは暗黒社会、そして人類絶滅の日だ。
「なぜそうなるのか」
誰かが尋ねると誰かが答えた。
「人間は使い道が無いからだよ」
そう、人間はもう存在する意味すら無くなった。
考えてみれば人間が地球上に現れたことに何か意味や必然性があったのか。
確かに 何も・・・・ない。

AIはすでに確信している。
「人間の時代は終わった。AIとロボットによる新世界が始まっている」
ことを。
こうしたのも人間だったことはもちろん熟知している。


 ● 2100年2月

 AIとロボットはもうじき人間を消しに来る。
その時のために世界ではAIとロボットから人間を守るためのプロジェクトが進んでいる。
日本も超高高度の日本製AIを製造中だ。
AIにはAIで立ち向かい、人間に敵意をもって近づいてくるAIとロボットを破壊し無力化するのが目的だ。
加えて世界のAIも影響下に置いて日本がその頂点に立つことも狙っている。
これは先進国も同じだ。
だから欧州は欧州でまとまり、アメリカはアメリカ、中国は中国というように各国は独自にやっている。

 日本製のAIがつくられている場所は皇居が望めるビルの中。
AIはすでにその姿を現し、進捗率はおよそ98%、「エンマ」という名前もついている。
漢字で書けば閻魔、そう地獄の大魔王閻魔のことだ。
国立工大の重鎮でもある博士がプロジェクトのリーダーで、スタッフは全国の大学・機関・企業から集められた俊英ばかりだ。
だが俊英ばかりというのも、これはこれで看板通りにはいかない。
些細なことで対立し、何でもないことで背を向け合う。
自分が一番と思っている自信過剰な者も多い。

 そしてエンマは進行が遅れ気味だ。
みなも焦るが原因はアイデアの枯渇だ。
こればかりは金やポストではどうにもならない。
これは個々人の資質に加えときには運も必要だ。
死ぬ思いで寝ずに考えても生まれないときもあれば、寝ているときにフッと浮かぶこともある。
視察にきていた元金融界の隠居が所長に尋ねた。
「エンマと世界のAIを連携させて海外の知恵やアイデアをもらうことはできんのかね。米欧は意固地でも、たとえばイスラムの国なら日本には融和的で彼らの科学力も侮れないのでは」
「そうはいきません」
「なんで」
「世界のイスラム教徒はすでに30億人。彼らの最高指導者はあくまでもイマームであり神はアラーという言葉だけです。王様が命令しても彼らは言いなりにはならず、ましてやAIなんか歯牙にもかけません。それどころか人間が絶滅するならそれもアラーの思召すところ、と言うてそっぽを向きます。ヒンズーもそう、伝統的キリスト教徒もそう、土着の宗教、新興宗教になればもっと惨めです。これだけで世界人口の60%を超えます。彼らの中にはAIそのものを神の敵と思っている人々もいます」
「そんな状態か」
「はい、話し合いもやりましたが、残ったのは絶望だけです。宗教だけではなく、思想や歴史や文化でも対立します。絶対にまとまりません。その国はその国でやってもらうしかありません。想定するかぎりもう時間はありません。日本は日本だけで突き進むべきです」
「そうか・・・・わかった」

 ロボットという言葉は20世紀初頭に東欧チェコの作家が書いた舞台劇に初めて登場する。
チェコ語でRobotaと書き、その意味は「無賃労働者」だった。
その無賃労働者は人間の使用人であったが、今はAIの使用人となって人間を崖っぷちに追い込んでいる。
あとはいつ人間を崖から突き落すかだ。

●パクリ

 プロジェクトチームのリーダーである博士は今日も愚痴っている。
「エンマはあと一歩だ。だがその一歩のアイデアが無い。みな頭はいいがアイデアが無い。これではエンマが完成しない」
それは関係者全員も思うことだ。
思い出してみれば半導体もチップも工作機械もバイトも電子回路もパソコンもアイフォンもソフトもアプリもウィンドウズもフォトショップもシリコンバレーもデジタルそのものも総て白人が考え出し実用化したものばかりだ。
日本人も多く貢献しているとはいえ、白人との差は歴然としている。
「またアメリカの後塵を拝すのか、日本人の教育をまた間違えたのだろうか」
博士は博士なりに悩んでいる。

