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13)黄耆(オウギ)の抗老化作用(その2):黄耆はテロメラーゼを活性化する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術13

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【正常細胞は分裂できる回数に限界がある】

 ヒトの正常細胞の分裂回数は50回程度が限界と言われています。
1960年代にアメリカの生物学者レオナルド・ヘイフリック(Leonard Hayflick)は、培養した正常細胞の分裂回数には限界があることを発見しました。人間の胎児から取り出した線維芽細胞を培養すると次第に分裂の速度が落ちて、約50回の分裂回数が限界で、いくら栄養物質や増殖を促進する物質を加えても分裂することはできずに最後は死んでしまいます。

一方、成人の人間から取り出した線維芽細胞の分裂できる回数はその年齢に応じて減少していることも明らかになっています。すなわち、細胞の中には細胞の分裂した回数をきちんと数える装置があって、ある回数を過ぎると細胞は死を向かえるプログラムが働き出すのです。
このように、正常な細胞が分裂できる回数には限界があることを「ヘイフリックの限界(Hayflick Limit)」と言います。ヒトの正常細胞の分裂回数は約50回が限界ということで、それ以上は分裂できないので、寿命があるということになります。

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図:ヘイフリックの実験。赤ん坊や成人や老人の皮膚から線維芽細胞を採取してシャーレで培養すると、年齢が若い個体から採取した細胞ほど多く分裂できる。赤ん坊の細胞の方が老人より多く分裂できるが、赤ん坊の細胞もやがて細胞分裂を停止して死滅する。細胞の分裂回数はヒトの場合は約50回が限界で、これ以上は分裂できない。これをヘイフリック限界という。


【細胞分裂するたびにDNAのテロメアが短くなる】

 細胞の中には細胞の分裂した回数をきちんと数える装置があって、ある回数を過ぎると細胞は分裂できなくなります。細胞の分裂回数に限界を設けているのがテロメアです。
染色体DNAの末端部分にはTTAGGGという配列が多数繰り返された構造がみつかりテロメアと名付けられました。この6塩基のリピート部分には遺伝情報が入っていないので、なくなっても遺伝子の発現には問題ない部分です。

しかし、テロメアが無くなると細胞はDNAの複製ができなくなります。
DNAは2本の鎖状で、それぞれの鎖を鋳型にして新しいDNA鎖を合成します。新しい鎖を作るとき、DNAポリメラーゼという酵素が鋳型のDNA上を移動しながら、新生DNAを作ります。
この酵素が鋳型のDNAに結合するためには、まずプライマーとよばれるRNAが鋳型のDNAの末端に結合する必要があります。

DNAポリメラーゼはRNAプライマーに結合し、そこから新生DNAの合成を開始します。その際、プライマーが結合した鋳型DNAの末端部は複製されません。そのため、細胞分裂でDNAを複製するたびに、染色体のDNA末端は少しづつ切れて短くなっていきます。
短くなっても問題ないように、最初から遺伝情報とは関係なく必要のないDNA配列(TTAGGGの繰り返し配列)がテロメアとして存在しているのです。
しかし、テロメアの長さに限界があるので、いずれはテロメアが無くなると、もはや細胞分裂ができなくなります。

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図:染色体の末端にはテロメアという構造があり(①)、この部分のDNAはTTAGGGという配列が多数繰り返されている(②)。細胞分裂するたびに、このテロメア部分のDNAは短くなり(③)、テロメアが無くなった時点で、細胞はそれ以上に分裂することができなくなる(④)。


つまり、テロメアとは「命の回数券」のようなものであり、分裂する度に回数券を一枚づつちぎって使い、やがて使い切ってしまうと細胞の寿命がくるというわけです。
ちなみに生殖細胞や幹細胞(骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞のように細胞回転が早い細胞を供給している細胞)やがん細胞のように無限に分裂できる細胞もありますが、これはテロメアを延ばすことができるテロメラーゼという酵素が働いて、テロメアの長さを維持しているからです。普通の細胞にはテロメラーゼ活性はほとんどありません。

