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[シリーズ]川崎の多文化共生を探る第1回 市民活動のハブ・プラットフォーム


川崎市の概略

 ちょうど今年、2024年に市制100年を迎えた神奈川県川崎市。北東には多摩川を隔てて東京都と隣接し、南西には横浜市がある。多摩川の上流側には多摩区と麻生区、そこから下流に向かって高津区と宮前区、中原区、幸区、そして海に面した川崎区の7つが並んでいる。上流側はかつての農地が都内に勤務する人々のベッドタウンとして開発され、下流側は戦前から京浜工業地帯の一角を担ってきた。 
 市の総人口は155万人余りで、そのうちおよそ5万人が外国人住民だ。全市における割合では3.3%ほどだが、最も多い川崎区では総人口およそ23万人のうち外国人が18,200人と、8%近い割合になっている。しかも近年、どの区でも増加傾向にある。出身国別で見ると最も多いのは中国で、韓国、ベトナム、フィリピンと続く。ネパールやインド、アメリカやブラジル、ペルー、インドネシアなど、全部で145の国・地域から来ている(『川崎市外国人市民代表者会議年次報告2023年度』)。なお、全国での外国人住民の割合は2020年の国勢調査の結果によると2.2%だった(https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/180.pdf)。

 川崎市では、1996年に「川崎市外国人市民代表者会議」を条例により設置して以来、地域や行政の課題に提言を求めて施策に反映させているほか、2000年には「川崎市子どもの権利に関する条例」を定め、その第16条で「(1)子ども又はその家族の国籍、民族、性別、言語、宗教、出身、財産、障害その他の置かれている状況を原因又は理由とした差別及び不利益を受けないこと。(4)国籍、民族、言語等において少数の立場の子どもが、自分の文化等を享受し、学習し、又は表現することが尊重されること。」と謳っている。また2005年には「川崎市多文化共生社会推進指針」を策定、24年には3度目の改定を行っている。その基本目標は「国籍や民族、文化の違いを豊かさとして生かし、すべての人が互いに認め合い、人権が尊重され、自立した市民として共に暮らすことができる『多文化共生社会』の実現をめざします」とされている。さらに2016年には新たなブランドイメージとして「Colors, Future! いろいろって、未来。」を打ち出し、「川」の字を3色で塗り分けたそのロゴマークはいまや街中で見ることができる。いわく「多様性は、あたたかさ。多様性は、可能性」だそうだ。

 一方、教育現場をふり返ると1975年に市立今井小学校が帰国子女教育研究協力校に指定されて以来、川崎市は半世紀に及ぶ帰国子女教育の伝統を積み重ねてきたし、現在も文部科学省によって「帰国・外国人児童生徒等に対するきめ細かな支援事業」の実施地域として帰国児童生徒も含め外国につながる子どもたちの教育を推進してもいる。
 しかしながら市が2020年3月に発表した「川崎市外国人市民意識実態調査」の報告書によれば、市内に住む外国籍を持つ親の家庭で育つ小・中・高校生たちのおよそ40%が「日本語の力が十分でない」「授業の内容が理解できない」「外国にルーツがあることで、いじめられる」といった内容で困っていたり悩んでいたりするし、少数ながら「友達がいない」「不登校になった」「先生や職員の配慮が足りない」という声も上がっている。保護者もまた、「日本の学校の仕組みがわからない」「学校からのお知らせの内容がわからない」「進学できるかどうか不安」などの課題や不安を抱えている。
 なお、こうした家庭で使われている言語は45%が「日本語と親の母語」。一方で「親の母語だけ」で生活しているのは18%ほどである。これに対して「日本語だけ」は28%いる。したがって報告書は「母語・母文化の継承という課題も重要」と指摘している。

このシリーズの企画意図

 この『ぐるる』は、越境して生きる人々のために、教育や言語、文化やアイデンティティなどを追究していくメディアである。このシリーズでは川崎市の行政や学校も含めさまざまな団体・組織から当事者個人までへの取材を通して、帰国子女を含め外国につながる子どもたちの教育と生活、それらへの支援などの実情と新たな課題を報告していこうと思っている。

市民活動のハブ・プラットフォーム、かわさき市民活動センター

 さて第1回の取材先は、中原区にあるかわさき市民活動センターだ。ここ20年ぐらいの間に超高層マンションが林立するようになった武蔵小杉の一角、超高層の一つの1階にある。東急東横線・目黒線、さらにはJR南武線と湘南新宿ライン・横須賀線の駅からもすぐ。
 ここを選んだのは、つい最近退任した前理事長の小倉敬子さんとは数十年前に帰国子女教育の関係で出会って以来の知己だということもあるが、このセンターが市内で活動するさまざまな市民団体のハブかつプラットフォームになっているからだ。多種多様な市民団体のうち、どこに取材に行けばいいのか、ここで尋ねればわかる。
 市民活動推進課の須藤純子課長が資料を用意して待っていてくれた。