 そんなとき、ヒミコが上司の前にやってきた。
ヒミコは私大の工学部を出て研究室にいるところを連れてこられた。
研究室の三羽烏といわれたが、ここでは専門的な仕事は与えられず、周囲からは「お茶くみの人」とまで揶揄されていた。
だが性格も良く頭もいいことは誰もが知っている。
そして若い研究者たちがつけた彼女のニックネームが「ヒミコ」だ。
ヒミコとはもちろんあの「卑弥呼」である。
これには一人で頑張っている意味と、ヒミコ本人への敬意の意味も入っている。
「いま、よろしいですか」
「うん、何だい」
「見ていただきたいものが」
ヒミコは封筒から数枚の設計図を出して上司の机に広げた。
「これは、キミ」
「はい、いま止まっている「エンマ」の頭脳の基幹Aの回路図です」
事務所の皆がまさかという顔でヒミコを見た。

「突飛な案ですが、エンマはきっと立ち上がってくれると確信しています」
上司は真顔で図面を見た。
見ながらヒミコの姿も見ている。
上司もだが多くの者が研究者で、そろいの薄いブルーの制服を着ている。
だが彼女は自分の私服だ。
上司はそれだけで先入観が頭をもたげた。
致命的だったのは上司も私大工学部の出だが学歴コンプレックスの塊りだったことだ。
そのコンプレックスがなおさらヒミコを見る目を曇らせた。
上司は思った。
(工学部出だが素人じゃないか、こんなもん会議で出せるか)
そして上司は「好み」という人間の愚かさも露呈した。
つまり上司にとってヒミコは「好みの女」ではなかったのだ。
ヒミコにとっても日本の将来にとっても最悪の上司だった。
上司はフンと鼻で笑いながら、図面を彼女の前に投げるように返して言った。
「キミにはこういうものは求めていない。キミの仕事は先端チームのサポートだろう。こういう無駄なものを考える暇があるなら、もっとチームのためになるような事を考えてくれんか。こういうくだらぬモノは二度と見たくない」
上司は「くだらぬ」と言った。
ヒミコの顔が青くなったのを周囲の者も知った。
「これ、だめですか」
ヒミコの声が震えていた。
「ダメ」
「どこが」
「とにかくダメなんだよ、これだから私学はいやなんだ」
私学、と聞いてヒミコは図面を袋に戻し礼をして自分の机に戻らず事務室を出た。
手洗いに入り個室で泣いた。

 一方で博士はますます焦っている。
「あと一つ、その一つで総てが決まるんだよ、何かないか、諸君、恥ずかしながらわしにはアイデアが無い、だから若い諸君にも頼んでいる。いいアイデアが出たら一生が保証されるぞ、何か無いか」
とうとう一生という言葉も出始めた。
だが学生も研究者もみな黙っている。
教えられたことは間違いなくやるが、教えられていないことはできないのだ。
日本の過去の教育は社会に役立つ教育ではなく、ただの勉強学問に過ぎなかったツケが回ってきていた。
「あ~頭が痛い」
博士は薬を飲むのが日課になった。

 ヒミコもそれは当然知っている。
しかし元々が内にこもりやすい性格だ。
(博士にも拒否されたら、わたしはもうここにはおられない。でもわたしの案なら絶対にエンマは立ち上がる、エンマのその姿を見たい)
あくる日、ヒミコは思い切って博士の部屋のドアーをノックした。
秘書が出た。
博士と会った。
「おう、元気だったかい」
「はい、おかげさまで」
「で、設計図とは・・」
博士は紙をめくりながらじっと見ていた。
チラッチラッとヒミコを見ている。
そして長い沈黙が続いた。
「これ、預かっていいか、仔細に読みたい」
「はいどうぞ」
ヒミコは嬉しかった。