抗老化の研究分野では、テロメラーゼの活性を高めて幹細胞の分裂能を高め、組織や臓器の老化による機能低下を抑制することを目的にした治療法が研究されています。
一方、がん治療の領域では、がん細胞のテロメラーゼ活性を阻害できれば、がん細胞の無限の増殖能を阻止できます。


【がん細胞ではテロメラーゼ活性が亢進している】

 細胞が分裂して増殖するには自身のDNAを複製する必要があります。
このDNAポリメラーゼによるDNA複製の仕組みではDNA鎖の両端(テロメアDNA)が完全には複製されず、徐々に失われていきます。これを末端複製問題(end replication problem)といいます。通常、1回の細胞分裂で、テロメアから50から100塩基分が失われてテロメアが短縮していきます。

テロメアの短縮が限界に達すると、細胞はもはや分裂することが出来なくなります。
多くのがん細胞ではテロメラーゼ(telomerase)と呼ばれるテロメア合成酵素が活性化しており、この酵素の働きによってテロメアが安定に維持されます。
通常であれば、細胞分裂するたびにテロメアが短縮するのですが、がん細胞ではテロメラーゼ活性を亢進して、テロメアを再生して短縮を阻止しています。がん細胞が無限に分裂出来るのはこのためです。
生殖細胞(卵子や精子)や組織幹細胞もテロメラーゼ活性があり、無限に増殖できます。

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図:染色体DNAの末端部分にはTTAGGGという配列が多数繰り返されたテロメアという構造が存在する(①)。正常細胞では細胞分裂のたびにテロメアが短縮し(②)、その短縮が限界に達するとDNAの複製ができなくなり、細胞はもはや分裂することが出来ず、細胞死を引き起こす(③)。多くのがん細胞や生殖細胞(卵子や精子)や組織幹細胞ではテロメラーゼの発現と活性が亢進しておりテロメアを再生できる(④)。その結果、これらの細胞は無限の細胞分裂能(不死化)を獲得している(⑤)。


テロメラーゼ(telomerase)はテロメアの末端にTTAGGGのリピート配列を付加することで染色体DNAの末端を維持する酵素です。
テロメラーゼは逆転写酵素活性を持つヒト・テロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase :TERT)と、テロメアリピートの鋳型として機能するRNA要素(テロメラーゼRNA要素:TERC)から構成されます。

テロメラーゼRNA要素(telomerase RNA component: TERC)はテロメラーゼによるテロメアの複製(逆転写)の際の鋳型として機能します。脊椎動物型TERC配列の50位付近に存在するCCCUAA配列が鋳型として機能します。

テロメラーゼ活性が低い細胞は、一般に細胞分裂ごとにテロメアの短縮が進み、やがてヘイフリック限界と呼ばれる細胞分裂の停止が起きます。
テロメラーゼは、ヒトでは生殖細胞・幹細胞・がん細胞などでの活性が認められ、それらの細胞が分裂を継続できる性質に関与しています。

このことから、テロメラーゼ活性を抑制することによるがん治療法となり、活性を高めることは細胞の分裂寿命の延長による抗老化療法となります。

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図:ヒト・テロメラーゼ複合体はヒト・テロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase :TERT)とテロメラーゼRNA要素(telomerase RNA component :TERC)、dyskerin、リボヌクレオプロテイン(GAR1, NHP2, NOP10)から構成される。テロメラーゼRNA要素(TERC)がRNAテンプレートとなってテロメラーゼ逆転写酵素(TERT)がテロメアの末端にDNAヌクレオチドを追加してテロメアを伸長する。シェルテリン複合体(Shelterin complex)はテロメアを保護し、テロメラーゼ活性を制御する。シェルテリン複合体は、TRF1(telomere repeat binding factor 1)、 TRF2(telomere repeat binding factor 2)、RAP1(repressor/activator protein 1)、POT1(protection of telomere 1)、 TIN2(TRF1- and TRF2-interacting nuclear protein 2)、TPP1(ACD shelterin complex subunit and telomerase recruitment factorの6つのサブユニットから構成される。


