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離婚裁判百選⑮番外編アプリを通じて既婚を秘匿すると不法行為となるのか

0 はじめに

不倫裁判百選(実際には112選くらい)では、不貞行為について主に、離婚裁判百選では、離婚にまつわる裁判例を検討しています。

今回は、既婚であることを秘匿され、偽わられた、しかし図らずも不貞行為をしてしまった、不貞行為に加担することになってしまった被害者(しかし配偶者に対しては図らずとも加害者)は、既婚であることを秘匿していた側に何か請求ができるのか。結論、できます。

1 106万円の支払いを認めた裁判例

東京地方裁判所において令和3年5月31日に出された裁判例は、被告が既婚者であるにもかかわらず、未婚者を装って原告と長期間にわたり性的関係を伴う交際を続けるなどし,原告の人格権を侵害したとして,不法行為に基づき570万円の損害賠償を求めています。

2 前提事実

‥(前略)‥当事者らの交際状況
 原告と被告は,平成31年1月頃,○○といういわゆるマッチングアプリ(乙1。以下「本件アプリ」という。)を介して知り合い,同年2月11日から交際を開始した。当時,原告は独身であり,他方,被告は既婚者であった(乙3)。
 原告と被告は,同日を含め令和元年6月7日までの間,原告宅において10回以上にわたり性交渉に及び,この間,避妊はしていなかった(原告)
 被告は,同月25日以降,原告との唯一の連絡手段であったLINEの原告からのメッセージに応答しなくなった。原告は,同年7月1日に妊娠が判明したこともあって(甲16),原告訴訟代理人らに相談し,同月11日,原告訴訟代理人らにおいてLINEで被告に連絡をした(甲3)。その後,原告は,同年8月13日,自然流産の診断を受けた(甲5)‥(中略)‥

被害者は、既婚であることを秘匿されていたので、複数回の不貞行為に及んでしまった事例です。

争点についての当事者の主張
  (1) 争点(1)(不法行為の成否及び損害)について
 〔原告の主張〕
   ア 不法行為の成否

 被告は,平成31年1月頃に本件アプリで原告と知り合った後,同年2月11日の交際開始に至るまで,原告に対し,今までの交際相手と結婚の話になったことはあるが,これまで一度も結婚したことはないと述べるなどし,未婚者であるかのように振る舞った本件アプリは,独身者が交際相手を探すことを前提としたものであり,当時,被告のプロフィールに既婚であるとの登録はされていなかった。本件アプリのプロフィールは,自由に設定を変更することができ,被告は,本件訴え提起後,自身のプロフィールに既婚である旨の表示をしたものと考えられる。
 原告は,被告の上記言動や本件アプリの上記性質により,被告が未婚者であるものと誤信して,同年2月11日に交際を開始し,同日を含め令和元年6月7日までの間,10回以上にわたり性交渉に及んだ。この間,被告が避妊具の使用を拒んだことから,避妊はしていなかった。
 原被告間の連絡手段は唯一LINEのみであったところ,被告は,同月25日以降,原告が送ったLINEのメッセージを未読のまま放置し,原告からの連絡を拒絶した。原告は,突然被告と連絡を取ることができなくなった上,同年7月1日に妊娠が判明し,不眠,抑うつ等の症状を生じた。

〔被告の主張〕
  ア 不法行為の成否について
 被告は,本件アプリのプロフィールに既婚である旨を登録しており,また,婚姻歴がない旨を述べたことはない。この点に鑑みると,原告も,被告が既婚者であることを前提として被告と交際していたはずである。
 性交渉に関し,被告の方から避妊具の使用を提案したが,原告に拒否
された。被告が令和元年6月25日以降に原告から送られたLINEのメッセージに返信しなかったのは,体調不良のために応答することができなかったのであり,原告からの連絡を拒絶したわけではない。

