【ストーリーとしての競争戦略編15:人間の本性を見つめる】
今回のマガジンでは、一橋大学の楠木健教授の「ストーリーとしての競争戦略」について対話形式を使って解説していきます。本マガジンのこれまでの投稿は上記に入れています。
前回のザゴール2編マガジンで製造から事業管理部への兼務となり、思考プロセスでの問題解決をについて学んだ紫耀(ショウ)は、関連子会社の社長をしている健にたまたま会います。お互いたまた本社出張だったようです。そこで、よい戦略とは何かについて議論を開始します。そして、オンラインで、勉強会をしていくことになり、オンラインで毎日実施しています。これでで第3章まで学びました。今回は第4章「始まりはコンセプト」の3回目です。
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🧒:おはようございます。
👱🏼♂️:おはよう。今日は4章の後半に入っていく。
◆人間の本性を見つめる
👱🏼♂️;筋の良いコンセプトを構想するために大切なことの三つ目だ。そして、これが最も大切なことだと楠木さんは言っている。それは「コンセプトは人間の本性を捉えるものでなくてはならない」ということだ。
🧒;人間の本性?
👱🏼♂️;ああ、人間の本性とは、人はなぜ喜び、楽しみ、面白がり、嫌がり、悲しみ、怒るのか、何を欲し、何を避け、何を必要とし、何を必要としないのか、ということだ。
🧒;確かにアスクルの「久美子さんの救済」も人間の本性を捉えたコンセプトの好例ですよね。短い言葉の背後に、人間の本性をついていると思います。
👱🏼♂️:そう。生身の人間の気持ちや動きを捉えるものでなくてはならないんだ。
🧒:なるほど。そして人間の本性、それは文字どおり「本性」であるだけに、そう簡単には変わらないものということですね。
👱🏼♂️:もちろんビジネスを取り巻く市場環境や技術、好不況といった基礎条件は常に変化するんだけども、人間の本性というのは変わらないんだ。むしろ、肝心の人間の本性を置き去りにしてしまっては、空疎なコンセプトしか出てこない。
🧒;確かにインターネットが普及し始めた一九九〇年代の後半、これでビジネスのすべてが根こそぎ変わるというようなことが盛んに言われていましたね。でも10年経ってみると、結局残っていたのはアマゾンや楽天など人間の本性というか習慣をうまく使ったビジネスだけですもんね。
👱🏼♂️:そう人間の習慣・習性。それもいい表現だね。一つ例を挙げよう。ホットペッパーだ。『ホットペッパー』の「狭域情報誌」も人間の本性を直視したコンセプトの好例なんだ。毎日の買い物はどこでするのか。日常生活で必要とする情報やふだんの家族との会話に出てくる話題は身の回りのどのくらいの範囲なのか。マッサージ店や美容室やフィットネスクラブはどこまでなら行ってもよいか。私が自分を例にして考えてみても、せいぜい自宅の半径数キロの範囲だよな。いくら「情報化社会」(これ自体もはや古い言葉になりましたが)になっても、人々は半径数キロの範囲で情報を探し、ほとんどの日常的な消費を完結させている。これが人間の本性。
🧒;「生活圏」に限定した情報こそ日常生活の中で人々が本当に必要としている情報であり、そうした情報に特化したからこそ実際の消費につながる強力なメディアになることができるというわけですね。
👱🏼♂️;「狭域情報誌」は、読者やユーザーだけでなく、広を掲載するクライアントについても、人間の本性を見据えた、地に足が着いたコンセプトであるともいえる。
🧒;確かに『ホットペッパー』が創刊された当時は、インターネットの普及期の真っただ中でしたよね。
👱🏼♂️;従来のリクルートは、コストをかけて集めてきた情報を市販誌として発行し、情報を発信するクライアントからの掲載料だけでなく、書店で本を買ってもらうことによって情報の受け手からも収入を得ていたんだ。この「一粒で二度おいしい」ストーリーがリクルートの成長のカギってわけ。
🧒;なるほど、だけど、インターネットによって情報の無料化が急速に進んでしまいました。当時のネット業界では、多くの会社がユーザーを囲い込むために、ひたすらインフラやマーケティングの先行投資を続けていましたよね。人の集まる場所をネット上につくれば、いずれは課金できるようになるだろうという発想だった。人を集めるために、あらゆる情報が無料で提供されることになっていった時期だったのを覚えています。
👱🏼♂️;そう。これに対応して、ホットペッパーも読者に対しては無料の「フリーペーパー」という形をとっているんだ。ホットペッパーはインターネットではなく、意識的に紙媒体に限定してスタートした。これは広告を出すクライアントの本性を考えての選択なんだ。
