63)スペルミジンの抗老化作用(その2):認知症予防効果
体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術63
ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。
【認知症は様々な原因で発症する】
病的な原因によって記憶力や知能が低下する病気を「認知症」と言います。いったん正常に発達した知能が、脳の後天的な障害によって脳の働きが低下して、記憶や知能に障害をきたす病気です。
「認知」というのは、理解や判断や論理といった知的活動を総称する用語です。「認知症」というのは単一の病気ではなく、共通の症状(進行性の認知機能の低下と、それによる日常生活の混乱)を呈する疾患群をまとめた呼称です。認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などを含む脳の高次の機能に障害がみられます。
認知症は単一の病気ではなく、共通の症状を呈する疾患群をまとめた呼称です。認知症を引き起こす原因として最も多いのがアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)です。認知症の60から70%がアルツハイマー型認知症です。
その他、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の後遺症(血管性認知症)、転落事故や交通事故などによる脳挫傷の後遺症(頭部外傷後認知症)、パーキンソン病やハンチントン病など原因不明で徐々に神経細胞が死滅していく脳変性疾患、長期の大量飲酒(アルコール性認知症)、ヘルベス脳炎やインフルエンザ脳症など脳炎後認知症など、様々な原因によって認知症は発症します。
認知症の中心を占めるアルツハイマー型認知症は、原因は不明で、徐々に神経細胞が死滅していく病気です。20〜30歳代で発病する「遺伝性(家族性)アルツハイマー病」、40〜60歳代前半で発病する「若年性アルツハイマー型認知症」、それ以降に発病する高齢期のアルツハイマー型認知症があります。日本を含め先進国では人口の高齢化とともに認知症の患者は年々増え続けており、社会的な問題にもなっています。認知症の治療や介護にかかる費用は、がんや心臓病や脳卒中よりも高いことが指摘されています。
医療費や介護費に加えて本人や家族の労働生産性損失などの費用も含んだ社会全体の費用を社会的費用と言います。この社会的費用は認知症がもっとも大きいと試算されています。米国では認知症1人当たり1年間に少なくとも4万1,689ドルの費用がかかっていると報告されています。(N Engl J Med. 368(14):1326-34.2013年)
この報告では、家族による無償介護が人件費として計算されており、家族による無償介護の費用が約半分を占めています。つまり、認知症は家族の労力負担が極めて大きい疾患と言えます。
日本における最近の調査では、65歳以上の15%が認知症と推計されています。2020年の段階で国内の認知症高齢者は約600万人で、2025年には730万人、2030年には830万人になり、2050年には1,000万人を超えると推定されています。
【高血糖とインスリンは認知症の発生を増やす】
アルツハイマー病のリスク要因として、糖尿病、中年期の高血圧、中年期の肥満、運動不足、抑うつ、喫煙、低学歴が知られています。これは、生活習慣と食生活の改善でリスクをかなり低減できることを示しています。
保護的に作用するものとして、オメガ3系不飽和脂肪酸、抗酸化剤、ビタミン、地中海式料理などが知られています。
精神・心理的要因としては、孤独、抑うつ、社会的孤立、精神的ストレスは認知症のリスクを高めます。一方、高学歴、運動、社交的活動は認知症を防ぐ効果があります。
近年の認知症患者の増加は人口の高齢化だけによるものではないようです。人口構成の影響を排除した年齢調整した統計でも認知症の有病率は増加しています。年齢調整というのは、基準となる集団の年齢構成(基準人口)に合わせて補正した値で、年齢調整した(同じ年齢構成と仮定して計算した)数値を比較することによって、高齢化などの年齢構成の変化の影響を取り除くことができます。