連絡も途絶えていたようですが、被告としては体調不良と抗弁し、さらにアプリでも既婚に切り替えたと主張しています。

3 裁判所の判断

 1 争点(1)(不法行為の成否及び損害)について
  (1) 不法行為の成否について

   ア 本件アプリの性質及び被告が原告に送信したLINEのメッセージ
 本件アプリは,その宣伝文言に「優れた1タップ登録システムで,あっという間に素敵な独身相手を近くから探すことが可能。」という一文が掲げられていることから(乙1),独身者を主要なユーザーとして想定したものということができる。被告は,このような性質の本件アプリを使用して知り合った原告に対し,性交渉を含む交際をしていた間,①令和元年5月11日のLINEのメッセージにおいて,「なにより(愛し合っているから大丈夫)という当たり前のことで安堵できるしそれだけで信じられる。」と述べ,②同月12日のLINEのメッセージにおいて,「付き合った瞬間からぼくにとってXさんは誰よりも信じられる人です。」,「セックス(愛し合う)をするのは好きな人とで信じられる人だけという思いからです。」と述べ,③同月13日のLINEのメッセージにおいて,「Xさんに対して好きと同じくらいの信頼を僕はもっています。」,「僕にとってはいま信じたいと思うかが重要で,それが好きに大きく関わっているのだと思います。とっても好きです」と述べた(甲21)。これらのメッセージは,被告が原告に対して真摯な愛情を抱き,原告とのみ性的関係を結んでいることを示唆するものといえる。
 加えて,被告は,平成31年3月30日頃,原告に対し,「時間制限というか,もちろん長時間一緒にいたいですが家に泊まり合うということはあまり好きではないんです。まず着替えたい。1人でひといきつく時間も必要。などなど。」という内容のLINEのメッセージを送信した(甲18)。同メッセージは,原被告間においてそれぞれの自宅に宿泊することが話題に上った際,被告が宿泊についての消極的意見を原告に伝えたものと推認される。被告は,上記消極的意見の理由として,着替えたいなど専ら自身の都合を挙げ,家族については一切触れていない。特に「1人でひといきつく時間も必要。」という文言は,被告が単身で起居していることを推察させるものといえる。
 以上のとおり,本件アプリの性質及び被告が原告に送信したLINEのメッセージの文言という客観的事実のみによっても,被告は,原告に対し,自身が独身であって,原告とのみ性的関係を結んでいるかのように振る舞っていたものと認められる。
   イ 自身の家族関係についての被告の説明
 原告は,平成31年2月11日の交際開始に先立ち,被告が既婚者であるか否か確認したところ,被告は,原告と知り合う以前,6年間交際していた女性と結婚の話になったことはあるが,何となくお互いの将来の可能性をつぶしてしまうのではないかと思い,2人でよく話し合って別れることとした,現在は独り身であり,実家からも離れているので1人で暮らしている旨を説明したと述べる(甲16,原告)。
 原告供述に係る被告の上記説明は,その内容自体において不合理な点はなく,前記アにおいて掲げたLINEのメッセージ及び被告が原告に対して令和元年5月13日に送信したLINEのメッセージ中の「土日は実家に行ってバタバタしていたので」との文言(甲21)とも整合する。
 したがって,被告は,自身の家族関係について,原告の上記供述のとおり説明したものと認められる。
   ウ 被告の不法行為の成否について
 前記第2の2(2)並びに前記ア及びイによれば,被告は,平成31年1月頃,独身者を主要なユーザーとして想定した本件アプリを使用して原告と知り合い,原告から既婚者であるか否か確認されたのに対し,実際には既婚者であるにもかかわらず,独身である旨の虚偽の事実を告げた上,その後も終始独身であるかのように振る舞い,令和元年6月7日までの間,10回以上にわたる避妊の措置を取らない性交渉を含む交際を続けたものである。このような被告の行為は,原告の人格権を侵害するものとして不法行為に当たるものというべきである。

4 若干の検討

 本件は、将来の婚姻の約束まではしていない事件です。これがあれば、慰謝料の金額はさらに伸ばすことができたのではないか。流産までをもって106万円の慰謝料は、肯否が分かれますが、未婚を登録の条件としているアプリを用いる行為だけでは、既婚であることを秘匿していたともみれないと判断していると思われることから、被告の供述も援用しています。図らずも不貞行為に及んでしまった被害者には、救済の道が残されている、むしろ積極的に損害を主張できる立場にあることを指摘することができます。とはいえ、判決文は、『以上のとおり,本件アプリの性質及び被告が原告に送信したLINEのメッセージの文言という客観的事実のみによっても,被告は,原告に対し,自身が独身であって,原告とのみ性的関係を結んでいるかのように振る舞っていたものと認められる。』とも述べています。LINEのメッセージは、図らずも不貞行為に及んでしまった被害者には、救済の道が残されている、むしろ積極的に損害を主張できる立場にあることを指摘することができます。とはいえ、判決文は、『以上のとおり,本件アプリの性質及び被告が原告に送信したLINEのメッセージの文言という客観的事実のみによっても,被告は,原告に対し,自身が独身であって,原告とのみ性的関係を結んでいるかのように振る舞っていたものと認められる。』とも述べています。僕は未婚です、と積極的に述べていなくても、不法行為になると判断されています。

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