市民活動推進課の須藤課長

 まず、かわさき市民活動センターを活動場所としているものは
・外国人の日本語学習のお手伝いや生活支援、日本文化の紹介などを行う「日本語クラブ土曜の会」
・日本語を学びたい、小中学校の勉強をやり直したい、日本語も学校の勉強もしたい人との学習会を開催している「ひるぎの会」など。

 市内各所で活動している団体としては次のようなものがある。
・川崎区を中心に活動する「かわさきくコミュニケーション・ボランティア(こみゅぼら)」は、外国人市民のために40人ほどの通訳・翻訳ボランティアが7か国語で対応。病院や役所などに付き添っての通訳や書類の翻訳をしたり、町内会と合同で通訳付き防災フェアを行ったり、医療通訳付きで無料健康診断や生活相談を行ったりしている。
・幸区を拠点としている「カラカサン」は、外国人でドメスティックバイオレンスの被害を受けている女性とその子どもたちのための駆け込み寺のような活動が中心。被害者を社会福祉制度につなげる申請支援のほか、就職支援、生活支援、食料支援なども行っている。
・宮前区の市民館で活動する「国際おしゃべりサロン宮前」は、「外国人も日本人も、誰でも気軽に立ち寄っておしゃべりができる場」を提供している。

 須藤課長の資料にはこのほか「川崎市国際交流協会」や「教育活動総合サポートセンター」などの財団や法人、市の教育委員会や市役所の担当部署までが列記されていた。まさにハブとしての情報提供である。このシリーズでは今後、こうしたさまざまな活動や組織を逐次取材していく。

前述の「外国人市民代表者会議による年次報告」や
「多文化共生社会推進指針」、「外国人市民意識実態調査」などの資料も、
須藤課長が用意してくれていた。

 次に市民活動センターのプラットフォームとしての機能としては、大きく分けて6つある。「場所、資金、情報、人材、相談、交流」だ。
 市民活動センター自体の中には小会議や軽作業を行うフリースペース、貸ロッカーやレターケース、オフィスとしても使える市民活動ブースもあれば、十数人を収容できる会議室もあるし、大判の印刷機やカラープリンタなども使える。新たな団体を始めたいという人には助成金の仕組みもあるし、団体を育てるための実践型セミナーも開催している。このセミナーでは専門家による税務や法律などの無料相談からチラシの作成やイベントの運営までのアドバイスまで受けられる。さまざまな市民活動が交流する場はいくつも用意されているので、自分たちの活動を紹介したり団体同士でつながったりする機会になっている。さらに広報の支援としては、多種多彩な活動団体がそれぞれの情報を発信するポータルサイトやYouTubeチャンネル、地元紙神奈川新聞で団体や人物を紹介する連載、かわさきFMでのラジオ番組、そして自前の情報紙やSNSもある。

子どもたちの居場所をつくる

 市民活動センター自体が行っているもう一つの活動は、「青少年健全育成事業」。こちらはエリアマネージャー総括担当の岩堀誠主幹が説明してくれた。大きく分けて2種類の場を管理運営している。いずれも地域の子どもたちの居場所となっている。

青少年事業課の岩堀主幹

こども文化センター
 市内59施設のうち41施設を市民活動センターが運営。ほぼ中学校の学区ごとに1館ずつ設置されているいわゆる「児童館」だが、川崎市の場合、夜9時まで開館していることが全国的にも珍しいそうだ。年末年始を除く毎日、朝の9時半から、0歳児から18歳未満の子どもであれば誰でも利用できる。ただし午後6時以降は原則として中学生以上だが、小学生も保護者同伴であれば利用できる。空いていれば大人も利用できる。岩堀さんによると、「いつでも行ける、大人のいる公園のような屋内施設」で、「子どもが自発的に、行きたいと思うから来る」場所。訪れる子どもたちのなかには思春期の悩みを抱えた中高生や、学校に通いたくない子どももいるそうだ。
 日を改めて、岩堀さんと共に中原区にある新丸子こども文化センターを訪れ、木村友也館長に案内してもらった。いくつかの部屋があるが、一番人気は小体育館のような「集会室」。あまり人気が高いので、30分ごとの予約制になっている。子どもたちはセンターに来るとまず受付で自分の名前を書くが、同時に集会室の予約を入れる子も少なくない。柔らかいボールを使ったドッジボール、卓球、ダンスなどで遊べる。「遊戯室」では、カードゲームやボードゲームを借り出して遊べるし、自分が持ってきたゲーム機に熱中する子どもも多い。「図書室」も「学習室」もあるので、宿題などの勉強をやりに来る子もいる。乳幼児(&保護者)向けに、さまざまな遊具も備えた部屋もある。美術や書道のクラブ活動もあるし、部屋の天井を使ったプラネタリウム上映や大画面のモニターで楽しむゲーム大会などのイベントも毎週のように行われている。子ども同士の待ち合わせに使っている様子もあった。夜間には中高生のほか、大人の手芸や武道のサークルが利用することもある。平日だと1日平均120〜130人が利用している。

