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肉体言語の不足、正面のおじさん

気に食わないこと

 カフェの席の前にいるおじさんが相続法の勉強をしている。紙に向かって一生懸命、ゴリゴリと計算式を書いている。気に食わない。何が気に食わないって、片手間でスマホゲームをやっていて、さらには足をこちら側に伸ばしては時折僕の足に何度もぶつけてくるのだ。おじさんはぶつけたことに誤りもヘコヘコすることもせず、素知らぬ顔でガリガリと書き続けて、また足を伸ばしてくるのだ。その税理士試験、落ちてしまえばよいのに。

ふてぶてしいおじさん


 目の前のおじさんは、近年まれに見る、図々しさやふてぶてしさを濃縮させたような頂点フテおじさんだ。今まで一度もニコリとしたところを見たことがないから、表情が固定するまでフテ皺が刻まれているのある。さて、かくいう僕も急速におじさん化しているから、フテ化するのも時間の問題なのだ。野次ってばかりはいられない。彼の最大の武器は、ガリガリと右手で紙にペンで書くこと、その手で電卓を打つこと、更にその手でスマホゲームを操ることだ。左手は添えているだけだった。だがその手が止まることはなく、彼は常に作業をしていて、その正面にいる僕はこれを書いていた。キーボードを打っているだけの僕と違って、彼は紙に書く人間だった。彼を見て、僕は紙に文字を書かない人間になってしまったことを思い出した。

おじさんの正体

 よく見たら彼自身は身綺麗で、スーツやシャツに皺がなく、ネクタイもしていた。髪は生え揃っていて、しっかりとセットされたきれいな七三分けだった。彼の作業をみると、計算・解答用の紙と、参考の教材と、問題用紙と、解答が書かれた紙がそれぞれ別々にホッチキスで止められていて、どれもきれいに使っているようだった。彼はおそらく几帳面な正確なのだろう。紙の作業は僕にとって排除すべき忌むべき苦行だったが、彼のそれは、無駄がなく、書く行為を通じて理解を深めているように見えた。肉体の動作一つ一つに意味があるように見えた。僕はこの時点で敗北感を抱いていた。彼と異なってシワシワのみすぼらしいスーツを着て、同じ姿勢でパチパチと無為な文章を打ち続ける。一つ一つの文字に肉体の動作は宿っておらず、それらは等しく無意味なのであった。彼の文字は、エネルギーと、精神力の摩耗を代償として、世界に痕跡を残していたのに対し、僕の文字は均一で、現れては消えるだけのバイナリでしかない。彼はペーパレスの流れにいまいち乗れていないと思いきや、肉体言語を操る達人だったのである。僕にはなぜだか彼がファンタジスタに見えた。


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