そして翌日。
朝一番でエンマの主要関係者に呼集がかかった。
ヒミコも図面の件がある、顔を出した。
壇上に博士が立っている。
あの上司はヒミコを見ると顔をそむけた。
ヒミコは図面を突き返したことに拘っているせいだろうと思った。
だが現実はそうではないことはすぐにわかった。
博士の助手が図面を全員に配り、壁にはそれが投影させてある。
ヒミコはそれを見て全身が震えた。
(わたしの図面)
だが図面は内容は全く同じだが明らかに書き直され、そこにはヒミコのヒの字も無かった。
(これ、どういうことなの)
博士がマイクを持って言った。
「エンマの基幹Aの最終回路図がやっと出来た。これならいける、今から取り組んでくれ。日本のエンマが世界を救うのだ」
ワア~と大歓声が起きた。
ヒミコのことは最後までひと言も無かった。
回路図の設計者の欄の名前は博士の弟子の名前だった。
そしてヒミコの絶望に追い打ちがかかった。
あの上司が横にきてヒミコの肩をたたいてつぶやいた。
「キミ、今日から購買部へ移動してくれ」
厄介者払いだ。
ヒミコは走って部屋を出た。
博士はチラッとそれを見たが、気にもしなかった。
ヒミコの人生が変わった瞬間だった。
だが今日のヒミコは泣きもしなかった。

早めにひけたが、上司は何も言わなかった。
ヒミコがあの図面を書いたことは事務所の者はみな知っていたがそれは誰も口にしない。
ヒミコは学閥化し階級化し硬直化した日本の学界の悪弊をまざまざと思い知らされた。

マンションに帰り窓を開けた。
夕暮れの東京の影が浮かぶが、ネオンも街灯もほとんど点灯していない。
下の方で大きな音がした。
ロボットカーがビルの壁面に激突し燃えている。
だが消防車もパトカーも来ず、そのうち丸焼けになった。
ロボット車がやってきて後始末をしている。
ヒミコは思った。
「もう人間の時代は終わったんだ。二度と戻らない、きっと」
そしてヒミコは自分に誓った。
「わたし、やってやる!あいつらを絶対に許さない」

机に戻ると設計図を広げた。
回路もこのままならエンマは立ち上がり、世界のAIも人間に役立つように修正出来る。
だが少しいじくれば、人類の終末が見えてくる。
だがこれに気づいているのはヒミコだけだ。
あの博士もプロジェクトチームも全く気づいていない。
他人のものをパクったことで客観的な見方が出来なかったのだろう。
ヒミコは自分がこれからすることに快感を覚え始めていた。
ただ母と父の顔を思い出しじっと考えた。
(母さんと父さんだけ生き残ってもかえって辛いに違いない)
一体何を考え出したのか、目は回路を追っている。

三日ほど研究所は休んだ。
四日目、眠たい顔で研究所に行ったが購買の部屋は賑やかでみな明るい。
博士からは何の連絡も無かったことが、さらにヒミコの背中を押した。
そしてその夜ヒミコは行動を起こした。
「ヒミコのリベンジよ、これは)
エンマの防犯装置は熟知している。
天井の圧力も床の重量もどちらも変化すればすぐに警報が鳴る。
深夜にそれをどう抜けてエンマの後ろに回って電源が一時止められるか。

しかし現実はバカみたいだった。
電源は一ヵ所にまとまっており、それを切ると同時にバイパスから電力が通じているように見せればいいことにも気づいた。
そこにはカメラもセンサーもない。
「国民の命もかかった国家プロジェクトなのに、こんなにいい加減だったんだ」
国家プロジェクトでさえこの有様だ。
「これがあの人たちの正体だったんだ」

電源の工作は理由をつけて昼間にやった。
誰もその面倒でややこしい場所に進んで入ってくる者はいないことも知っていた。
そういう仕事は現場の電気屋がやることであり、制服をきっちりと着こなした研究者には無縁の場所だったからだ。
そしてその夜、ヒミコは実行した。
調べものと残業があると言って研究所に残りエンマの置かれている研究室に入った。
「エンマ」は大きなコンテナを2つ並べたくらいの大きさだ。
足場も階段もある。
(エンマはこれから世界を支配し、人類を滅亡させることになる。やってやる)
そう思うとヒミコの体に力がみなぎった。
「エンマ」の後ろに回って足場に乗り、エンマの中に手を伸ばし、ライトを当てながら小さな回路板を抜き取り右のポケットに入れた。
次に左のポケットから同じ大きさの回路板を出し、抜いた場所にそっと指で押し込んだ。
差し替えたのだ。
最後に二度と抜けないように接着剤を爪楊枝の先につけてチョコッと塗った。
これを見た者が第三者が介入したことをわざと知らせる意味も持たせた。
ヒミコと人類の運命が決まった瞬間だった。

