29)スペルミジン(Spermidine)はオートファジーを促進して細胞を若返らせる
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術29
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【スペルミジンはポリアミンの一種】
ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ物質です。体内でアミノ酸から合成されます。炭化水素基とアミノ基が結合した化合物はアミンと呼ばれます。ポリ(poly)は複数を意味する接頭語で、ポリアミンというのは複数(2つ以上)のアミノ基を有する炭化水素です。
体内には20種類以上のポリアミンが存在しますが、代表的なポリアミンとして スペルミジン、スペルミン、プトレシンが挙げられます(下図)。
図:ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ。
ポリアミンはすべての動物やヒトの細胞内で,成長期に盛んに合成されます。核酸やタンパク質の合成を促進する作用があり、ポリアミンがないと細胞は増殖ができません。
ポリアミンはアミノ基によるプラスの電荷で核酸類と強く結合しており、核酸の立体構造の維持に関与すると考えられています。生体内では前立腺、膵臓、唾液腺など、精子や酵素を作る組織に多く含まれます。
さらに、スペルミジンは発毛促進作用、抗炎症作用、動脈硬化抑制作用など様々な機能を合わせ持っています。髪の毛や爪の成長や艶を促進するので、美容やアンチエイジング(抗老化)のサプリメント素材としても注目されています。
ポリアミンは細胞内でアミノ酸であるアルギニンから合成されます。アルギニンはアルギナーゼの作用でオルニチンになり、オルニチン脱炭酸酵素の働きでプトレシンに変化します。さらに、プトレシンはスペルミジン合成酵素によってスペルミジンに変換されます。最後にスペルミジンは、スペルミン合成酵素によってスペルミンに合成されます。(図)
図:ポリアミン(プトレシン、スペルミジン、スペルミン)の合成経路
【スペルミジンはオートファジーを促進して老化を抑制する】
スペルミジンは、すべての生物に存在する天然ポリアミンで、細胞の成長と増殖、組織の再生、核酸(DNAとRNA)の安定化、酵素活性の調節、タンパク質翻訳の調節など、多くの生物学的プロセスに影響を与えます。さらに、スペルミジンは抗炎症作用と抗酸化作用を示し、ミトコンドリアの代謝機能と呼吸を促進します。
スペルミジンの外来性補給は、マウスを含むさまざまなモデル動物の加齢および加齢性疾患に様々な有益な効果を発揮します。たとえば、スペルミジンの摂取は寿命を延ばし、心臓と神経を保護し、抗腫瘍性免疫応答を刺激し、メモリーT細胞形成を刺激することで免疫老化を回避する作用があります。
これらの抗老化作用の多くは、細胞保護的オートファジーの促進と関連しています。スペルミジンはオートファジーを刺激する作用があります。オートファジーについては28話で解説しました。細胞のオートファジーを促進すると、老化した細胞成分や細胞内小器官を若返らせる効果があります。がん、神経変性、心血管疾患などの加齢に伴う状態は、有毒な物質の細胞内蓄積に直接関係しており、オートファジーによるその除去は、加齢性疾患の発症を抑制します。
スペルミジンの組織濃度は年齢依存的に低下します。これは、オートファジーの減少を意味し、加齢性疾患の発症を促進する可能性があります。
100歳以上の超長寿の人はポリアミンの低下が少ないという報告があります。つまり、ポリアミンの体内量を若い人のレベルに維持できる人が長寿を達成できることを示唆します。
【体内のスペルミジン量は加齢とともに減少する】
スペルミジンは動物や植物や微生物などほとんどの生き物に存在するので、私たちは食事からスペルミジンを摂取しています。鳥のレバーや納豆、味噌、キノコ類、チーズ、小麦胚芽などに多く含まれます。私たちは、1日に平均10mg程度のスペルミジンを食事から摂取していますが、食事の内容によって食事から摂取するスペルミジンの量は大きな個人差があります。
表:スペルミジンの含有の多い食品(参考:Wikipedia 英語版)
スペルミジンは大豆に多く含まれ、大豆を発酵して作る納豆や味噌や醤油にはさらに含有量が高くなっています。
胎児や新生児の細胞ではスペルミジンを含めポリアミンの合成能力が高く、細胞の増殖能も高くなっています。また,ポリアミンは母乳にも多く含まれている事がわかっています。
加齢とともにポリアミンの体内産生量は減少します。年齢を重ねるごとにスペルミジンやスペルミンを合成する酵素の量や活性が低下するためです。したがって、高齢者がポリアミンの原料であるアルギニンやオルニチンをサプリメントとして摂取しても、スペルミンやスペルミジンの合成量や体内量が増加するわけではありません。
したがって,スペルミンやスペルミジンは高齢者では不足する傾向にあります。これが、高齢者がスペルミジンを多く含む食品やサプリメントを摂取するメリットの理由です。
【スペルミジンの多い食事は寿命を延ばす】
スペルミジンの外来性の補給は、酵母、線虫、ハエ、マウスなどの多くの種において寿命と健康寿命を延ばします。人間でも、スペルミジンレベルは加齢とともに低下し、内因性スペルミジン濃度の低下と加齢に伴う生体機能低下との関連の可能性が示唆されています。
最近の疫学データはこの概念を支持しており、スペルミジンが豊富な食品によるポリアミンの摂取増加は、心血管疾患とがんに関連する死亡率を減少させることを示しています。
食事からのスペルミジンの摂取が多いと寿命が延びることが複数の疫学研究で明らかになっています。以下のような報告があります。
Higher spermidine intake is linked to lower mortality: a prospective population-based study.(スペルミジン摂取量の増加は死亡率の低下に関連している:人口ベースの前向き研究)Am J Clin Nutr. 2018 Aug 1;108(2):371-380.
