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111)腸内細菌と運動(その1):腸内細菌が運動の動機づけに影響する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術111

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【適度な運動は体の治癒力を高める】

身体活動(Physical activity)というのは、骨格筋を使う全ての動き、あるいは、安静にしている状態よりも多くのエネルギーを消費する全ての動作を指します。
 
身体活動は大きく4つに分類されます。職業によるもの(仕事に伴う活動)、家事によるもの(家庭内での活動)、移動によるもの(通勤や通学するための活動)、余暇時間によるもの(スポーツや楽しみのために行われた活動)に分けられます。
 
また、運動量の程度によって、軽度、中等度、強度などと分けられます。例えば、家事は軽度な身体活動で、速歩は中等度の身体活動で、ランニングは強度な身体活動に分類されます。

適度な運動は心身両面から体の治癒力を高めて病気を予防します。適度な運動は様々な方法で治癒系の働きを活発化します。血液の循環を良くし、体の代謝を盛んにし、気分を爽快にしてストレスを緩和し、リラクセーションと快適な睡眠により体の治癒力を向上します。適度な運動によって、ナチュラルキラー細胞活性の上昇など免疫機能が高められることも報告されています。 
 
動物が繰り返しストレスを受け、そのストレスを吐き出す身体的なはけ口が与えられないと、体の状態がどんどん悪化します。しかし、動物がストレスを受けても、体の運動ができる場合には、ダメージを受ける量は最小限ですむという研究があります。
 
運動がストレスの適当なはけ口になると免疫力を高めることにもつながります。つまり、規則的に体を動かすことは、ストレスの結果おこる生理的産物をうまく吐き出させるための手段として、一番適当な方法であり、体の自然治癒力や防御能を刺激する作用があります。 

運動には、身体的な利点と同時に、大きな心理的変化も起こすことがあります。規則的に運動している人は、運動していない人に比べて、考え方が柔軟になりやすく、自己充足感が高く、抑うつ感情も軽減します。

抑うつ感情は健康維持に悪い影響を与えるため、規則的な運動によって抑うつ状態から抜け出すことは、心身を健全な状態にもっていき、免疫力にも良い影響を与えます。 

運動は様々なメカニズムで体に良い影響を与え、生活習慣病を予防し、がんの発生や再発を予防する効果もあります。


図:運動は多彩なメカニズムによって、多くの病気を予防し、健康寿命を延ばす。



【身体活動不足は死亡に対する主要な危険因子になっている】

世界の全死亡数の約9%は身体活動不足が原因で、その影響の大きさは肥満や喫煙に匹敵すると言われています。(Lancet. 2012 Jul 21; 380 (9838): 219-29. )
 
運動不足は心臓の冠動脈疾患や2型糖尿病や乳がんや大腸がんのリスクを高めるからです。身体活動の不足(physical inactivity)は、冠動脈疾患の6%、2型糖尿病の7%、乳がんの10%、大腸がんの10%の原因になっていると推定しています。2008年の全世界の死亡者数5700万人のうち530万人(約9%)の死亡の原因に身体活動の不足が関与していると推定しています。したがって、もっと身体活動を増やすべきだと提言しています。
 
WHO(世界保健機関)は、高血圧(13%)、喫煙(9%)、高血糖(6%)に次いで、身体活動不足(6%)を全世界の死亡に対する危険因子の第4 位として位置づけています。



【腸内細菌が運動意欲を促進する】

前述のように、日常的な身体活動が慢性疾患のリスクを下げ、認知機能を向上させ、総死亡率を低下させることは多くの研究により立証されています。運動が健康に良いということに疑う余地がないのに、運動が嫌いな人は多くいます。

運動嫌いは「運動に対する意欲の欠如」という精神機能(脳)の問題と一般に考えられています。しかし最近、長時間の運動に対する意欲の向上は、脳だけではなく、腸内細菌の関与も大きいことが指摘されています。
 
腸と脳(中枢神経系)の間には双方向の相互作用が存在することは古くから認識されています。これを「腸脳軸」と言います。例えば、精神的ストレスが胃腸の運動や消化速度に影響を与え、下痢などの胃腸症状を引き起こすことは多くの人が経験します。

さらに、腸内微生物叢の組成の変化は、不安、うつ病、自閉症、パーキンソン病、アルツハイマー病など、さまざまな神経障害の病因と関連している可能性が指摘されています。

腸と脳の間の双方向の相互作用において腸内微生物叢が重要な関与をしていることが明らかになっています。腸内細菌叢の組成や量を変えるプロバイオティクスやプレバイオティクスを使用することによって、腸脳軸の調節を介して「心を変える」こともできると考えられています。
 
腸内細菌が感覚ニューロンを活性化する分子を産生し、運動に関連した脳内の報酬系の神経回路を刺激することが、マウスで発見されました。腸内細菌が運動に対する意欲に影響を与えるということです。以下のような論文があります。

A microbiome-dependent gut-brain pathway regulates motivation for exercise.(腸内細菌叢依存の腸脳経路が運動の動機を調節する)Nature. 2022 Dec;612(7941):739-747.

