見出し画像

不倫裁判百選93暴力があっても、妻が不貞に前のめりでも、旅行に行けば夫婦関係は破綻しない?

0 はじめに

 東京地方裁判所において令和元年 8月29日に出された判決は、婚姻関係の破綻が争点になっていましたが、被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成30年5月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払えと命じています。この事例では、原告と、不貞相手であるAとが離婚に至っていないにもかかわらず、220万円の高額を認容した事例です。

1 争点に対する当事者の主張

被告(男性)は原告(男性)のA(不貞相手)に対する暴力を主張し、対する原告は夫婦の円満性を主張しています。

 (1) 争点(1)(平成29年8月末時点における,原告とAとの間の婚姻関係破綻の有無)について
 (被告の主張)
 原告は,暴力が原因で複数回警察に通報され,その後,酒の飲み方について誓約したにもかかわらず,平成29年4月末,再度Aに対して暴力を振るった。その後,原告からAへ謝罪や再度の誓約があったことは認められず,かえって原告は同月末深夜にAが助けを求めて家出したこと自体を不貞行為だと疑っていた。そして,Aは原告からの度重なる暴力に耐えていたが,同月末,原告から再び暴力を受けたことを契機に,これ以上原告と夫婦関係を継続していくことは無理だと思うに至り,原告との婚姻関係継続の意思を失っていた。これらの事実を勘案すると,原告とAとの婚姻関係は,原告の度重なる暴力と無反省な態度により,遅くとも同年8月末時点において,完全に修復の見込みのない状態に立ち至っており,婚姻関係が破綻していたことは明らかである。
 (原告の主張)
 原告がAに暴力を振るったなど,本件不貞行為が行われた頃に原告とAの婚姻関係が破綻していた旨の被告の主張を裏付ける事実は存在しない。原告とAは円満な日常生活を送り,頻繁に旅行に出かけていた。また,Aが警察に対して通報した際の状況は深刻なものではなかった。これらからすれば,本件不貞行為が行われた頃,原告とAの婚姻関係は円満なものであり,破綻していなかった。

2 裁判所の判断
 裁判所は、婚姻関係が破綻しているとは認めませんでした。その理由に、被告とAが不貞行為に及んでいることと並行し、ある事実を重視しています。それは、ずばり原告と配偶者Aとが旅行に行っている事実です。

証拠(甲2ないし5,7ないし18,乙2,3の1ないし10,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
‥(中略)‥ (2) 平成29年4月末頃,深夜にAは被告に電話し,泣きながら「夫がお酒を飲んで暴れる」「そっちまで私が行くから,今すぐ会って相談にのってほしい」などと訴えた。それを受けて被告は被告の自宅近くのファミリーレストランで二十数年ぶりにAと会った。その際,被告に対し「5年ほど前から,夫がお酒を飲んだ際に暴力を振るうようになった」「警察に何回か通報したにもかかわらず,今日また,酔っぱらった夫から暴力を振るわれた」「これまでにも夫の暴力が原因で家を出たことがある」などと訴えた。もっとも,そのときAはけがをしていなかった。
  (3) その日から平成29年8月末までの間,Aは被告に月一,二回のペースで電話をかけ,被告に対し「本当はすぐにでも夫と別居,離婚したいけど,私はお金もないし働いてないからそれができなくて困っている」「夫が生理的に嫌だ」「以前,夫がうんちを漏らしたことがあり,下着が洗濯機にそのまま入れてあったことがあって,それから生理的に受け付けない,気持ち悪い」「8年ぐらい夫婦関係がない」「夫は優柔不断でのろまでとろい,もう頭が最高に悪い」などと話した。なお,このとき,被告は原告とAが同居していることを知っていた。
  (4) 平成29年8月末,被告が東京都港区内で写真展を開催したところ,Aが来場した。写真展終了後,被告はAから誘われて夕食に出かけた。夕食後,Aが被告に一緒にホテルに行くようにせがみ,被告もそれに応じて不貞行為に及んだ。
  (5) 平成29年9月末頃から,Aが電話で被告を誘い,被告がそれに応じる形で被告とAは不貞行為に及ぶようになった。不貞行為に及んだのは主に平日の日中であった。被告とAは,平成30年1月25日から翌26日にかけて,静岡県熱海市所在のホテルに宿泊したところ,この熱海への旅行費用は,被告の分までAが負担した。
  (6) 平成30年2月頃から,被告はAに対して別れ話をするようになった。同年6月頃になると,Aは被告に対して被告を罵倒,脅迫するような電話やメールをするようになった。
  (7) 原告は,平成29年11月頃にAの不倫を認識した。そして,平成30年5月14日,自宅を出て,Aと別居するに至った。その後,Aは2回ほど原告の勤務先近くまで出向き,原告に対して謝罪した。なお,現在まで,原告とAの離婚に向けた手続は行われていない。
  (8) 原告とAは,婚姻後別居するまでの間,朝食を一緒に取った後,平日は原告が仕事に行き,原告が仕事から帰ってくると基本的に一緒に夕食を取って晩酌をするという生活を送っていた。別々のベッドで寝ていたものの,寝室は一緒であった。また,1年に2回程度は旅行に出かけており,平成29年8月29日から同年9月3日にかけて,パラオ共和国に旅行に出かけた。さらに,平成29年9月22日には,Aの両親と共に,石川県に旅行に出かけた。
  (9) Aは,原告との晩酌中に原告と口論になり,それがエスカレートしてつかみ合い
になり,自宅から原告を警察に通報したことが二,三回あった。それらの際,警察官は,原告とAを引き離し,どちらかが警察署に来るように指示した。原告がそれに応じて警察署に行くと,警察官は,原告に対し,一晩泊まってアルコールを抜いて帰るように指示した。原告は翌朝には帰宅し,身柄を拘束されることはなかった‥(以下略)‥