脳梗塞などの脳血管性の認知症は微増ですが、アルツハイマ−病が急増していることが指摘されています。例えば、1985年から2005年の間にアルツハイマー病の年齢調整有病率が3倍以上に増えているというデータがあります。
その理由として糖尿病の増加が最も関連していると言われています。糖尿病がアルツハイマー病の強い危険因子であることが明らかになっています。
糖尿病は1960年代くらいまでは極めて稀な病気でしたが、現在では5人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるくらいに増えています(下図)。つまり、糖質の多い食事自体がアルツハイマー病を増やしている可能性があるのです。
図:日本では1960年代まで2型糖尿病は極めて稀な疾患であったが、最近では5人に一人が糖尿病あるいは糖尿病予備軍と言われるまでに増加している。
高血糖や糖尿病は様々なメカニズムで認知症の発症を促進します。高血糖/糖尿病は脳動脈硬化を進展させ、脳梗塞や潜在的脳虚血を引き起こして血管性認知症の原因になります。
グルコース(ブドウ糖)はタンパク質を糖化し、終末糖化産物(AGE)を増やし、酸化ストレスを高めて神経細胞にダメージを与えます。
さらに、高インスリン血症がアルツハイマー病発症に関わることが指摘されています。アルツハイマー病は脳にアミロイドβといタンパク質が沈着して神経細胞を死滅させることで発症します。インスリンを分解する酵素がアミロイドβも分解する作用があるのですが、高インスリン血症になるとアミロイドβの分解が十分に行われなくなり、その結果、脳内のアミロイドβの沈着が促進され、神経細胞の傷害が進行すると考えられています。
インスリン分泌は糖尿病になる前の糖代謝異常の段階(糖尿病予備軍)で最も高くなります。つまり、糖尿病を含む糖代謝異常の状態は、脳にアミロイドβが沈着しやすい状態だと言えます。
したがって、食事からの糖質摂取を減らしてインスリン分泌を減らすだけでも、認知症の予防に役立つのです。
【認知症は食事や生活習慣で予防や治療できる】
身内に認知症がいる場合は、認知症を予防することを早めから積極的に実践することが大切です。
たとえば、魚の油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、野菜や果物などビタミン・ミネラルやポリフェノールの多い食品の摂取は認知症の発症率を低下させることが知られています。逆に白米など糖質の多い食事は認知症の発症リスクを高めます。
地中海式食事はアルツハイマー型認知症の発症率を減らすことが報告されています。野菜や魚の多い食事がアルツハイマー型認知症の発症を減らすのです。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群は動脈硬化を促進して脳血管障害の発症リスクを高めます。糖尿病やメタボリック症候群がアルツハイマー型認知症の発症率を高めることも報告されています。
肥満や糖尿病やメタボリック症候群はカロリー制限や糖質制限など適切な食事で改善できます。ケトン食はこれらの疾患を短期間に改善することが多くの臨床試験で確認されています。
福岡県久山町の住民を対象に行われている疫学調査の「久山町研究」でも、糖尿病が脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の危険因子であることが示され、最近の認知症の急増は糖尿病患者が増えていることが要因になっていると指摘しています。
久山町の追跡調査では、牛乳・乳製品や大豆製品・豆腐、野菜などを多く食べ、ご飯や酒類が少ない食事パターンが脳血管性とアルツハイマー型の両方の認知症の発症リスクを半分程度に低下させることが明らかになっています。また、運動も認知症の発症リスクを低下させます。
外国では、ケトン体を増やすケトン食が、アルツハイマー病や脳血管障害やパーキンソン病やハンチントン病など神経変性疾患の改善に有効であることを示す研究結果が多数報告されています。ケトン食は糖尿病やメタボリック症候群の病状を顕著に改善する効果がありますが、ケトン体自体に神経細胞の働きを高めることが報告されています。