【要旨の抜粋】
背景: いくつかの動物モデルにおいて、スペルミジンの投与が生存率を増加することが示されている。
目的: 食事中のスペルミジン含有量とヒトの死亡率との間の潜在的な関連性を検討した。
方法: この住民参加の前向きコホート研究には、45〜84歳の829人の参加者が含まれ、その49.9%が男性であった。食事は、1995年、2000年、2005年、および2010年に栄養士が実施した食物摂取頻度アンケート(2540項目の評価)を繰り返して評価された。1995年から2015年までの追跡調査中に、341人が死亡した。
結果: すべての原因による死亡率(1000人年あたりの死亡数)は、スペルミジン摂取量が少ない下位3分の1の群が40.5(95%信頼区間:36.1〜44.7)、中央の3分の1の群が23.7(95%信頼区間:20.0〜27.0)、摂取量の多い上位3分の1の群が15.1(95%区間:12.6〜17.8)であった。年齢、性別、およびカロリー摂取量を調整した20年間の累積死亡率はスペルミジン摂取量が少ない下位3分の1の群が0.48(95%信頼区間:0.45〜0.51)、中間の群が0.41(95%信頼区間:0.38〜0.45)、摂取量の多い上位3分の1の群が0.38(95%信頼区間:0.34〜0.41)であった。
スペルミジン摂取量が平均から1-SD(標準偏差)の増加当たりの、年齢、性別、カロリー比を調整した全死因死亡のハザード比は0.74(95%信頼区間:0.66〜0.83; P <0.001)であった。
スペルミジン摂取量の上位3分の1と下位3分の1の群の間の死亡リスクの差は、5.7歳(95%信頼区間:3.6〜8.1歳)の年齢差に相当するものであった。
結論: 私たちの調査結果は、スペルミジンが豊富な食事が人間の生存率の増加に関連しているという概念に疫学的な支持を与えている。
この研究結果は、スペルミジンの摂取量が多いと、45歳以上の集団で20年間の死亡率が半分以下になることを示唆しています。スペルミジンを多く摂取すると、5歳以上も延命する可能性を示唆しています。
【スペルミジンは認知機能を良くする】
スペルミジンが認知症を予防することが指摘されています。以下のような研究があります。
Spermidine in dementia:Relation to age and memory performance(認知症におけるスペルミジン:年齢と記憶能力との関係)Wien Klin Wochenschr. 2020; 132(1): 42–46.
【要旨の抜粋】
スペルミジンがオートファジーによってアミロイドベータプラークを溶解するプロセスを誘導する能力を持っていることが報告されている。 この報告は、年齢および記憶能力と血清スペルミジンレベルとの関連に焦点を当てている。
これは、記憶能力に対する経口スペルミジン補給の効果を検討している進行中の多施設プラセボ対照試験の前提となる。
記憶力テストは、オーストリアのシュタイアーマルク州の6つのナーシングホームで60〜96歳の80人の被験者に対して実施された。 スペルミジン濃度を測定するために血液サンプルを採取した。
結果は、スペルミジン濃度と記憶能力検査スコアの間に有意な相関関係があることを示した(p = 0.025)。 この結果に基づいて、スペルミジンは神経認知の変化(老人性痴呆またはアルツハイマー病)の診断のためのバイオマーカーとして適切である可能性があると結論付けることができる。
つまり、血中スペルミジン濃度の低下は、記憶力の低下と相関するという結果です。したがって、サプリメントなどによるスペルミジンの補充は、記憶力や認知機能を向上させ、アルツハイマー病や認知症の治療に対する有効性が示唆されるということです。そこで、この研究グループはスペルミジンをサプリメントで補う臨床試験を実施しています。
The positive effect of spermidine in older adults suffering from dementia.(認知症の高齢者におけるスペルミジンのプラスの効果)Wien Klin Wochenschr. 2021; 133(9): 484–491.
