木に触れたことのない子どもたちに漆の積み木を。
2023年のある日、NICU(新生児特定集中治療室)に木のオーナメントが飾り付けられました。
一才の誕生日をお祝いするためです。このオーナメントは漆塗りでした。漆塗りでなくてはいけない、理由があったのです。
今までいろんなものに漆を塗ってきましたが、Instagramなどでよく見かける記念日を祝うためのオーナメントに塗ったのは初めてのこと。
これを塗るきっかけをくれたのは、熱い想いをもつNICUの看護師さんです。
今海外でも注目されている「ファミリーセンタードケア」という、”かぞくの想いを尊重する医療”の考え方があります。大切な想いが詰まった出来事でした。
過去を思い出すきっかけをくれた一通のメッセージ
1990年4月23日。33年前、母は「前置胎盤」(ぜんちたいばん)という症状で、母子共に危険な状態で僕を出産しました。
今は医療も進み、妊婦の"大量出血"の危険があるこの症状も、当時よりリスクも比較的少なく出産に望めるようですが、30年以上前の母は心身ともに大変な出産だったようです。
「母子共に助からないかもしれない」
小さい頃、僕が産まれるときにそう告げられことを、母方のばあちゃんから聞かされました。
小学校2年生のとき、担任の先生(鎌足先生)にその話をし、その場で泣いておられたときは、子どもながらに「命懸けの出産」を肌で感じたのを覚えています。
実はこのブログを書いているときは、僕自身も出産時にNICUにお世話になっていたことは知りませんでした。母がこの記事を読み、電話でそのことを知らされました。
小児科の先生が立ち会ってくださり、いつ何時何があってもいいように待機してくださっていたこと。
通常の出産ではあり得ない輸血の準備などもしていただいていたそうです。
そんな過去もあって、今家業を通して、その最前線の現場で働かれている方と繋がらせていただいているのは、ありがたいご縁を感じます。
6年前。妻と結婚して3年を迎えようとしていた頃、第一子を授かることができました。
日に日に大きくなるお腹。女性は”十月十日”(約10ヶ月間)お腹の中で赤ちゃんを育てるので、少しずつ大きくなるお腹と共に、心も母になる準備を整えていきます。
父になる僕はというと、体に変化がない分、世間ではよく「お父さんになる心の準備が難しい」と言われているのもよくわかりました。
ただただ奥さんの大きくなるお腹を見ながら、実感が持てずに10ヶ月を過ごすお父さんも多いと聞きます。
そこで、数週に一度の検診には、一緒についていって胎動を一緒に聞いて、先生の言葉一つ一つをかみしめながら少しずつ父になる準備をしていました。
検診に一緒についていくのには、父になる準備と、もう一つの理由がありました。
それは、なかなか子どもが授かれなかった期間もあったことと、不妊治療、流産などを経験していたこともあって、喜びや不安を夫婦で共有しようと思ってのことでした。
早産
「切迫早産の危険があります。すぐに入院した方がいい。」
27週目。突然の医師からの報告に戸惑いながらの入院でした。
ばあちゃんに聞いた当時のことが思い出され、通常ならすでに安定期に入っている時期で安心していた中での出来事でした。
妻千裕は昔から子どもが大好きで、専門学校を卒業後、保育士をしながら母になることを夢見て長浜に嫁いできました。
ヌーの活動が忙しくなったのを機に、保育士を辞めて家業に入ると、当時感じていた「食育」の重要性、そして「子どもや親にとってのオモチャの大切さ」など、母になった今だからこそ伝えたいと
2023年12月よりtsumiki salon KINDI (キンディ)として活動を始めました。
#この話はまた別の記事で。
突然の入院
入院期間は長男が産まれるまでの約3ヶ月ほど。
切迫早産は、通常の産道の長さより短くなってくることで、産道の長さを測りながら様子をみます。
短ければ短いほど、早く産まれてしまう状態を意味します。
トイレ以外は"絶対安静"
常に点滴を打ってベットに横になるのが必須条件です。
当時、看護師さんや先生たちは、毎回不安そうに尋ねる僕の質問に丁寧に一つずつ答えてくださり、その言葉ひとつひとつが僕たちの心の支えになっていました。
今回これらの過去を思い出すきっかけになったのも、1通のメッセージが始まりです。
NICU 小さな命を守る最前線の現場
人生で最も命の危険があるのは「産まれるとき」だと言われています。
現在日本では5分間に1人の割合で、蘇生を必要とする赤ちゃんが産まれています。
NICUは「新生児特定集中治療室」の略で、予定より早く産まれた赤ちゃん「早産児」や、体重が小さく産まれた赤ちゃん「低出産体重児」、また何らかの疾患のある赤ちゃんを集中的に治療管理する治療室のことです。
通常赤ちゃんは約3000gで産まれてくるのが適正な体重ですが、2000g、または1000g以下で産まれてきた赤ちゃんを、あらゆる治療でサポートしていきます。
石田渉さんもこの機関の看護師さんです。
赤ちゃんがNICUに入院することは、誰も予想できないそうです。
病気を持って産まれてくることがわかっている赤ちゃんもいますが、産まれて初めて悪いことがわかり搬送される子どもたちも多いのが現状
高度な医療を提供するために、赤ちゃんとかぞくは長い時間離れて過ごすのが一般的だそうです。
「ファミリーセンタードケア」