【要旨の抜粋】
運動は、健康的な生理機能のために幅広い有益な効果を発揮する。しかし、個人が運動を行う動機を調節するメカニズムは、十分には理解されていない。運動によって引き起こされる脳の神経化学的変化は、長時間の身体活動から得られる快感を引き起こし、これが運動の動機付けの重要な要因となる。

この報告では、マウスの実験系において、身体活動中のドーパミンシグナル伝達を増強することによって運動パフォーマンスを向上させる腸と脳の連関の発見について報告する。

腸内におけるエンドカンナビノイド代謝産物の腸内細菌依存性の産生が、TRPV1を発現する感覚ニューロンの活動を刺激し、それによって運動中の腹側線条体のドーパミンレベルを上昇させることを明らかにした。

この経路の刺激はランニングのパフォーマンスを向上させるが、腸内細菌叢の枯渇、末梢エンドカンナビノイド受容体の阻害、脊髄の求心性ニューロンの除去、またはドーパミン遮断は運動能力を無効にする。これらの発見は、運動を行う動機が腸内細菌の影響を受けていることを示しており、運動パフォーマンスの個人差が腸内細菌叢に依存する可能性を示唆している。つまり、腸内細菌由来の分子が、運動の動機を高める可能性があることを示唆している。
 
 
つまり、腸内細菌が産生するエンドカンナビノイド代謝産物が、運動に関連した脳内の報酬系の神経回路を刺激することことによって、運動に対する意欲を高める可能性を指摘しています。



【体は快感を高める物質を産生して苦痛を軽減している】

強い痛みやストレスを受けると、生体はその苦痛を和らげるような作用をもつ物質を生成することが知られています。そのような物質の代表がベータ・エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドです。これらは鎮痛作用や快感をもたらすので脳内麻薬とも言われます。医療で使われるモルヒネなどのオピオイド鎮痛剤は、内因性オピオイドが結合するオピオイド受容体に作用して、鎮痛効果を発揮します。
 
ベータ・エンドルフィンは強力な鎮痛作用があり、女性が出産する際には、この物質が分泌されて痛みをやわらげると言われています。
 
マラソンなどで長時間走り続けると、最初は苦痛に感じていても次第に快感を得るようになるという「ランナーズハイ」は、ベータ・エンドルフィンの分泌によると言われています。そのため、ジョギングが病みつきになると言われています。肉体的な痛みや疲労が高まると、脳の下垂体部分からベータ・エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑えるのですが、同時に快感を与えるのです。
 
内因性オピオイドと同様に苦痛を和らげる体内物質が内因性カンナビノイド(エンドカンナビノイド)です。大麻に含まれる薬効成分のΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が作用する受容体として発見されたカンナビノイド受容体のCB1とCB2は様々な組織に発現しています。 
 
さらにCB1とCB2の内因性のリガンド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロールなど)や内因性リガンドの合成酵素や分解酵素などによって「内因性カンナビノイド・システム」を構築して、多様な生理作用に関わっています。

私たちは生きていく上でさまざまな欲求を持っていますが、中でも重要だとされているのが一般的に「食欲」「睡眠欲」「性欲」のことを指す「三大欲求」です。この人間の三大欲求の制御に最も関与しているのが、内因性カンナビノイド・システムです。
 
この内因性カンナビノイド・システムは、幸福感を高め、うつ症状や不安症状を軽減する働きもあります。内因性カンナビノイド・システムを活性化すると幸福感を高めることができます。
 
大麻が病気の治療に役立つ最大の理由は、大麻成分が内因性カンナビノイド・システムに作用するからです。大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノールはカンナビノイド受容体の鍵穴に合う偽鍵のようなもので、内因性カンナビノイドと同じようにカンナビノイド受容体のCB1とCB2に結合してシグナルを伝達します。
 
Δ9-THCがエイズや進行がんの患者の食欲増進や体重増加の作用を発揮するのは、CB1とCB2に作用するからです。
 
さて、前述のNatureの論文では「腸内におけるエンドカンナビノイド代謝産物の腸内細菌依存性の産生が、TRPV1を発現する感覚ニューロンの活動を刺激し、それによって運動中の腹側線条体のドーパミンレベルを上昇させる」と言っています。