🧒;クライアントの本性ですか。
👱🏼♂️;ホットペッパーのような生活情報誌が対象にしているクライアントは、街の飲食店や美容院といった個人経営の事業がほとんどなんだ。そうしたクライアントが期待している顧客は生活圏の中にいる人達だから、いくらインターネット広告が低コストでリーチが広いといっても、いきなりバーチャルの広告に掲載料を払う事業主はほとんどいないはず。リアルな紙媒体のメディアであれば、個人経営の事業主であっても掲載料を払ってくれる可能性が高まるんだ。ユーザーに対しては無料で配布するにしても、クライアントに課金できなければ事業にはならないってわけ。
🧒;確かに事実インターネットの波に追い付いてこれない小規模事業者が当時ほとんどで、彼らに対して何を訴求できるかと考えると、ただ先端を走るだけでなくて、紙媒体を使うというのは弱い部分というか本性をついていますよね。
👱🏼♂️;『ホットペッパー』の戦略ストーリーを構想した平尾さんは、「来るべきネット時代を見据えていた。だからこそそれに逆行してあえて紙でスタートした」と言っているんだ。まずはクライアントにきちんと課金できるストーリーをつくる。一方でこれまでにない「クーポン・マガジン」として、 『ホットペッパー』に目を通すことをユーザーの習慣したってわけ。
🧒:なるほど、紙媒体での地道な努力を続け、ホットペッパーのブランド化に成功した後、来るべきときに蓄積したクライアント情報と囲い込んだユーザーをウェブに転嫁すると。それが意図したストーリーなのですね。要するに、紙からインターネットに行く道筋が当初からストーリーに織り込まれていたわけですね。
👱🏼♂️;インターネットは技術としては確かに革命的だった。しかし、「IT革命」という言葉が独り歩きしてしまうと、これまでのすべてが非連続的に変わる、変わらなければならないという議論に飛躍しがち。今も昔もビジネスはしょせん人間が人間に対してやっていることで、人間の本性はそう簡単には変わらない。
🧒;何を喜び、面白がり、嫌がり、悲しむかは、江戸時代、いやもっと前からほとんど変わっていないですよね。たぶん。
👱🏼♂️;当時のITブームに相当するような華々しく見える事業機会は、今でいえば、環境技術やシルバーマーケットというところだろう。しかし、このような「追い風」は外部要因にすぎないわけ。環境技術やシルバーマーケットに目をつけても、それが自動的にユニークなコンセプトを約束するわけではない。
🧒;要注意ですね・・。
◆人間の本性は変わらない
👱🏼♂️;これまで繰り返し強調してきたように、戦略ストーリーは「長い話」でなくてはならない。ひとたびストーリーを固めれば、できたら向こう10年、一五年くらい、同じストーリーで長期利益を獲得できるというのが理想なんだ。
🧒;ストーリーは時流に合わせてころころ変えるものではないということですね。それも大事ですね。
👱🏼♂️;ストーリーの寿命は、外的な機会が機会として存続する期間よりも、ずっと長くなければいけないんだ。できるだけ賞味期間の長いストーリーをつくるためにも、人間の変わらない本性を捉えたコンセプトが大切になってくる。
🧒;事業を取り巻く環境や機会は常に変化しますからね。
👱🏼♂️;少し古いが話だがアスクルは、オフィス用品の通販でつくり上げたストーリーを医療業界(二〇〇四年)や飲食業界(二〇〇五年)に横展開することによって成長を持続していた。これは前の章で話しした、ストーリーの拡張性を「繰り返し」に見出すことによって「話を長く」するという取組みなんだ。
🧒:他業界への横展開にしても、その根本にはアスクルの当初からのコンセプトが普遍的な人間の本性を捉えていたということですかね。
👱🏼♂️:そう。お医者さんや看護師さんは昼夜を問わず、忙しく働いている。カテーテルや包帯などの医療機器、医療用品の発注は、厳しい時間的な制約の中で、仕事の合間に行われることがほとんどだ。要するに前に話しした小規模事業所の「久美子さん(事務担当者)」と同じような困りごとが病院にも鬱積していたわけ。アスクルのコンセプトからすると、医療業界への進出は既存の戦略ストーリーのきわめて自然な延長上なんだよ。
🧒;飲食業界向けの通販事業でも、アスクルは業務用の洗剤や包丁、食器といった幅広いアイテムを扱っていますよね。ここでも同じということですね。
