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【短編】停滞した週末

超くだらない話をして、私の明日は超くだらないと確信した。道すがら、転がっているペットボトルには汚れが目立ついろはすのラベルが絡みつき、少々視線をあげれば、おそらくセブンイレブンから出てきた男の生脚が見えた。すね毛がぼーぼーだった。見たこともないのに、どこにでもあるような視界で、私は私で明日もくだらないのだなと思った。

帰ってみたら部屋は意外に整っていた。そうだ、私は今日1日を素敵な特別な日にしようと思って、若草色のワンピースを着て図書館に行き、哲学的、形而上学的課題に頭を悩ませ、そのままのテンションで映画館に行き、浅野いにおの映画(後編)を見たのだ。そこで、彼の描くセカイ系絶望のチープさとエモさにどっぷり浸かり、唯一無二な私の1日とスキップして帰ろうとしたら、新宿駅東口の広場でスマホが電マみたいに震え始めて、あれ、あぁ、とため息と共に小さく絶望する。

ねぇ、今から飲まない?

なんでこいつは週に2-3回飲んでいる仲だというのに、遠慮がちなメッセージを送ってくるのだろう。大抵行ったら、来たかったんジャーンと抱きついてきて、酔いが終盤になれば私が数千円多く出してお会計が終わるのだ。遠慮がちに最初だけ畏っている彼女は、生物学上の男であり、名前をトキと言った。

居酒屋に着くとトキは既に隣のおじさんと仲良くなっており、私はそのおじさんの後ろを通りながら見えてるか見えてないのか不確かなまま会釈をした。どうも。どうも。トキちゃんの友達?そうなのぉ、かわいくなぁい?彼女は私を生物学的、近代的女性として、性的対象範囲内じゃなぁい?って言っているのだ。

私はベロベロのトキを外に連れ出して、肩をかしてやり、そのまま引きずるようにして近くの公園まで運んだ。公園にはスーツ姿の太ったサラリーマンがおり、ベンチで横になってすやすや眠っていた。私はトキを、そのおじさんの手前に放り投げた。

ねぇ、あのさ、私のこと酔ったテンションでいじってくるのやめてくれない?たまに結構うざいんだけど。

今日に限って本音が出たから驚いた。自分で驚いて、すぐに彼女へ謝罪の言葉を述べようとしたけど、アルコールが多少入っているからか「大変申し訳ございませんが」「恐れ入りますが」の2つしか語彙が出てこなくて、こらそのまま言ったら煽ってるみたいだよなって止めてた。トキは寝転がったまま、私の方に顔を向けた。

なんでさぁ、チーム友達のremixあんなに出したんだろうねー。

もちろん、それはそうだ。九州remixのコメント欄が賛否両論だった事を私は思い出した。私はDADAのMVを見て泣いたクチだからあんまり悪口は言わないでいたが、トキは千葉のムーブに対して容赦なく懐疑的だった。

東海remix出た段階で結構お腹いっぱいだったんだよねー、正直。ナメダルマ出るなら興味本位で見ようかと思ったけど、なんか群れてる友達役の一部で終わってレア感なかったし、私はMaRIのバース聴いて、チーム友達ムーブメント終了!って勝手になってたんだー。

わかるぅ。

わかるぅ、って思ってしまったから、私は今日トキに負けたのだ。完璧な文化的休日は壊されてしまって、アルコールの勢いで低俗なサブカル論を語る公園での一幕で終わり。どうせアルコールの影響で明日の午前中は潰れて、午後は明日からまた労働なのかと考えただけで終わるのだ。今日は土曜日だ。土曜日はいつも過食になる。そして夜吐いて、日曜日は呆然として、月曜日は何も食べたくないくせに体調は悪くなって、会社から数分歩いた先のパルコのトイレで胃液だけ吐く羽目になる。

そんな週末を過ごし続けて、うんざりなの。私はさ、私が思うような休日を過ごしたいの。私が得られるものがたくさんある休日が欲しくて、それで色んなところに行って、それで色々観たり読んだりしてるのに。

そうトキに言ったことがある。トキはその時、急に男でも女でもない、この世のものじゃない感満載の表情になって、ちなみにやけに肌が白くて、私に顔を近づけて、

全部忘れようよ。

公園で寝そべるトキを見た。
きっと明日も明後日も、仕事の合間に蘇るのは、図書館や本屋で得た知識でもなく、映画館で得たエモ描写の構造的理解でもない。
この寝そべるトキの綺麗な笑顔なのだ。

私はずっとこの週末にたどり着くために仕事をしている。この週末のこの瞬間に落ち着くために5日間絶望しているのだ。
それでいいわけないのに、私にはそれ以外ないような気がした。

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