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パン職人の修造110 江川と修造シリーズ リーブロプレオープン



藤岡はベンチに座って優雅にお茶している鴨似田夫人の前に連れてこられた。


「藤岡さん、こんにちは」


藤岡は何も言わずにその場に立っていたので修造が説得した。

「奥さん、あの後反省してたってメリットストーンの有田さんに聞きましたけど」

「はいその節はすみませんでした」

「じゃあなんで」


「お渡しして」鴨似田はお付きの男に合図した。

「こちらどうぞ」

藤岡は箱を持たされた。

「これは?」

「はい、それで洗うとどんな足の匂いもスッキリ爽快になる石鹸ですの。フランスから取り寄せました、足りなくなったらまたおっしゃって下さい」

その瞬間藤岡が修造を睨みつけた。

以前藤岡に入れ込んだ鴨似田夫人の熱を下げる為に「藤岡は足が臭いし性格も悪い」と吹き込んだことをまた蒸し返えされたのだ。

折角収まった怒りがまた込み上げてくる「クッ」


立場無く修造が「あれは違うんです、あれは俺がその場しのぎで口から出まかせを」

「あら、そうなんですの。私てっきり悩んでらっしゃるのかと思いましたわ」


「それなら心配ありません。足も臭くないし性格は凄くいい方です」誤解されたままだと気の毒なので由梨が突然割って入った。


「この方はどなたですの?」


「俺の」


俺の?みんなが藤岡を見た。


とその時





「修造さーん」


立花が店の中から呼んでいる。

「どうしたの立花さん」

「エスプレッソマシンが調子が悪いそうです」

「すぐいくよ」

そう言って鴨似田夫人に頭を下げて「すみませんちょっと見てきます」と言って走って行った。



由梨は『俺の』の続きが気になって振り返って藤岡を見た。


「え」


さっきまで立っていた藤岡は急にベンチに座り込んで店の方を見ていた。

そして少し下を見たまま黙り込んだ。


鴨似田夫人達は違和感を感じたが由梨にそんなに興味がなかったのか「それではこれで」と言って駐車場に向かった。



「由梨ちゃん」風花が話しかけてきた。

「はい」

「龍樹がそろそろ帰ろうって」

その言葉に促されて4人で歩き出したが藤岡は考え事をしてるのか心ここにあらずでただ歩いてるだけになってしまっている。


さっきまでの藤岡とはまるで別人だ、それはあのお店から顔を出した女の人を見た時から?

「立花さんって言いましたね」由梨は試しに名前を言ってみた。


関係ないなら無反応、もし的を得てたら藤岡がずっと探していた女性だ。


「うん」


「そうなんですね」


帰りの電車で由梨は杉本と風花に、藤岡は調子が悪いのだと言って座らせた。


あの人が



とうとう見つけたんだわ。



こんなに心を支配されるぐらいの存在なんだわ。



由梨は吊り革につかまって藤岡を見ていた。



ーーーー



エスプレッソマシンは故障とかではなく、挽きが細かすぎて抽出が遅いせいだった。

全員がまだ慣れていないので仕方ないが原因がわかればなんの事はない。

「粉を挽く荒さを調整する事で解決だな」ほっとして外に出るとみんな帰っていていない。

「もう夕方だもんな」

そう言って帰路に着く招待客に丁寧に挨拶していった。



「修造シェフ」駐車場から呼ぶ声がする.

「はーい?」

「車の鍵が見当たらないんですの」
パン好きビクトリィの会長横田元子が車の周辺をキョロキョロ探している。

「鞄の中では?」

「違うようです」

見ると鞄の中身がぶちまけられている。

「俺、店の中を見てきます。」

「すみませんシェフ」

修造は誰かがキーを蹴っとばしたりしてないかと這いつくばって探した。

「店の中じゃないのかなぁ」

一応皆んなが片付け中の工房も見てみる「ないなあ、車の鍵知らない?」

「見ませんでした」「見ませんでした」と皆んなに言われる。

じゃあ外か、、、

「横田さん、見つかりましたか?」

「まだなんです」

「何れかのテーブルに座られましたか?」

「はいそこのテーブルに」

ひょっとしたらこの近くの芝の中か?

手の平で丁寧に探してるうちに腰が痛くなってくる「イタタ」

「すみませんシェフ。こんな時にお願いが」

「なんでしょう」

「今度シェフの独占インタビューをさせて頂けませんか?」

「はい、良いですよ。喜んで」と言ったが自分の事を話すのは苦手だ。

その後なんだか気が重くなって何も話さなくなっていく。


黙ったまま探す範囲を拡大する。


江川が来た「ねえ、何やってるんですか?」

「横田さんが車の鍵を無くされたんだ」

「僕も探します」

江川は何故か横田の近くで探し出す。

「横田さんって凄い超有名人ですよね」

「いえいえ大した事ないですよ」

「いつもテレビ出てますよね、僕休みの日はお昼の番組のパン屋紹介のコーナーチェックしています」

「私のコーナーね」

「そうそう」

「長い事コーナーを維持するのって大変なのよ。でもこうして良いお店ができて自分の紹介したものを観て色んなお客さんが来てくれるとパン屋さんの為になるしパンを買った色んな人が喜んでくれるの」

「あ、それパン粉ちゃんも言ってました」

「パン粉ちゃんと仲良しなのね」

「はい!とっても」

「そう、今度ここの紹介をする時にパン粉ちゃんをゲストで呼べるか聞いてあげる」

「え!ほんと?パン粉ちゃーん」


江川が店に向かってパン粉を呼ぶと、パン粉がパンの袋を持って出てきた。

「江川職人!これ誰か忘れて帰ったよ」

持って走ってる途中、ガサガサとパンの袋の下の方で重いものが入っている「何これ?」袋から取り出したのは車の鍵だった。

「あ!」

「それ」

「私のパン!」

「見つかった〜」と3人が叫んだ。





もう薄暗い駐車場、車の中から横田と送ってもらえる事になったパン粉が「じゃあまた」と挨拶した。

「シェフ、本当にすみませんでした。近いうちにインタビューにきますね」と横田が何度も頭を下げた。

「どうも」

「またね」

と2人も見送った。



ーーーー



やっと片付いて職人たちはみんな帰った。

大地はベビーカーの中でぐっすり寝ていてその横で緑は絵を描いていた。

小さな緑にとって新しい店はまるでお城の様だった。

素敵

お父さんは王様みたい

じゃあお母さんはお妃様で

ってことは私はお姫様ね。

少々厚かましいが夢見る少女はこの建物が大のお気に入りだった。



その光景を見ながら愛妻の律子が「修造お疲れ様、今日大変だったわね」と労った。

「律子も疲れただろ?」昼間外れた棚を修理しながら愛妻に返事した。

「平気よ子供達と遊んでただけだったし」

あの女優も帰っちゃったし、何事もなくて良かったわ。

律子はホッとしていた。

「さあ、私達も帰りましょうか」

「うん」





もうすぐ本当のオープンだ

そして修造は今日のバタバタなんて大した事なかった。





そう思う日が来る。







おわり

次回トゲトゲした空間111話〜
修造がボロ雑巾になる日は近い?
藤岡君のお話の続きはその後のになります。
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