ここまで読んでくると、婚姻関係は完全に破綻しているように思えます。A(不貞相手)は被告との不貞行為に前のめりでいるようです。これだけをもって、夫婦関係の破綻とはみることはできないでしょうが、口論に至る直前までは、旅行に複数回いっているようですね。これがあとあと効いてきます。


2 争点(1)(平成29年8月末時点における,原告とAとの間の婚姻関係破綻の有無)について
 上記認定事実によれば,平成29年4月末から同年8月末にかけて,Aが被告に対し,夫である原告の暴力について訴えると共に,原告に対する悪口や,原告を生理的に受け付けない旨,及び原告と別居する意思があることを述べていたこと,現にAは複数回原告を警察に通報したことが認められる。
 しかしながら,上記認定事実から推認できるAの気性の激しさに加え,Aは原告の暴力を訴えた際にけがをしていなかったこと,Aは晩酌中の出来事を理由に原告を警察に通報したにもかかわらず,原告とAはその後も晩酌を続けていたこと,Aの通報を受けた警察はいずれも事件性がないと判断しているものと解されること,Aが実際に家出をしたことや家出を現実的に検討していたことをうかがわせる的確な証拠がないことからすれば,Aの上記発言やAが原告を警察に通報した事実をもって原告がAに暴力を振るったことや平成29年8月末時点においてAが原告との婚姻関係継続の意思を失っていたととを認めることはできない。
 これらに加え,原告とAは平成29年8月当時同居しており,同一の寝室で寝起きし,基本的に朝食や夕食も一緒に取り,一緒に晩酌もしていたこと,一緒に海外旅行に行ったり,Aの両親と共に旅行をしたりしていたこと,原告が別居した後にはAがわざわざ原告の勤務先近くまで出向いて原告に謝罪していること等からすれば,同月末当時,原告とAとの間の婚姻関係が破綻していたと認めるととはできず,他にこのような事実を認めるに足りる証拠はない。

3 若干の検討

 夫婦関係破綻の判断は、たとえば暴力等の主張があれば当然に破綻しているようにも思いきや、裁判所は、かなり踏み込んだ判断をしています。

破綻していそうな事情、Aが前のめりで積極的に被告を誘い込んでいること、暴力事件に近いことがあったことを指摘しつつも、同居をしたうえで、直近に複数回旅行に出向いていること、さらにAが陳謝していること、この辺の事情を考えて、夫婦関係は破綻していないと判断しています。

夫婦関係は表面だけでは判断できないことの証左なのかもしれませんが、ある意味被告は、Aからしつこく誘われて、220万円の高額が認容されるのは納得がいかないかもしれません。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?