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太陽のリズムと共に過ごした日々(2014年5月、マラウイ🇲🇼ケープマクレアにて)

アフリカには54もの国があり、一般的に日本人がイメージするそれよりも、何倍も多様性がある。それはアフリカに何カ国か行ったことのある人には、当たり前のことなのだが、行ったことのない人からすると、やはりサファリ、マサイ族、ハクナ・マタータ、この辺りがイメージとして先行している。それらは全てケニアやタンザニアのものだ。ケニア、タンザニア、エチオピア、これらの国のことはなんとなく分かる人も多いだろうが、マラウイという国の名前を聞いたことがある人は少ないだろう。今日はこのマラウイという国について書く。


マラウイという国

マラウイはタンザニアのすぐ南、モザンビークというインド洋に面した国の西側にある小さな内陸国だ。国土の東側にはマラウイ湖という大きな湖があり、国はこの湖に沿う様に、南北にいびつな形をしている。内陸国だが、湖から魚が取れるため、魚が食べられる国だ。一番有名なアフリカ北東部のエチオピアやケニアの人々は、スタイリッシュで体つきもすらっとしている人が多い一方、マラウイ人は体格が良く、顔つきもどこかゴツゴツしていて(顔のパーツ一つ一つがでかい)、最初の印象はちょっと怖い。アフリカを北から南に南下する様に旅していると、アフリカ人とは外見すらも一様には言えないなーと感じる。


首都リロングウェ

空路でエチオピアのアディスアベバから、マラウイの首都リロングウェに到着。マラウイの第一印象は、「とても空が広い」ということ。首都とは言え大きな建物がない為視界が開けていて、そこに浮かぶ雲がやたら大きく見えた。アフリカらしいといえばアフリカらしいムードだ。

21世紀も約20年が経ち、「アフリカ=貧困」という既成のイメージがどんどん払拭されていく中、マラウイはまだまだ国が豊かとは言えず、日本からもJICAが、JOCV(青年海外協力隊)を多数派遣している地域でもある。リロングウェの空港で入国審査を受けた時に、イミグレーションのオフィサーから「おお!日本からきたのか。いつも支援をありがとう!」と言われたのも印象的だった。日本人はあまりマラウイのことを知らないが、マラウイでは日本の存在は大きい様だ。

早朝と夕方〜夜間はマラリアの脅威がある為、どこの宿にもモスキートネットがあり、滞在中はこれに包まる様にして寝る。対マラリア用の薬として、メフロキンやドキシサイクリンなどの服用が推奨されるが、要は蚊に刺されなければ良いのだ。

リロングウェは首都とは言え、そこまで発展しているとは言い難いが、市の中心にあるShopriteというスーパーは、日本のそれと比べても遜色がないぐらい綺麗できちっとしている。このスーパーは南アフリカ資本で、アフリカ大陸の南部を中心に数店舗点在している。全ての製品のクオリティが同じ規格で担保されているので、安心して買い物ができ、旅行者にとってもありがたい存在だ。

マラウイはしばしばThe Warm Heart of Africa(アフリカの温かい心)と呼ばれ、ゆったりとした心持ちで旅行客をもてなすため、外国人からの評判は概ね良い。私が出会ったマラウイ人は、どこか肩の力が抜けた様な話し方をしてくる人が多く、緊張感はまるでなかった。人と人とも距離が近く、どこか昔の日本の様にも思えた。概して、マラウイは全体的に田舎っぽさがあった。

マラウイにやってきた旅行者が、決まって訪れるのはマラウイ湖畔の村だ。今回は、首都のリロングウェから距離にして200kmぐらいの所にある、ケープマクレアという村を目指した。バスで走れば3-4時間で着きそうな距離だが、マイペースなマラウイ?では、8時間以上掛かって到着した。「アフリカの温かい心」はなんともゆったりしている。


ケープマクレアでの日々

ケープマクレアに着いたのは夕方の18時頃だった。リロングウェからのバスは手前のモンキーベイと呼ばれる街に着き、モンキーベイからは10人乗りのバンに45人乗ってさらに走った。アフリカの田舎では、とにかくスペースがあれば乗せるので、人の膝の上、肩の上、通路であろうと御構い無しだ。到着したケープマクレアの村には、街灯が殆どなかった。唯一村を照らすのは、マラウイ湖に沈む夕陽だけで、これが格別に美しかった。

日が暮れてからのケープマクレアは、とても静かだった。湖の穏やかな波の音が聞こえるだけで、辺りはとても穏やかな空気だった。湖畔にはゲストハウスがいくつかあり、近づくと何人かの旅行者が静かにお酒を飲んでいて、ガヤガヤしていなく、とても居心地が良かった。

とは言え、街灯がないとする事もなくなり、早めに寝る準備をして、夜9時頃にはベッドに潜り込んだ。移動の疲れもあって、とてもよく眠れた。

ケープマクレアの贅沢は、目覚ましを掛けなくて良いということだ。朝方になると、街全体が太陽の光で穏やかに明るくなり、そのお陰で気持ちよく目が覚める。前日も日が沈んだら寝るような具合だったので、たっぷり寝れた感じもあり、朝からとても良い気分だ。

昨日は気づかなかったがケープマクレアには、大きなバオバブの木が生えていた。太くてずんぐりむっくりした幹が特徴的だ。

この村には偽物McDonaldもある。メニューはポテトと玉ねぎを切ったよく分からないもの、の二択だ。

湖畔を歩いてみると、村の人はこの湖で身体を洗ったり、食器を洗ったり、魚釣りをしたり、自由にして過ごしている。皆が同じように湖の恩恵を享受している。なんとも平和な光景だった。子供達は、鍋に掬い取られた小魚を、じっと黙って不思議そうに見つめている。この村に生活する子供たちにとって、自然や生き物はとても身近で、それらから学ぶ事はたくさんありそうだ。

なんともゆったりとした時間が流れていた。
日本という忙しない国から来た自分にとって、彼らの暮らしぶりは、ある種、理想的なものだった

少年が釣った魚を見せてくれた。

浜辺でぼーっとしていると、湖畔で遊んでいた子供たちが「happy birthday!!」と声を掛けてくれた(誕生日ではなかったが)

この村で生きている猫はさぞ幸せそうだった。

ケープマクレアのサンセットは連日美しかった。これを見るだけでここに来た甲斐がある。

2日目に真っ暗になった湖畔を歩いていると、何かを叩く様なリズミカルな音が聞こえてきた。音のする方へ歩いて行ってみると、10歳前後の子供たちが、空の容器や缶をどこかから持ち寄り、硬めの木の棒をスティックにして、ドラムの様にして叩いていた。彼らなりのバンド活動なのだろう。


マラウイという国を訪れるまで、この国に何の印象もなかったが、実際に訪れてみると、とても気に入った国の一つになった。多分、旅に求める情景や環境がマラウイには溢れていたからだと思う。それは日本人が失ってしまった、シンプルな生活だ。かつての日本もきっとケープマクレアの様に、自然と密接な生活があちこちで営まれていたのだろう。マラウイでの滞在は、日本の原風景に触れた様な、印象に残る日々だった。



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