『ボクたちはみんな大人になれなかった』切なさと絶望と愛しさのど真ん中をゆく映画。
久しぶりに開くfacebookには、かつて大好きだった人の姿。
結婚して子供を産んで、普通の人生を歩いている彼女をどこか冷めた目で見てしまう。
切なさと絶望と愛しさのど真ん中をゆく映画。
私は大人になれているのか、まだ大人になれていないのか。
この映画に100%共感したいけれど、100%共感したくない。それはあまりにも悔しすぎるから。
「あの頃の美しい思い出」を持ちながら、でも「時間」は、皆平等に流れていく。
時間は流れているはずなの、自分だけが取り残されている疎外感。
あと何度もこの映画に登場する、「普通」という言葉。
普通は嫌だ。
結局普通が一番だよ。
てか「普通」ってなによ。ってみんな一度は思ったことがあるよね。
普通の仕事。普通の人生。
そんなものクソ喰らえだよって、うん私もいつも思っている。
Facebookやインスタで、昔の友達が結婚して子供を産んで、笑っている姿を見ると、私もこの映画のように思い出がフラッシュバックする。
過去を羨むことや、好きだったあの人を思い出したり、自分には何もないという悔しい感情には、激しく共感をしたけれど、
もうでも過去は振り返りたくないんだよ。
私だけを残して、世界が進んでいく現実が辛すぎるから。
だけど、
だけどね、、、
たまに思い出す。
ひたすらに前だけを見て進んでいても、たまに後ろを振り返ってみたくなる。
あの頃の淡い思い出だったり、とんでもなく好きだった人のことを。
一緒に頑張ろうって朝までお酒を飲んだ友達のこととか。
この世の終わりかと思うくらい絶望した日々だって、何年か後になって振り返ってみれば、それもいい思い出として記憶されるんだ。
あのとき、こうしていれば人生は変わっていただろうか。
あのとき、あの人と結婚していれば自分の人生はもっと幸せだったかもしれない。
でも結局どの道を選んでも、幸せや楽しいことと一緒で、少しばかりの後悔も必ずセットでついてくる。
そして決して忘れてはいけない、思い出というのは美化されるということを。
大人なるということは、「現実を受け止めること」なのかなと思ったりもした。
儚い思い出や経験を受け入れて、前へ前へ進んでいく。
昔のように夢ばかりは見ていられないけれど、少しの希望を抱きながら、大人になっていきたい。
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