TRPV1はエンドカンアビノイド(内因性カンナビノイド)の受容体の一つで、Ca透過性の陽イオンチャネルの一種です。腸内細菌がエンドカンナビノイド(内因性カンナビノイド)システムを介して脳内報酬系を刺激することが運動の動機づけになるということです。



【脳の一部を刺激すると快感を得られる】

前述の論文では、運動に対する意欲を高める脳内報酬系を刺激する物質を腸内細菌が産生している可能性を指摘しています。そこで脳内報酬系について説明します。
 
人間を含めて動物は「気持ちがよい」とか「快感」を求めることが行動の重要な動機になります。
運動の動機づけも同じです。運動をすると「リフレッシュする」とか「爽快感を得る」という快感も、運動の動機づけとして重要です。
 
ラットの脳のある部分に電極を差し込み、レバーを押すと脳に電流が流れるような仕組みを作って実験すると、ある部位に電極があると、ラットは猛烈なスピードでレバーを押すことが見つかり、その電極が刺激した脳内の部位が「快楽の中枢」と考えられました。

このような実験から、脳内に非常に強い快感を呼び起こす仕組みがあることが明らかになり、これが脳内報酬系の発見となりました。
 
脳内報酬系は、人や動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感の感覚を与える神経系です。
腹側被蓋野から側坐核、および、前頭前野などに投射されているA10神経系(中脳皮質ドーパミン作動性神経系)と呼ばれる神経系が脳の快楽を誘導する「脳内報酬系」のメインの経路となっています(下図)。


図:中脳の腹側被蓋野にはA10細胞集団と呼ばれるドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つ(報酬系)に属する神経核で、腹側被蓋野のドパミン投射を受け、前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。
 
 

A10神経系で主要な役割を果たす神経伝達物質がドーパミンです。ドーパミンはアミノ酸のチロシンから作られるアミンの一種で、人間の脳機能を活発化させ、快感を作り出し、意欲的な活動を作り出す神経伝達物質です。A10神経系が刺激されると、ドーパミンが放出され、脳内に心地良い感情が生ずると考えられています。 
 
この神経系に電極を埋め込んで電気刺激をすると、ラットは盛んにレバーを押して電気刺激を求めます。この神経系が活性化すると快感を感じるからです。


図:ラットの脳に電極を埋め込んで、ラットが自分でレバーを押すと電気刺激が起こって電極のある部位の脳を刺激する装置を使った実験を脳内自己刺激という。電極が脳内報酬系を刺激する部位に電極があるとラットはレバーを押し続ける。特に、腹側被蓋野と側坐核を結ぶ内側前脳束に電極を埋め込むと、ラットは猛烈な勢いでレバーを押すようになる。
 
 

この脳内報酬系システムは、正常な快感(食事やセックスなどによる)とともに、麻薬や覚せい剤のような薬物による快感や、そのような薬物への依存の形成にも関わることが知られています。

脳内報酬系においてドーパミン放出を促進し快感を生じると、それが条件付け刺激になって依存症や中毒という状態になります。
コカインのような覚せい剤やモルヒネなどの麻薬のように依存性をもつ物質は、ドーパミン神経系(脳内報酬系)を賦活します。
脳内報酬系を活性化するメカニズムは薬によって異なります。

GABA(γアミノ酪酸)作動性ニューロンは脳内報酬系のドーパミンの放出を抑制していますが、モルヒネはGABA作動性ニューロンからのGABAの放出を抑制してドーパミンの産生を増やします。GABA作動性ニューロンを抑制すると中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン分泌が促進されて快感が増強することになります。

アルコールもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します。
ニコチンは興奮性伝達物質のグルタミン酸の腹側被蓋核への分泌を促進してドーパミンの放出を増やします。
 
腸内細菌叢が運動への意欲を高めるメカニズムは、内因性カンナビノイドと脳内報酬系を介して、一種の中毒(運動中毒)の症状を引き起こしているのかもしれません。ただし、運動中毒(運動が病みつきになる)の場合は、薬物中毒とは異なり、むしろ健康増進に役立つと言えます。


図:中脳の腹側被蓋野にはドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つで、腹側被蓋野のドーパミン投射を受け、大脳皮質の前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。モルヒネ、コカイン、ヘロイン、アルコール、ニコチン、カフェイン、THC(テトラヒドロカンナビノール)などの依存性を生じる薬物は幾つかのメカニズムで脳内報酬系のドーパミン放出を増強して快感を高める。腸内細菌依存性の内因性カンナビノイド代謝産物が脳内報酬系に作用して運動への意欲を高めている可能性が報告されている。

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