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離婚裁判百選⑰不倫慰謝料を不貞相手に請求できないと主張すると?

世界でもまれにみる、不貞慰謝料請求が認められる国が日本です。
不貞慰謝料請求は制限される方向にあることは、有力な学説のほとんどが承認している状態です。では、実際の裁判の現場で、不貞慰謝料を他方配偶者ではなく第三者(一緒に不貞行為をした不倫相手)に対して制限できない、と反論した場合、裁判所はどうはんだんするのか?

1 裁判例の検討


 東京地方裁判所において令和3年2月15日に出された裁判例は、原告が

330万円を求めた事件において、165万円の請求を認容しています。以下被告の反論を引用します。

 貞操義務は婚姻当事者間の債権的な義務であるから,第三者が不貞行為によって損害賠償義務を負うのは,積極的債権侵害の場合,すなわち,強制性交など極めて違法性が高い行為によって性的関係に至った場合や,不貞行為を利用して他方配偶者を害しようとした場合に限られる。この点,被告には,原告とAとの家庭関係を壊す積極的な意思はなかった。
 また,最高裁の判例によれば,婚姻関係が既に破綻していた場合には,夫と不貞行為に及んだ第三者は妻に対して不法行為責任を負わない。この点,原告とAとの婚姻関係は被告とAとの不貞以前に破綻していた。仮にその後に破綻したとしてもその原因は被告とAとの不貞ではない。
 したがって,被告は,原告に対し不法行為責任を負わない。

 被告のこの反論は、学説が有力に主張する、慰謝料請求を認容するためには故意、を超えて害意、すなわち夫婦関係をあえて壊しに行っている認識まで必要なのだとする見解です(積極的債権侵害の理論に準ずる立場)。また、確立した最高裁判例をも引用し、夫婦関係の破綻の場合には不貞行為の慰謝料債務を負担しない、おそらく慰謝料請求は無制限ではなく、一定の制限を伴うものなのであるとの主張でしょう。

2 裁判所の判断


結論的に、被告の反論は一蹴されています。

‥(前略)‥
2 被告の不法行為責任の有無について  (1) 夫婦の一方の配偶者と不貞関係を持った第三者は,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害するものであり,故意又は過失がある限り,その他方の配偶者の被った精神的苦痛を慰謝すべき義務がある。ここにいう夫又は妻としての権利とは,相手方配偶者に対して貞操を求める債権的な権利にとどまるものではなく,婚姻共同生活の平和の維持という人格権的な権利又は法的保護に値する利益を指すものである。したがって,上記夫婦の婚姻関係が不貞行為の当時既に破綻していたときは,このような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえないから,特段の事情のない限り,上記第三者は,上記他方の配偶者に対して不法行為責任を負わない。以上が最高裁の判例であり(最高裁昭和54年3月30日第二小法廷判決・民集33巻2号303頁,最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号993頁参照),本件においてこれと別異に解すべき事情は認められない。

 この裁判例は、被告の反論に対しては触れることさえせず、通常の不法行為成立の判断に落としています。これは、我が国の裁判例においては、不貞行為の成立要件を制限する方向での議論はしていない、と位置付けることができるでしょう(学説はおおむね制限する方向で一致していますが、裁判所はこれを受け入れる方向では考えていないということか)。

3 若干の検討


 
本件は150万円の請求を認容し、15万円の弁護士等への費用を認容しています。制限する方向を打ち出すのは、0か1か、などの極端な方法、すなわち第三者への慰謝料請求を認めるorNOTの一択ではなく、悪質性などに応じて、金額を柔軟に見る方法があるのではないか。この意味において学説は、家庭内の問題として解決すべき、という価値判断に基づいて制限する方向を打ち出しているだけであって、他の不法行為責任に比較して強度の違法性を必要とする理由を述べ切れていないのではないか。

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