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【本当の自分】なんてどこにもいない

「自分のことは自分が一番よく分かっている」


・・・本当にそうだろうか?

このところわたしの悩みは『わたしってどういう人間なんだ』ということについてばかり。
ある時ハッと「これがわたしのやりたいことだ!」と思ったのに
次の日にはまた「いやなんか違うな…」となったり。

掴めそうで掴めないモヤモヤ。
時間をかけて見つめなおそうとしても、齢30を超えた心はどうにも素直でないようで、見栄を張ったり自信をなくしたり大人ぶったり、ちっとも言うことを聞いてくれない。

情報発信に不可欠な作業とは

そもそもなんでそんなに自分のこと考えてるの?という話だけど、その理由は「情報発信」を始めたから。
(自分のことが大好きだからじゃないよ)

全ての知識、あらゆるノウハウがインターネット上に転がっている昨今では、誰かの役に立つ発信がしたい!と思ったとしても、知識の量や凄さでは必ず自分以上の人がいるし、そもそも情報自体が無料で手に入るのであればそれ自体に価値はなく、「誰が伝えているのか」が重要になってくる。

どんな生き方をしてきて、どんなことを好んで、どんな言葉を使って、どんな理想を目指して発信しているのか。

そういう、「発信者がどういう人物であるのか」が選ばれる理由になる世界になってきているということ。

つまり、発信するという側に立ってみると『自分はいったいどういう人間なのか』ということをトコトン考え、丸裸にし、更にそれを言語化する(文章で説明する)ことが必要になってくる。

これが本当にめちゃくちゃ難しい。
学校でずっとやらされてきたような、正解がある問題とはわけが違う。

答えを探し続けた先にあるもの

それと、忘れちゃいけないのは、「この作業に終わりはやってこない」ということ。

どんなに自問自答を繰り返し、分析を重ねても、ある時ふっと見たこともない自分が顔を出す。
記事を書くたびに、お客さんと話すたびに、誰かに自分を紹介するたびに、
「本当にそうなんだっけ?」
という疑問が頭に浮かぶ。

でも、それでいいんです。

あなたが日々を生きていく中で得る経験や、触れる景色、コミュニケーションする人によってあなた自身がどんどんアップデートされていくのだから、それに合わせて好きなこと・やりたいことが変わっていくのは自然なこと。

昨日と全く違うことを言っていたって、それがその時の真実なら、そうすればいい。
歩みを止めずに進化を続けるなら、変化せずにはいられないはずだから。

そうやって
自分を形作るひとつひとつを丁寧にほどいていくことで
自分の言葉を必要としている人、自分の経験から勇気や力をもらえる人に発信が届けられるようになる。


だから、この作業から逃げちゃいけない。どんなに苦しくても。




わたしは日記を書きたくて発信を始めたわけじゃない。
いいね!をもらうことを目的に、記事を投稿するわけじゃない。



自分にしか救えない人に声を届けるために。

それを忘れないように、これからも必死で自分と向き合っていきます。







記事だけでなく、こんなところまで目を通して頂いてありがとうございます^^ 普段は肝っ玉母さんを演じていますが、こんなわたしをサポートして頂ける方の前ではごろにゃん甘えたい欲望が抑えきれません(:Д:) 何よりも、応援したいと思ってくださったそのお気持ちに感謝いたします