【要旨の抜粋】
現在の世界中の認知症の有病率は3,560万人と推定され、2050年までに1億1,500万人に増加する。したがって、十分に根拠のある認知症の診断と十分に研究された治療オプションが緊急に必要である。今までの研究で、スペルミジンがオートファジーによってアミロイドベータプラークを溶解する重要なプロセスを引き起こす能力を持っていることが示されている。
さらに、天然のポリアミンのスペルミジンの投与が、老化したモデル生物の記憶力低下を防ぐことができることを示している。
この多施設二重盲検予備研究は、高齢者の認知能力に対するスペルミジンの経口補給の効果に焦点を当てた。
記憶力テストは、オーストリアのシュタイアーマルク州の6つのナーシングホームで60歳から96歳までの85人の被験者に対して実施された。スペルミジン濃度の測定と代謝パラメーターの測定のために血液サンプルを採取した。
結果は、より高いスペルミジン投与量で治療されたグループの軽度および中等度の認知症の被験者において、スペルミジンの摂取量と認知能力の改善との間に明確な相関関係があることが示された。
テストパフォーマンスの最も実質的な改善は、軽度の認知症の被験者のグループで見られ、ミニメンタルステート検査(MMSE)で2.23ポイント(p = 0.026)、言語の流暢性で1.99(p = 0.47)増加した。比較すると、スペルミジン摂取量が少ないグループは、認知能力は変化なし、あるいは低下を示した。
アルツハイマー病は老年性認知症の原因としては最も頻度が高い神経変性疾患です。アルツハイマー病の脳の病理所見で最も特徴的なのが「老人班」です。この老人班はアミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積から構成されています。Aβはアミロイド前駆体たんぱく質(APP)から酵素(βおよびγセクレターゼ)によって切断されて産生される38〜43アミノ酸からなるペプチドです。
脳内のAβの濃度はAβの産生と除去(クリアランス)のバランスによって決定され、そのバランスが破綻することによって脳内Aβが増加し、Aβの蓄積・凝集によって神経細胞障害が引き起こされ、最終的にアルツハイマー病が発症します。アルツハイマー病では脳組織内にアミロイドβたんぱく質の凝集塊が蓄積することによって神経細胞内で炎症反応が起こって、細胞死が引き起こされます。
スペルミジンはオートファジーを促進し、アミロイドβプラークを分解します。つまり、スペルミジンはオートファジーを促進するメカニズムで神経細胞内のアミロイドβの除去を促進し、炎症反応を阻止し、アルツハイマー病の発症や進行の防止に有用である可能性があるということです。
【高齢者はスペルミジンのサプリメントでの補充が有効】
ポリアミンの分子量は250以下で、低分子のアミノ酸と同程度なので、小腸から効率よく吸収され、血中に移行して生体内で効率良く利用されます。また、スペルミジンやスペルミンを分解する酵素は腸内には無いため、大部分がそのままの形で腸管から吸収され、全身の組織や臓器に分布される事がわかっています。
スペルミジンの体内での合成量は加齢とともに低下します。スペルミジンの多い納豆、味噌、チーズ、鶏のレバー、マッシュルーム、マンゴー、ドリアンなどを多く食べることは有効です。
さらにサプリメントでの補充も有効です。サプリメントとしてはスペルミジン含有の多い小麦胚芽を材料にして、スペルミジンを濃縮した製品が販売されています。
このようなサプリメントや食事から、スペルミジンを1日に20mg程度摂取すると、認知症や心臓疾患の発症を予防し、寿命を延ばす効果が期待できます。髪の毛や爪の成長促進や艶を高めるので、美容にも有効です。
図:スペルミジン(Spermidine)を1%含有する小麦胚芽エキスの精製法。
小麦の実は胚乳、外皮、胚芽に分けられる。胚乳はデンプンとタンパク質を含み、外皮(小麦ふすま)は食物繊維を多く含む。胚芽には脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラル、抗酸化成分など多くの栄養成分を含む。 小麦胚芽をエタノール/水で抽出してスペルミジンを濃縮して、スペルミジンを1%含有する小麦胚芽エキスを作成する。
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