【黄蓍(オウギ)はテロメラーゼを活性化して細胞を若返らせる】

 黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根で、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。体表の新陳代謝や血液循環を促進し、皮膚の栄養状態を改善する効果や、細胞の代謝機能を増強し、再生肝におけるDNA合成を促進します。マクロファージやリンパ球を活性化して、細胞性免疫や抗体産生を高める効果もあります。

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図:マメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根を乾燥して刻んだ生薬を黄耆という。黄耆には様々な種類のトリテルペン・サポニンや多糖類を含み、多彩な薬理作用を示す。


漢方では生命エネルギーを「気」という概念で現し、気の量に不足を生じた状態を気虚(ききょ)といいます。気虚とは生命体としての活力である生命エネルギーの低下した状態であり、新陳代謝の低下・諸々の臓器機能の低下・抵抗力の低下した状態です。元気がない・疲れやすい・食欲がない、手足がだるいなどの症状が出てきます。

黄耆は気を補って気虚を改善する補気薬の代表です。漢方治療で高麗人参と並んで極めて使用頻度と有用性の高い生薬です。漢方で人参と並んで滋養強壮薬の代表のオウギ(黄耆)は欧米でもアストラガルス(Astragalus)と呼ばれてサプリメントとして人気があります。

この黄耆から精製されたTA-65という成分が、テロメラーゼの活性を亢進してテロメアを伸ばす作用が報告されています。TA-65の本体はシクロアストラゲノール(Cycloastragenol)という成分です。このTA-65をマウスの餌に補給すると、がんの発生率を高めることなく、正常細胞のテロラーゼ活性を刺激してテロメアの長さを伸ばすという報告があります(以下の論文)。

The telomerase activator TA-65 elongates short telomeres and increases health span of adult/old mice without increasing cancer incidence. Aging Cell. 10(4): 604–621.(2011)

このタイトルの日本語訳は「テロメラーゼ活性化因子TA-65は短いテロメアを伸長し、がんの発生率を増加させることなく、成体/老齢マウスの健康期間を延長する」となります。
このTA-65という成分は米国ではサプリメントとして販売されています。

漢方的発想では、黄耆に含まれるある単一の活性成分をカプセルに入れて飲むより、黄耆そのもの、あるいは他の生薬と組み合せて煎じ薬(漢方薬)として摂取するのが良いように思います。黄耆には、シクロアストロゲノール以外にも、様々なサポニン成分や多糖類など健康作用のある活性成分が多く含まれるからです。

前回(12話)、黄耆に含まれるアストロガロシドIIとイソアストロガロシド Iが、脂肪組織からのアディポネクチンの産生を高める作用を有することを紹介しました。アディポネクチンは肝臓や筋肉細胞の受容体に作用してAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化し、インスリン抵抗性を改善し、動脈硬化や糖尿病を防ぐ作用、抗老化と寿命延長効果を発揮します。

アストロガロシドIIとイソアストロガロシド Iとシクロアストロゲノールはいずれもサポニンという成分です。サポニンというのは、本来は、水に混ぜて振ると石けんのように持続性の泡を生ずる化合物群に付けられた名称です。サポニンの名前は泡を意味する「シャボン(サボン)」に由来します。サポニンが泡立つのは、界面活性剤としての性質を持つからです。

サポニンは構造的にはトリテルペンやステロイドに糖が結合した配糖体の一種です。糖の部分は水酸基が多く親水性であるのに対して、非糖部(トリテルペンやステロイド)は疎水性の性質を持ちます。つまり、同じ分子内に親水性と疎水性という両極端な性質をもった部分構造が共存していることになり、この構造的特徴が緩和な界面活性様作用をもたらします。

高麗人参や黄耆にはサポニンが多く含まれ、それらの薬効の重要な活性成分となっています。漢方治療では高麗人参と黄耆を組み合わせた処方が多く使われています。このような漢方薬を日頃から服用しておくと、体力と免疫力を高め、老化を遅らせ、健康寿命を延ばす効果が期待できます。


体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

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