パン職人の修造109 江川と修造シリーズ リーブロプレオープン
藤岡達パンロンドのメンバー4人がパンを選んでいると修造がやって来た。
「修造さん、素晴らしいお店ですね、いいパンが並んでる」
「今日、パンの発酵の事で喧嘩が起こったり欠員があったりで江川にも忙しい思いをさせたけど頑張ってくれたおかげで助かったよ」
「発酵の事で喧嘩するなんてあるんですね」
「なまじっか経験者が多いから自分の意見を通そうとするんだろう、その内ここのやり方がお互いに定着するんだろな」
「もうすぐオープンですものね、力を合わせて頑張って貰わないと」
「俺も気を配るよ。帰った方も明日来るってさ、当分は日をずらして別々に教えていくよ」
ーーーー
昼すぎ
いい天気で時々爽やかな風が吹き抜ける。
藤岡達はそれぞれ選んだパンとコーヒーを外のテーブルに持っていって食べていた。
「美味しい~このクロワッサンパリパリだあ~」
「このタルテイーヌも最高!」
「俺さっき江川さんにゼリー寄せのパン作って貰った」
「あ、龍樹!半分こして、それ食べてみたかったやつ」
「オッケー風花」
仲良くパンを分けっこする杉本と風花の向かいに座って、隣の藤岡に聞いた。
「あの」
「何、由梨」
「さっきの発酵の事で喧嘩が起こったってどういう意味でしょうか」
「そうだな、パンを焼くのにも範囲があるんだ」
「範囲」
「そう、成形が終わってホイロに入れた時の状態から過発酵までの間で丁度いいところで焼く、その範囲の事だよ」
由梨はそう話す藤岡の顔をじっと見ていた。
「例えば菓子パンなんかは焼く前にパンの端を少し押してみると、丁度いい時は指の跡が少し残るんだ。まだだとすぐ戻るし、行き過ぎてると潰れたままになる。食パンなんかは型の8割まで発酵させて窯に入れるんだけど早過ぎると角が丸くなり過ぎるし過発酵だと上がり過ぎてケービング(腰折れ)してしまう」
「そんな事で喧嘩に」
「ま、多分『範囲』の基準が違ってお互い許せ無かったんだろうな。凄く微妙な事と思うけど」
「はい」
「今度焼くときに実際に見せてあげるよ、慣れてくると見たら分かる様になるから」
「はい!」由梨はにっこり笑った。
それを見ていた風花が「ちょっとちょっと龍樹」とパンを頬張っている杉本を引っ張ってこっそり言った。
「あ?何?風花」
「あっち行こうよ」
「え?なんでよ」
「だって由梨ちゃん達いい雰囲気じゃない?」
「そうかなあ」
その時丁度近づいてくる風花達を見つけて店の中から修造が手を振りかけた。
「あ」
その後ろの駐車場から歩いてくる3人に気がつき「鴨似田フードの奥さん!」と小声で言った。
以前藤岡のイケメンぶりに惚れ込んで連れ去ろうとした人だ。
鴨似田夫人はいつものお付きの2人を従えてこちらに向かって歩いてくる!
少々破天荒な人なんだ
改心したとはいえ会えばどうなるかわからない!
修造は自分に視線が来るように「鴨似田の奥さーん」と手を振りながら走っていった。
「あら、修造さん。先日は本当にご迷惑をおかけ致しました」
「いえ、あのう、開店に先駆けてご協力ありがとうございました。本当に感謝しています。さあ店内へどうぞ」とお店に案内してから藤岡に隠れろと合図した。
藤岡もそれに気がついて咄嗟に建物の裏手に隠れた。
「修造さん、今日はあの方はいらっしゃいませんの?」
「はい、いませんいません全然いません」修造は手を左右にプルプル振った。居てると言ってるようなものだ。
「お渡ししたい物があったんですのに」
「旦那さんに叱られますよ」
「大丈夫と思いますわ」
自由すぎる鴨似田夫人は例の手下2人に周辺を探させた。どちらにせよもうすでに招待客がSNSに載せていたプレオープンの挨拶に藤岡が写り込んでいたか調べてあるのだ。
裏手に回って隠れていた藤岡とそれについて来た由梨は足音に気がついた。
「藤岡さん、こっちです」そう言って掃除用具の入った小さな物置に入った。
由梨が戸の隙間から覗くと男2人が素早く通って行った。
「何故探すのでしょう?」
「以前俺のことを気に入って攫おうとしたのはあの人だよ」
「あの人が」
すると藤岡が由梨の腕を掴んできた。
えっ?藤岡さん?
ひょっとして
献身的に過ごしてきた由梨の思いがついに通じたのか?
ドキッとして由梨は振り向いた。
「怖い、無理」
「え」
藤岡は暗いのが怖くて震えている。
飛び出したい気持ちを抑えて必死の藤岡を見て由梨はキュンとした。
可愛い
「昼間だし怖くないですよ」そう言って両手を握った。
「ゆっくり息を吸って、吐いて」
藤岡は子供のように言われた通り息をゆっくり吸って吐いた。
「由梨」
少し落ち着いてきた、そう言おうと思った時扉が開いた。
「見つけましたよ、藤岡さん」
つづく
パン職人の修造 江川と修造シリーズ マガジン1〜55話はこちら
パン職人の修造 江川と修造シリーズ マガジン56〜100話はこちら
鴨似田夫人の出てくるお話はこちら75〜78話
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