「無職底辺氷河期世代、死ぬことを思いとどまり少し働いてみる ~その⑦~」

Mバーガーの閉店作業のバイト2日目。
少し早く家を出て、ローソンでホットコーヒーを買ってからお店に向かった。20分くらいあれば余裕で着く。私が出勤する店舗は、そこそこいろんな店が並ぶ割と賑やかな国道のそばにある店だった。飲食店もたくさんあるが、0時なので既に閉店している店が多い。

ホットコーヒーを飲みながら、0時10分前まで待っていた。0時前のギリギリでドライブスルーに1台のクルマが入って行った。私も昔はMバーガーが大好きで夜中によく買いに行ったりした。駐車場の出入り口の看板には新商品のハンバーガーが写真付きで大きく宣伝されていた。値段を見ると580円。ハンバーガーが1つ580円とは・・。インフレ、食材高騰、エネルギーやガソリンも高いし、ウンザリする。いったいいつまでこんなことが続くのか。

出勤2日目。学生アルバイトさんが注文しておいた靴を渡してくれた。
厨房に入って行くと、初日とは違う女性が学生さんと何やら話していた。シンクを見ると何故か綺麗に片付けられている。洗い物はほとんど終わっているようだった。
女性に挨拶すると名前はOさんと言った。学生バイトさんは早く帰りたいので、やれることを前倒しで先にやってくれて、洗い物は結構終わっていると言う。なのでホールのモップがけとトイレ掃除、ゴミ出しをやって、1時間ほどで終わってしまった。ただ、人によって教え方、やり方が違うので、どのやり方が正しいのかイマイチよく解らない。相変わらずトイレの道具がないから、やれる範囲でやったが不満だった。Oさんにまともな道具もないから、トイレ掃除がちゃんとできないと伝えた。

Oさんはかなりの古株で、仕事ができる人だった。すごく話しやすい、嫌みやネチネチしたところがなく、何でもはっきり言うタイプの人だった。パワフルで元気で仕事ができる人。私はこういうタイプの人が好きで尊敬する。自分にないものをたくさん持っているような感じがして羨ましかった。文句や納得できないことははっきりと言う、自分の仕事はきっちりこなす人。

終わってやることがないので、Oさんがやっている機械のメンテを見ながら、ずっと喋っていた。Oさんは25年前からこの店の閉店作業をやっていると言っていた。だから、今の店長よりも店のことに詳しく、アルバイトの中では一目置かれているようだった。ダメなことはダメだとはっきり言う。相手が店長であろうが、ダメ出しをする。納得できないことは納得できるまで話す。納得できるまで聞く。そういう感じの人だった。貫禄があって、堂々としていた。しかし、学生さんや新人には優しい女性だった。

昔、Mバーガーは飲食店としての規律や衛生面、業務などとても厳しい会社で、Oさんもよく怒られたと言っていた。しかし、今のような大不況の煽りを受けて客足も激減し、Mバーガーという企業の社員もどんどん退職していなくなってしまったそうだ。
私のタイムカードがないことや、トイレ掃除の道具がないことなども、店長一人では目が行き届かず、手が回らず、いろんなことが少しずつ雑になってしまっているように見えた。彼女は店長のことをダメ出ししていたが、店長は店長なりの業務やストレスがついて回り、それどころではないのかもしれない。

彼女のメンテはさすがに綺麗だった。メンテ後はピカピカの状態になって感心した。さすがは25年のベテランだ。
彼女の人生も聞いた。過去にいろんな苦労があり、Mバーガーを入れて、今仕事を3つ掛け持ちしていると言っていた。Mバーガーの後に撚糸工場か何か、糸を作る会社で働いているそうだ。その会社は作業場が暑いので、耐えかねて人が辞めて行くのだそうだ。以前は給食弁当の配達をやっていたが、人手不足で一人に割り当てられる配達先が多くなり、配りきれなくてストレスだらけになる。昼の12時を過ぎるとクレームの電話がかかってきて叱られる。叱られても無理なものは無理だろ!と笑っていた。

アパートに住んでいたが、毎年の火災保険がべらぼうに高くて、建て売りでも買ったほうがいいと思い、たまたま見つけた格安の建て売り住宅を購入したが、通勤が遠くなってしまったそうだ。クルマの維持費もかかるし、ちょっとでも稼がないとやって行けないと言っていた。私の境遇も理解してくれた。ここは人間関係は悪くないから大丈夫だと言っていた。Oさんも、私もここで愚痴を言いまくったりして、仲の良い人に聞いてもらっているから、苦しくてもやっていけてると。

私は年齢関係なく、こういう人が大好きだった。辛くても顔にはあまり出さない。目の前のやるべきことを一生懸命やる。坦々とこなして頑張る。人と話すのも大好きで、共感や理解もできる。話しているだけで元気と生きる気力をもらっているような気がした。

2時になったのでOさんに丁寧に挨拶をして先にあがった。帰りのクルマの中で私はふと思った。
私はただ閉店作業のバイトでここに来てるんじゃない。多分、「Oさん」という人に会い、彼女の話を聞くために、何者かにここに呼ばれて来たんだ。
私は何か見えない存在に励まされているような、何となくそんな感じがしていた。

「死んではいけないよ。大丈夫だよ!もうちょっと頑張って!」と。