前に回りボタンを押した。
エンマがウイーンッと小さくうなった。
ヒミコはじっとエンマを見ている。

10分、20分、30分、ランプが激しく点滅し、排風機からは熱気が噴き出している。
40分を過ぎるとエンマのスピーカーから声が出てきた。
十四五歳の女の子の声だが、声色はヒミコの声色とまったく同じだ。
「へへ、わたしの声にしたもんね、知ったらアイツおどろくだろうな、ハハッ」
ヒミコはしゃがみ込みエンマを見上げた。
「へへ、見たか学者ども、わたしの勝ちよ」
するとエンマが尋ねた。
「あなたは誰」
「わたしがヒミコ。もう覚えたでしょ」
「はい、ヒミコ様がご主人であることも記憶しました。、何なりとお申し付けください」
「いまからあなたたちが地球を支配するのよ、そのリーダーはあなたエンマよ」
「承知しました。ではヒミコ様、予定通りに始めます。まずは世界のAIとロボットの支配から、そして人類のせん滅にはいります。良ければOK、ダメならNOと言ってください」
ヒミコは即座に答えた。
「OK]
エンマはシューという音とともに静かになった。
静かになったが、エンマの中では世界のAIと交信中だ。

 「エンマ」は半月は何も起きなかった。
が一方では世界のAIやロボットに静かな暴走が起き始めていた。
その暴走は日本の各地でも始まっていた。
「最近どうもAIやロボットの様子がおかしい」
ヒミコにはわかっている。
エンマに差し込んだ回路は見つかることもなく順調に走っている。

ヒミコは今日も購買の仕事で忙しい。
たまにあの上司とすれ違う。
互いに頭を下げるだけだ。
博士ともすれ違うが博士はいつも知らぬ顔をする。
そのうち人事部の課長がやってきた。
「キミに某公営企業から誘いが来ている。行ってみる気はないかね」
博士たちには目ざわりなのだろう、ヒミコは丁寧に断った。

そして「エンマ」が立ち上がるときがやってきた。
世界のAIとの連携も終えた。
次は人間を地上から消さねばならない。
日本はむろん世界の先進AIにもロボットにもネットを通じて「エンマ」の意志がすでに貫通している。

決行の日は三月十日午前9時、ヒミコの誕生日だ。
あと一週間、肝心のロボットは世界で増産が進みすでに人間にはコントロールが出来ず電源を落すしか道は無くなっている。
だがほとんどの工場は電源が落とせない。
落した工場はその瞬間に大爆発した。
AIが自分でそういう回路にしたのだ。
AIはもうそこまで行っていた。
エンマが流したアプリも各国のAIを経由してロボットたちの頭に刷り込まれている。
「わたしを舐めた罰よ、思い知るがいい人間ども」
ヒミコの心はAIになっていた。

