見出し画像

不倫判例百選㊳糖尿病って聞いてるし、セクハラでした

0 はじめに

彼は糖尿病なんですから、性的行為はもとよりできないって聞いています。
しかも、大学の先生である彼からは、性的な嫌がらせだったんです。それでも慰謝料を支払わないといけないんですか??

被告と被告の親しい人の間に不貞行為はあったのか。これはある種永遠のテーマでしょう。しかし、このテーマは万能ではなく、ある前提が崩れると、成立しないテーマでありましょう。糖尿病で、性交渉がもとよりできない主張はどう扱われていくでしょう?

1 当事者の主張から

東京地方裁判所において平成25年5月14日に出された判決では、性的不能の主張をであったとしても、ある種他の理由から、不法行為の成立を認めています。では、被告とAとの間に不貞行為があったかの争点について当事者の主張をみていきます。

ア 原告の主張
 被告は,Aが既婚者であり,その妻が原告であることを熟知しながら,Aを執拗に誘惑して密会を重ね,性的関係を持つ交際を続けたものであって,被告の行為の違法性は顕著であり,Aによるハラスメントなど皆無である。
 かかる被告の行為は,妻である原告に対する最大の侮辱行為であり,不法行為を構成するのは当然のこと,その執拗な態様は常軌を逸しており,極めて悪質である。こうした被告の真の意思は,オペラ界の重鎮であるAに巧みに取り入り,これを礎にして自己のオペラ界での活躍のための道筋をつけようとするところにあるものと思われる。
 なお,Aが糖尿病のため、あえて、被告との性交をなし得なかったことは事実であるが,被告とAは,キスやペッティング等の濃密な性的行為を繰り返したものであって,性交以外のかかる性的行為が不貞行為に当たり得ることは明らかである。

性交渉ができなかったとしても、性的行為以外のキスやペッティング等の濃密な「性行為」ではなく「性的行為」が、不法行為になると主張しています。

イ 被告の主張
 原告の主張を争う。
 被告とAの間には,性交やそれと同視できるような行為は全く存在せず,不貞行為が存在していたとは到底評価できない。
 また,Aが被告に対し,被告の太ももや尻,下腹部,胸等を触り,また,Aの腰や太ももをマッサージさせ,Aが被告に抱きつき,ベッドに被告を押し倒し,キスし,風呂場でAの背中を流させ,Aの陰部を手で触らせるということが複数回あったことは事実であるが,これらは,Aが,平成21年6月以降,c研修所の生徒であり,かつ,弟子であった被告に対し,その圧倒的に優越的な地位を利用して行った悪質な性的ハラスメント行為に他ならず,その被害者であった被告が不法行為責任を負うことはあり得ない。

不貞行為はなかったにせよ、Aが被告に対し,被告の太ももや尻,下腹部,胸等を触り,また,Aの腰や太ももをマッサージさせ,Aが被告に抱きつき,ベッドに被告を押し倒し,キスし,風呂場でAの背中を流させ,Aの陰部を手で触らせるということが複数回会ったことを認めています。認めないと、ハラスメントが成立している事例であることが立証できないからでしょう。ただ、慰謝料請求の被告自らが、性的行為は否認していても性行為類似行為の存在まで承認しているケースはまれでしょう。

2 事実関係の整理**

**

被告は,同年6月から,Aの個人レッスンを受けるようになったが,Aと被告は,同年晩秋ころには,携帯電話やメールで頻繁にやりとりをしたり,二人で食事に出かけたり,誘い合ってプールに行くなどするようになった(甲1,5,14,乙2,証人A,被告本人)。Aは,同年3月29日,被告の自宅マンションを訪れ,ベッドで被告にマッサージをしてもらった後,下着姿で被告と抱き合い,身体を触るなどしたが,持病の糖尿病を理由にして性的不能と言っており,性交には至らなかった(甲5,乙2,証人A)。
 被告は,同日午後11時33分,「楽しい時間を有難うございました。また隠れ家でゆっくりしてくださいね。今日もあたたかくして休んで下さい。おやすみなさい。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。
  (6) Aは,ソウルで行われるコンクールの審査員となっており,同年4月15日から同月25日までソウルに滞在することになっていた。被告は,同月24日にソウルを訪れるための航空券を同月5日に購入し,その旨,Aにメールで知らせた(甲1,5,14,証人A,被告本人)。
 被告は,ホテル等の宿泊先は確保しないままソウルに赴き,同月24日の夕方にAと合流したが,コンクールの見学はせず,翌25日の明け方までカジノで遊んだ後,Aの宿泊するホテルの部屋でチェックアウトまでの時間を過ごした(甲1,11,14,証人A,被告本人)。
  (7) 原告は,同年4月20日から同年5月3日まで,海外での演奏旅行のため不在であった(甲6)。
 被告は,Aの自宅の合い鍵を事前にAから受け取り,同月29日深夜0時過ぎにAの自宅を訪れた。Aと被告は,Aのベッドで愛撫をしたが,性交には至らなかった(甲1,14,証人A)。
 被告は,同日昼過ぎ,Aの自宅のマンションを出たところで伴奏ピアニストのCと会ったことにつき,「Cさんに会ってしまいましたが…大丈夫ですよね。」というメールをAに送信した(甲1,5,14)。
  (8) 被告は,同年5月8日,「今日も長い1日でしたね。お疲れ様でした。マッサージをさせてもらいに飛んで行きたいです。(私が,A先生にひっつきたいんですが。)小さなたまこが羨ましい…。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。
 また,被告は,同年6月16日には,「今朝,藤沢のDさんからご丁寧にファックスで姓名判断!?頂きました。大たまこはA先生が恋しい…です。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。
 なお,「たまこ」というのはAの飼い犬の名前であり,「大たまこ」は被告のことを指している(被告本人)。
  (9) 原告とAは,同年7月5日から7日まで,原告の教え子3人とともに,ソウル旅行に行くことになっていたところ,被告も同行した(証人A,原告本人,被告本人)。
  (10) 原告は,同月12日ころ,Aの自動車の後部座席に被告が忘れていった水着があるのを見つけ,Aを問い詰めたところ,Aは被告との不貞を白状し,被告からAに送信されたメールを原告に見せた。原告は激怒し,b会に事の次第をいうなどといってAを責めた(甲1,11,14,証人A,原告本人)。
 原告は,その数日後,Aに対し,原告が自宅から転居するための資金として1000万円を要求した。Aは,金策が上手くいかずに困り果てているという話を被告にしたところ,被告が500万円を用立ててくれることになり,同月19日に被告から500万円を受け取った。Aは,同月20日,被告に借用証を差し入れるとともに,被告が用立てた500万円を友人から借りたことにして原告に渡し,原告は,このうち少なくとも300万円を月末の支払に費消した(乙6,証人A,原告本人)。
  (11) 原告代理人は,同年8月18日付け内容証明郵便にて,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償700万円の支払等を求めた(甲2)。
  (12) 原告とAは,弟子のBが同年10月に購入したマンションに転居し,現在も同居している(甲9,原告本人)。
  (13) Aは,被告から借り入れた500万円について,平成22年11月から毎月10万円ずつ返済し,残金は平成25年1月時点で260万円となっている(証人A)。