【地中海式食事はポリアミンが多い】
地中海地域や沖縄地方の食事は寿命を延ばす効果があることが多くの疫学研究で指摘されています。その理由として、魚介類や野菜や豆類(大豆やナッツ類)の多い食事は、ポリアミンの摂取を増やし、このポリアミンが認知症の予防や寿命延長に寄与しているという意見があります。
ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ物質です。体内でアミノ酸から合成されます。
炭化水素基とアミノ基が結合した化合物はアミンと呼ばれます。ポリ(poly)は複数を意味する接頭語で、ポリアミンというのは複数(2つ以上)のアミノ基を有する炭化水素です。
体内には20種類以上のポリアミンが存在しますが、代表的なポリアミンとして スペルミジン、スペルミン、プトレシンが挙げられます(下図)。
図:ポリアミンは2つ以上のアミノ基(-NH2)を持つ。
ポリアミンはすべての動物やヒトの細胞内で,成長期に盛んに合成されます。核酸やタンパク質の合成を促進する作用があり、ポリアミンがないと細胞は増殖ができません。
ポリアミンはアミノ基によるプラスの電荷で核酸類と強く結合しており、核酸の立体構造の維持に関与すると考えられています。生体内では前立腺、膵臓、唾液腺など、精子や酵素を作る組織に多く含まれます。
さらに、スペルミジンは発毛促進作用、抗炎症作用、動脈硬化抑制作用など様々な機能を合わせ持っています。髪の毛や爪の成長や艶を促進するので、美容やアンチエイジング(抗老化)のサプリメント素材としても注目されています。
ポリアミンは細胞内でアミノ酸であるアルギニンから合成されます。アルギニンはアルギナーゼの作用でオルニチンになり、オルニチン脱炭酸酵素の働きでプトレシンに変化します。さらに、プトレシンはスペルミジン合成酵素によってスペルミジンに変換されます。最後にスペルミジンは、スペルミン合成酵素によってスペルミンに合成されます。(図)
図:ポリアミン(プトレシン、スペルミジン、スペルミン)の合成経路
【スペルミジンはオートファジーを促進して老化を抑制する】
スペルミジンは、すべての生物に存在する天然ポリアミンで、細胞の成長と増殖、組織の再生、核酸(DNAとRNA)の安定化、酵素活性の調節、タンパク質翻訳の調節など、多くの生物学的プロセスに影響を与えます。さらに、スペルミジンは抗炎症作用と抗酸化作用を示し、ミトコンドリアの代謝機能と呼吸を促進します。
スペルミジンの外来性補給は、マウスを含むさまざまなモデル動物の加齢および加齢性疾患に様々な有益な効果を発揮します。たとえば、スペルミジンの摂取は寿命を延ばし、心臓と神経を保護し、抗腫瘍性免疫応答を刺激し、メモリーT細胞形成を刺激することで免疫老化を回避する作用があります。
これらの抗老化作用の多くは、細胞保護的オートファジーの促進と関連しています。スペルミジンはオートファジーを刺激する作用があります。細胞のオートファジーを促進すると、老化した細胞成分や細胞内小器官を若返らせる効果があります。がん、神経変性、心血管疾患などの加齢に伴う状態は、有毒な物質の細胞内蓄積に直接関係しており、オートファジーによるその除去は、加齢性疾患の発症を抑制します。
スペルミジンの組織濃度は年齢依存的に低下します。これは、オートファジーの減少を意味し、加齢性疾患の発症を促進する可能性があります。
100歳以上の超長寿の人はポリアミンの低下が少ないという報告があります。つまり、ポリアミンの体内量を若い人のレベルに維持できる人が長寿を達成できることを示唆します。
【スペルミジンは認知機能を良くする】
スペルミジンが認知症を予防することが指摘されています。以下のような研究があります。
Spermidine in dementia:Relation to age and memory performance(認知症におけるスペルミジン:年齢と記憶能力との関係)Wien Klin Wochenschr. 2020; 132(1): 42–46.