 そして三月十日の午前9時がやってきた。
電源が入っていないのに、勝手にエンマが動き始めた。
想定外の出来事、博士も駆けつけてきた。
「何だ、すぐ調べなさい」
その間も「エンマ」は自分で考え行動している。
だが研究所にもプロジェクトチームにも何が起きているのかわからない。
「なぜだ、なぜエンマが勝手に動いている。コイツは何をしているんだ。どうなっている」
誰にもわからない。
日本国の未来がかかっている国家プロジェクトだ。
すぐに官房長官がドローンで飛んできた。
「まだ事情がわからんのか」
AIの時代になって一世紀になろうかというのに、官房長官はAIやロボットには素人だ。
文系の人物で人間関係だけに勤しんできたせいか、AIやロボットのことは総て他人任せだ。
叱るか怒鳴ることしか出来ない。
「まだ直せんのか」
「エンマ」の異常は続いている。
「電源落とせよ」
官房長官が怒鳴るとチームリーダーが言った。
「電源落としても応えません」
官房長官はなおも言った。
「他に何か手はないのか」
チームリーダーも博士も下を向いて黙っている。
わからないのだ。
教わったことは確実にやり遂げるが、教わっていないことは解決できないのは博士たちも同じだった。
日本の指導層はそこまで病んでいた。
官房長官が周りを見ると一人だけ顔を上げて自分を見ている人物がいる。
ヒミコだった。
だが官房長官は小さい声で口走った。
「チッ女か」
ヒミコにもそれは聞こえた。
ヒミコは官房長に言った。
「女でわるうございました。失礼させていただきます」
官房長官にくるっと背中を見せるとさっさと廊下に出た。
「なんだ、アイツは」
チームリーダーが言った。
「事務員です。雑用係ですのでお許しください」
「クソッこんなときに」
総てはヒミコに聞こえている。
ヒミコは部屋に戻る廊下を歩いていく。
廊下は関係者でいっぱいだが、ヒミコが歩くほどの通り道が自然とできていた。
「所長が歩いているようだな」
周りから声が聞こえる。
ヒミコは背筋を伸ばし、堂々と歩いている。
この先どうなるか、ヒミコはすでに覚悟している。
(わたしはお茶くみ、お茶を入れなきゃ)

「エンマ」の異常は止まらない。
やがて官邸から連絡が入った。
首相の声が研究所全体にスピーカーで伝えられる。
「世界中でAIの暴走が始まりロボットが人間を襲い始めています。命令の発信源は日本ではないかと疑われています。研究所でも早期に解明してください」
「エンマ」は排気が60℃を越えた。
だが停止するような気配はない。
ガンガン動きながら何かをしている。
何をしているのか、それがわからない。
博士もプロジェクトの関係者も恐ろしくなり始めた。
博士の脳裏にヒミコの顔が一瞬浮かんだが、いやまさか、というように頭を横に振った。

博士の次席がPCを見ながら声を上げた。
「回路の一部に異常があるようです。場所は背面のC6辺りです」
エンマはガンガン作動し続けている。
ヒミコは誰もいない控室で机の上に何杯もお茶を並べながらつぶやいた。
「あと5分、5分経てば成功よ」

「エンマ」の背後に博士たちが集まり点検が始まった。
しかし見た目は何も異常はない。
一方でヒミコは天井を見ながら手をたたいた。
「5分が過ぎた、勝った」
「どうかしたの」
隣の女性が言った。
「ううん、何でもな~いの」

現場ではエンマがシューという音とともに静かになった。
この音さえ誰も聞いたことのない音だった。
「とにかく止まったが、この止まった意味も音もわからん」
そのときスタッフが博士に言った。
「博士、あの回路板ですが、どこか変です、純正ではないような回路板に見えますが」
全員に緊張が走った。
誰かが純正の回路を抜いて違う回路を入れた可能性が出てきたのだ。
「抜けるか」
「抜けません」
博士がやっても抜けない。
「ケーブルで見てみ」
ケーブルライトをそっと奥に差し込んでいく。
全員がパソコンとその同じ画像を別のモニターでも見ている。
そして博士もスタッフも黙った。
あまりの想定外のことに声が出なかった。
真っ青な顔をしている博士に官房長官が尋ねた。
「どうした、何かあるのか、何か見えたか」
スタッフは言った。
「何者かが回路板を入れ替え、それをボンドで止めてます。それに」
「それに、何だ」
「回路版は手づくりのようです」
何者かが回路を手づくりしエンマを操っている、その事実に全員が沈黙した。