でも、最近では「NICUに入院していてもかぞくといっしょに過ごしたい」という想いに寄り添いながら実現する試みがあります。
それが、「ファミリーセンタードケア」と言う概念。
「かぞく(ファミリー)が」+「中心となって(センタード)」+「医療を受ける(ケア)」、まさに"医療の中心にかぞくの存在が感じられる"新生児医療の試みです。
NICUに入院する子どもたちは、免疫も弱くいつ症状が変化するかわからない状況の子たちが多くいます。
通常、感染症予防でかぞくの面会時間も限られていて、抱っこやオムツを替えるにもどのタイミングで行っていいのかわからない場合もあり、お医者さんへの確認がいります。
でも「ファミリーセンタードケア」の考え方は違います。
赤ちゃんのケアに関わるチームメンバーとして「かぞく」を捉え、みんなで一緒に治療方針を決めることを重要視します。
24時間赤ちゃんと触れ合えて、赤ちゃんの些細な変化も家族と一緒に経過を見ていくのがファミリーセンタードケアの考え方です。
オーナメントの漆塗り
今回石田さんからの「お願い」というのが、"赤ちゃんをお祝いするためのオーナメントの漆塗りを手伝ってほしい"というもの
全ての備品を「抗菌消毒」しないといけないNICUにとって、木の備品を持ち込むのはNGとされています。抗菌消毒処理ができないためです。
そこで漆を塗ることで、木の質感は失われず、抗菌性が高く、消毒洗浄も可能な備品に生まれ変わるわけです。
今回この石田さんの想いに心打たれ、全面的に協力させていただくことにしました。もちろん、こちらから無償でやらせてほしいとお願いしてのことです。
3ヶ月ほどかけて、お預かりしたオーナメントに漆を塗らせていただきました。
写真のお子さんは、1歳の誕生日をご両親とNICUスタッフに祝われながら迎えられたとのことで、ご両親も大変喜んでくださいました。
今回のことは、ご両親がお子さんの誕生日をどういう風にお祝いしたいか、どんな写真を撮ってあげたいかというお気持ちを石田さんたちに伝えられたことで実現しました。まさにファミリーセンタードケアの双方の想いにより実現した記念日の写真です。
写真のお子さんをはじめ、NICUにいる子たちは医療機器に囲まれているためたくさんの制限があります。個室に移動することさえリスクをはらんでいる子たちもたくさんいます。
石田さんは、「医療現場における家族の意思決定支援、尊重と敬意だと思います。」
「その中で医療者も協力して、出来得る限りのお祝いをしてあげられたことが今回何よりも嬉しいことでした。」とおっしゃいます。
そして、その後こんなメッセージをいただきました。
NICUの子どもたちは、おもちゃも木や布製のものはNG。
その子どもの発育に合わせて保育士や理学療法士、医師と相談の元、ご両親がおもちゃを準備します。そして、区切られたその子だけの空間で遊ぶのが基本です。
漆塗りの積み木は衛生処理の面もクリアしていて、木に触れたことのない子どもたちが木のおもちゃに触れる機会になり、感性の発育にも繋がります。
積み木は積むだけじゃなく、握ったり、歯固めのように舐めたりするだけでも、五感を刺激して発育に良い影響を与えます。
医療以外の感性の発育などに、漆のおもちゃが役立つのではないかと考えています。
もう少し大きくなれば、親子で一緒に遊ぶことで、コミュニケーションの一つにもなります。
「漆の積み木を病院のこどもたちへ。」
石田さんの想いが、僕たちの新たな目標の一つにもなりました。
NICUだけでなく、小児科に入院する子どもたちにも漆の積み木に触れる機会を増やせるようにできたらと思います。
今回お写真をご提供いただいたご家族は、「月齢と実際の発育に違いがあり、今後この子が暮らしにくい思いをすることも心配。こういった機会に、早産児や低出産体重児の存在がもっと知られるようになり、理解が進むことを願っています。」とおっしゃっていたそうです。
引き続きtumiki salon KINDIとGNU urushi craftでは、介護や医療の分野でも漆や積み木がちからになれるよう活動を続けていきます。
GNU urushi craft / 中川喜裕
GNU urushi craftは、「漆文化を広めよう」を合言葉に、様々な”漆の新たな可能性”を探り、5代目塗師中川喜裕が”ヌーの群れ”と共に、漆文化を広める挑戦を続けるプロジェクトであり、コミュニティーであり、アウトドアブランド。
tsumiki salon KINDI / ちひろ
「子育ては幸せなもの」という、自身の出産後に感じた辛い経験を経て積み木に救われた感動を伝えたいと2023年12月活動を開始。
保育士であり二児の母であるCHIHIROが、おもちゃコーディネーターの知識をもとに、積み木の魅力を発信。
「子ども漆器」の開発も手がける。
募集後即完売の積み木サロンも不定期開催。
石田 渉
NICU 新生児特定集中治療室 看護師
救命救急士をしていた父の影響で、幼少期から誰かのために仕事をしたいと考えるように。少年時代に、男性看護師との出会いをきっかけに看護師を目指す。
漆塗りのオーナメントをきっかけに、病院の特殊な環境にいる子どもたちに、本物に触れ合える機会を提供できる可能性を見つける。
夢は「漆の積み木を病院の子どもたちへ。」
画像引用
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?