新丸子こども文化センター
上左:駅前商店街の一角にある。
上中:乳幼児向けの「まるまるるーむ」。
上右:子どもたちが借り出せるおもちゃやボードゲームなど。
下左:大人気の集会室。下中:図書室。下右:学習室。

わくわくプラザ
 市内114施設のうち、市民活動センターが運営するのは76施設。公立小学校に付属する形で各校にあり、放課後や土曜日、夏休みなどに安心して楽しく過ごせる居場所だが、ここはいわゆる「学童保育」に近いので、「親が子どもを預ける場所」として機能している。午後6時までは無料だが、それ以降7時の閉館までは有料。基本的にそれぞれの小学校に在籍している子どもたちがいったん帰宅することなしに移動してくる(小学校に在籍していなくても、学区内に居住していれば利用できる)が、毎年新学年を迎えるときに登録が必要だ。事前に申し込みがあれば、おやつを提供する。
 岩堀さんに中原区の西丸子小学校のわくわくプラザを案内してもらった日はあいにくの雨。広いグラウンドを使うことができないので、2階建てのプレハブいっぱいに子どもたちの歓声が響き渡っていた。高齢の男性が読み聞かせをしている両膝にはそれぞれひとりずつの子どもが乗り、女性スタッフを囲んでゲームをしているグループもある。お手玉を頭上に投げ上げながら走り回っている子どももいれば、ひとり片隅で学習ドリルに取り組んでいる子もいる。

西丸子小学校のわくわくプラザ
左:窓の外に小学校の校舎が見える。
右:雨がやんだ日に再訪。

こども文化センターならびにわくわくプラザにおける外国につながる子どもたちへの対応

幸こども文化センターの原館長

 市民活動センターでの取材に同席してくれた幸こども文化センターの原久美子館長によると、幸区にある御幸小学校に設けられたわくわくプラザには、ネパールやインド、中国や韓国、さらにはアメリカなどおよそ10カ国の子どもたちが集まってくるそうだ。今世紀になって市内にある公営団地に外国人が住めるようになったため、急増したとのこと。フィリピンやブラジル、ベトナムなどから来た人は、それぞれの国ごとに口コミで情報が広まり、結果として集住するようになるケースが多いそうだ。新丸子のこども文化センターでも、乳幼児の子どもを持つ外国人親子が常連になっているほか、「肌の色の違う中学生」も通ってきていると、木村館長。外国につながる小学生のなかには、集会室で踊るためにやってくる女の子もいるとのこと。
 わくわくプラザの方はそれぞれの小学校に通っている子どもたちが中心だから、その小学校にどれだけ外国人が在籍しているかによる。いずれにしても「ほかの子どもたちと同様、変わらずに遊んでいる」そうだ。

 子どもたちはふだんの生活や遊びに使うことば(生活言語)ならばかなり早く覚えるが、わくわくプラザにしてもこども文化センターにしても、課題は保護者とのコミュニケーションだと言う。新丸子の木村館長は「自動翻訳ができるタブレットもありますが、最終的にはジェスチャーですね」と述べていた。もう一つ、それ以前の課題として、こども文化センターやわくわくプラザという施設があり、利用できることを周知するための広報を外国人向けにも強化していく必要がある。現在も区ごとに外国人向けの説明会を行っているが、パンフレットなどを多言語化し、外国人登録に訪れた人に区役所で配布したり小学校で手渡ししたりなどの取り組みを充実させていくことが考えられる。わくわくプラザの利用登録を行う日に通訳を派遣することも一案だ。せっかくの施設なのだから、言語や文化の壁をなくして誰でも利用してほしい。とくに地域を離れたインターナショナルスクールや私立校に通っている子どもたちにとっては、家の近所に住む友達を見つける場にもなり得る。そういう場で子ども同士が自然に遊んだりしていれば、親同士も知り合っていけるのではないだろうか。

かわさき市民活動センターで配布されているさまざまなパンフレットなど


取材・執筆:古家 淳

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