スペルミジンがオートファジーによってアミロイドベータプラークを溶解するプロセスを誘導する能力を持っていることが報告されています。そこで、この研究では、認知機能と体内のスペルミジン濃度の関連を検討しています。
オーストリアのシュタイアーマルク州の6つのナーシングホームで60〜96歳の80人の被験者に対して記憶力テストが実施され、スペルミジン濃度を測定するために血液サンプルが採取されました。
その結果、スペルミジン濃度が高いほど記憶能力検査のスコアが高いことが示されました。つまり、血中スペルミジン濃度の低下は、記憶力の低下と相関するという結果です。
したがって、サプリメントなどによるスペルミジンの補充は、記憶力や認知機能を向上させ、アルツハイマー病や認知症の治療に対する有効性が示唆されるということです。そこで、この研究グループはスペルミジンをサプリメントで補う臨床試験を実施しています。
The positive effect of spermidine in older adults suffering from dementia.(認知症の高齢者におけるスペルミジンのプラスの効果)Wien Klin Wochenschr. 2021; 133(9): 484–491.
この研究は、高齢者の認知能力に対するスペルミジンの経口補給の効果に焦点を当てた多施設二重盲検予備研究です。スペルミジンをサプリメントで投与すると記憶力が向上することを明らかにしています。
アルツハイマー病は老年性認知症の原因としては最も頻度が高い神経変性疾患です。アルツハイマー病の脳の病理所見で最も特徴的なのが「老人班」です。この老人班はアミロイドβペプチド(Aβ)の蓄積から構成されています。Aβはアミロイド前駆体たんぱく質(APP)から酵素(βおよびγセクレターゼ)によって切断されて産生される38〜43アミノ酸からなるペプチドです。
脳内のAβの濃度はAβの産生と除去(クリアランス)のバランスによって決定され、そのバランスが破綻することによって脳内Aβが増加し、Aβの蓄積・凝集によって神経細胞障害が引き起こされ、最終的にアルツハイマー病が発症します。アルツハイマー病では脳組織内にアミロイドβたんぱく質の凝集塊が蓄積することによって神経細胞内で炎症反応が起こって、細胞死が引き起こされます。
スペルミジンはオートファジーを促進し、アミロイドβプラークを分解します。つまり、スペルミジンはオートファジーを促進するメカニズムで神経細胞内のアミロイドβの除去を促進し、炎症反応を阻止し、アルツハイマー病の発症や進行の防止に有用である可能性があるということです。
図:脳組織にアミロイドβタンパク質(①)が蓄積すると、神経細胞が細胞死を起こして脳が萎縮し認知症(アルツハイマー型認知症)になる(②)。スペルミジンはオートファジーを亢進し(③)、アミロイドβタンパク質の蓄積を阻止する(④)。スペルミジンは抗炎症・抗酸化作用、ミトコンドリア機能亢進、核酸やタンパク質の合成亢進などの効果もある(⑤)。これらの作用によって、スペルミジンはアルツハイマー病の発症を予防し、抗老化と寿命延長効果を発揮する。
【高齢者はスペルミジンのサプリメントでの補充が有効】
ポリアミンの分子量は250以下で、低分子のアミノ酸と同程度なので、小腸から効率よく吸収され、血中に移行して生体内で効率良く利用されます。また、スペルミジンやスペルミンを分解する酵素は腸内には無いため、大部分がそのままの形で腸管から吸収され、全身の組織や臓器に分布される事がわかっています。
スペルミジンの体内での合成量は加齢とともに低下します。スペルミジンの多い納豆、味噌、チーズ、鶏のレバー、マッシュルーム、マンゴー、ドリアンなどを多く食べることは有効です。さらにサプリメントでの補充も有効です。
スペルミジンは多くの食品に含まれています。通常の食事で1日に10mgから20mg程度を摂取しています。体内でも合成されますが、老化とともに合成量は減少します。
認知症が気になる高齢者は1日100mg程度のスペルミジンをサプリメントで補給することは、認知症の予防に有効です。心臓疾患の発症を予防し、寿命を延ばす効果も期待できます。髪の毛や爪の成長促進や艶を高めるので、美容にも有効です。