原告の夫は、被告から500万円をかりて原告に支払っているようです。そのうえで、被告に対し700万円の支払いを請求しています。

3 裁判所の判断

2 争点1について
  (1) 被告は,Aと被告との間には,性交やそれと同視できるような行為は全く存在しないと主張する。
 確かに,Aは持病の糖尿病のため性的不能であったから(前記1(5)),Aと被告との間に性交がなかったことは認められる。
 しかしながら,Aと被告が性交に至らなかったとしても,Aと被告との間には,前記1(5)及び(7)に認定した行為が認められ,かかる行為は,Aの配偶者である原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するものと認められる。
  (2) ところで,被告は,Aが被告の身体を触ったり,被告がAの陰部を触ったりしたことは認めつつ(被告本人),かかる行為は,Aの被告に対する性的ハラスメントであると主張する。
 しかしながら,声楽界における各種オーディションやコンクール等の審査は複数の審査員による点数制で行われること(甲5,証人A)からすれば,被告がAの要求を断ったからといって,被告が声楽界で活動することが不可能あるいは著しく困難になるとは考えにくい。加えて,被告からAに送信されたメール(甲1,14)は,被告が自ら作成してAに送信したものであると認められるところ,かかるメールの内容等,本件に顕れた諸般の事情に照らせば,Aと被告が師弟の関係にあったことを考慮しても,上記行為がAの被告に対する性的ハラスメント行為であると認めるに足りないといわざるを得ない。

持病の糖尿病のため性的不能である以上、性的行為がなかったことを承認しています。しかし,Aと被告が性交に至らなかったとしても,Aと被告との間には,前記1(5)及び(7)に認定した行為が認められ,かかる行為は,Aの配偶者である原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するものと認められる。厳密な意味で性的行為ではなくても、慰謝料請求の対象となる不法行為が成立すると判断しています。

しかし、上記反論は、ハラスメントの主張をするためにやむなく構成したように思われてなりません。

 被告は,Aが被告の身体を触ったり,被告がAの陰部を触ったりしたことは認めつつ(被告本人),かかる行為は,Aの被告に対する性的ハラスメントであると主張する。

セクハラであると主張するには、性的不能な状態にあったとしても、性的に嫌悪感を感じる程度の行為を要求されたと主張する必要があるわけです。そうすると、主張に若干のひずみが生じてしまうのではないかと思われます。この裁判例をひもとくと、不貞行為の慰謝料請求をするには、不貞行為がなくてもよい、と読めることにはなります。

4 若干の疑問

裁判所は、実はすでに指摘した500万円のうち300万円がすでに原告に消費されていることを認定し、原告の700万円の請求を排斥しています。ある意味で、不貞行為がなくても不法行為が成立する、不貞行為は性交渉そのものだけを意味しているわけではない、という命題を提示しているところまではよいのですが、被告が不倫相手に500万円を交付し、現実に原告が300万円を消費している事情がないなら、いくらの慰謝料請求が認容されたのでしょうか?少なくとも、300万円の慰謝料が認容されることはなかったように思っています(性的行為もなし、離婚もしていない状態です。)。

そうすると、被告は、ある意味で300万円の慰謝料をみとめられてしまったような状況に陥るので、その意味では疑問を覚えています。

(2) ところで,原告の被告に対する本件請求は,その性質上,Aと被告との間の共同不法行為に基づく請求に他ならず,両者の責任は不真正連帯債務の関係にあるところ,前記1(10)に認定したとおり,共同不法行為者であるAは,原告に対し,平成22年7月20日に500万円を支払い,うち300万円は原告によって夫婦の生活費として費消されたことが認められる。そして,上記500万円は,Aと被告との不貞を知って激怒した原告が,Aに対し,不貞の代償として支払いを求め,Aから支払われたものと認めるのが相当である。
 そうすると,Aと被告との共同不法行為による原告の精神的苦痛は,上記500万円(あるいは,少なくとも原告が費消した300万円)によって慰謝されたものと認められ,それ以上に,原告が被告に対し,Aと被告との不貞行為により慰謝料を求めるほどの損害を被ったことの立証はないといわざるを得ない。
 5 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?