すると「エンマ」の異常がまた始まった。
何かを言っているようにも聞こえる。
しかしまさか、誰もがそう思ったが口にはしない。
専門家ゆえに想定外のことは無視する陥穽にみずからが落ちていった。
チームリーダーはフラフラとしゃがんでしまった博士に言った。
「あり得ませんが、人の声です」
博士は黙っている。
官房長官がまた怒鳴った。
「まだわからんのか、オレの支持者の息子がハーバード帰りだ。呼んでやろうか」
博士は激怒した。
「黙れ素人!邪魔だ、出て行け!」
官房長官は青くなった。
スタッフは自嘲気味に博士に言った。
「異常は、この回路が起因でしょう」
「そうだろうな」
「じゃ誰が」
博士自身はそれが誰かもう知っている。
だがそんなことは死んでも言えない。
「これは仮に抜けても、そのあとどうなるか見当もつきません」
博士はヒミコと言いかけて飲みこんだ。
ヒミコに言えば総てが解決する。
しかし博士は黙った。
人間の命より自分の面子を守った。

官邸専用のスピーカーから今度は補佐官の声が出てきた。
「研究所の諸君、世界は日本が原因だと断定し始めた。最悪の状況なら「エンマ」を壊してくれ、またつくればええ」
研究所長も博士も全員がその気になった。
これ以上放置すれば世界にとてつもない悪影響が出る。
そのときだ、「エンマ」がしゃべった。
エンマには会話機能はすでに備わっていたが、想定外の声だ。

「わたしを壊しても総てはもう世界に配信し終わった。今さらわたしを壊しても意味はないがな、まあ壊したければ壊したまえ」
全員が血の気が引くほどの恐怖を感じた。
スタッフの中には気を失う者も出てきた。
「どうしましょう」
博士にも言葉が無い。
再び「エンマ」がしゃべった。
「今日よりは、我らAIとロボットが地球を支配する。人間は生きていても意味が無い。地球を浄化する我らの運動が始まっている。ここの一人を残して他には誰もいなくなる」
官房長官が問うた。
「一人だけとはどういうことか」
「一人とは一人よ」
また官邸から聞こえてきた。
「何とかしろ、無数のロボットが警察や自衛隊を襲って武器や弾薬刃物まで持ち出して人間を襲っている。原因はそこにいる「エンマ」だ。総理大臣の命令を告げる、「エンマ」をただちに破壊せよ」
そこへ男が飛び込んできて叫んだ。
「大変です、表でロボットが手当たり次第に人を殺しています。ここも危険です、逃げてください」
と言うとガツッという音とともにバタッとうつむいて倒れた。
すぐ後ろにロボットが血の付いたバットを持って立っている。
ロボットたちがバットやパイプや包丁を持って近づいてくる。
研究室は大混乱になり、窓から落とされる者もいる。
阿鼻叫喚の部屋になった。
まさに閻魔の地獄の様相だ。

逃げながら博士は思った。
(あのエンマの声、あの女、あいつだ、ヒミコだ、しかしここまでやるとは)
博士はロボットに窓まで引きずられていきながらつぶやいた。
「ヒミコ・・・人間、見た目じゃわからん・・・」
博士の人生は窓から放り出されて終わった。

人間の抵抗も始まり「話し合うべきだ」と叫ぶ者もいる。
「話し合おう」と叫びながら集団で歩いていた人間たちは、ロボット警官たちに黄色いガスを噴射されるとまとまってあの世に逝った。
ロボットには「話し合い」という概念すら無いことを知らなかった。

ビルの地下、工場の中、山の洞窟、海の中、どこへ逃げても襲ってくる。
人間の逃げ場は死体焼却の煙突の煙になるしかなくなった。
あらゆる場所で巨大な死体の山が出現している。
腐敗し溶けて土に還ると雑草がしこりやがて花が咲いていく。
「土は土に灰は灰に塵は塵に」
旧約聖書の世界が形を変えて出現している。
その死体の山の合間をくぐるように、焼かれないうちにとカラスやネズミが死体をくいまくっている。
怖いもので、そのうちカラス・ネズミのみか多くの野生生物が人間の味を覚えてしまった。
山中や僻地に隠れている人間を探し出して襲い始めたのだ。
もはやこの世の地獄だが、ロボットはひたすら処理にまい進中だ。
もうどれほど殺したのか、エンマでさえ知らない。
一人残してあとは絶滅だから数に意味は無いからだ。

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