👱🏼♂️;アスクルであれば少量でもいつでもすぐに届けてくれるため、限られたスペースの有効利用という点でもアスクルの価値は明らかってわけ。人間の本性を見つめる。それは「マーケティング調査をして顧客のニーズを知りましょう」という話とはまるで異るんだよ。
🧒;顧客のことを知悉しなければコンセプトは生まれませんが、だからといって顧客の声をいくら聞いても、人間の本性を捉えたコンセプトにはならないというわけですね。顧客はそもそも「消費すること」「買うこと」にしか責任がないからですね。責任のない人に過剰な期待を寄せるのは禁物ですよね。
👱🏼♂️;そう。「空飛ぶバス」のようなコンセプトは、顧客の声を聞いた結果として出てきたものではないからな。「スーパーマリオブラザーズ」など、任天堂の数々のゲームソフトのヒット作の開発をリードした宮本茂さんは、ゲームのコンセプトをつくるときにユーザーやユーザーに近いところにいる営業部門からのフィードバックを聞いてはいけないと言っているくらいだ。
🧒;なるほど。。。面白いとはどういうことか、そのゲームはなぜ面白いのか、ここをきちんと詰めたコンセプトがなければゲーム開発は始まらないですもんね。そして、その答えは結局、課題に直面しているの人の頭の中にしかない。納得のいくコンセプトなり「お題」が決まれば、あとはそれを粛々と形にするだけというわけですね。
👱🏼♂️;それをいっちゃーおしめーよ、かもしれないが要するにコンセプトは、自分の頭で深くじっくりと考えるしかないんだよ。どんなに投資をしても、自分の頭を使わなければコンセプトは構想できない。流行の画期的な技術やそのときに華々しく成長している市場セグメント 、今そこにいる顧客の声、こうした「外部の事情」に惑わされちゃいけない。宮本さんは、本社が京都にあることの意味について、
「東京のように情報があふれていると、それに振り回されてしまって、かえって面白いゲームのコンセプトが出なくなるような気がする。京都ぐらい中心から離れているところでちょうどよいのではないか」
と語っているんだ。
🧒:人間の本性を捉えた骨太のコンセプトをつくるためには、その製品やサービスを本当に必要とするのは誰か、どのように利用し、なぜ喜び、なぜ満足を感じるのか、こうした顧客価値の細部についてのリアリティを突き詰めることが何よりも大切なのですね。
👱🏼♂️:繰り返し話ししてきたように、特に大切なのは「なぜ」についてのリアリティなんだよ。グーグルで広範な情報を検索し、引っかかった情報をいくら深掘りしたところで、顧客価値についてのリアリティのある「なぜ」を手に入れることはできない。それで、一番リアリティのある「なぜ」は自分自身の生活や仕事の中にあるはずなんだよ。
🧒:確かに、自分自身ほどリアリティを持って理解できる「顧客」は他にはいませんね。サービスを消費する状況を思い浮かべると。なぜそれにお金を払うのか、なぜ自分がそれに価値を感じるのか、振り返ればきわめてリアリティに満ちた「なぜ」が自然と思い当たる気がします。
👱🏼♂️;そう。そうしたちょっとした引っかかりをやり過ごさず、その背後にある「なぜ」を考えることを習慣にする。回り道のように見えて、これがコンセプトを構想するための最上にして最短の道だというのが楠木先生の意見なんだ。
🧒;そう考えると、この章のメッセージはシンプルですね。
‐筋の良いストーリーをつくるためには、起点としてのコンセプトが何よりも大切になる。
‐「終わりよければすべてよし」は戦略ストーリーには当てはまらない
‐起点が空疎であれば、それに続けてどんな打ち手を繰り出したとしても、強くて太くて長いお話はできない
‐すべての始まりはコンセプト。
ということですね。
👱🏼♂️;その通り。これで4章は終わりだ。次の章では、戦略ストーリーの五つのCの残された一つ、「クリティカル・コア」 (critical core)について話をしていく。
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今回はここまでです。表面的な情報に踊らされず人間の本性を見ることを習慣化し、そしてコンセプト(起点)を作っていくという思考方法の重要性について解説しました。
今回で4章は終了です。次回、第5章に入っていきます。後半に入ってきました。長い道のりですが、お付き合いいただければ幸いです。
*下記で、noteのコンセプトと、このマガジンとは別のものづくりに関連するマネジメント理論・書籍のリンクを記載しています。もしご興味あれば、覗いていただければ幸いです。
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