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不倫判例百選㉜恋愛は自由である。

0 はじめに

恋愛は自由である?制約なき自由であり続けることはできるのか。

1 恋愛と自由論を考える

札幌地方裁判所旭川支部において、平成元年12月27日に出された決定【繁機工設備事件】では、労働者どおしが社内恋愛にあることを根拠としてなされた懲戒解雇の効力をめぐって、労働者が雇用契約の存在を主張して争ったケースです。

労働者側の主張 右解雇は個人の恋愛というおよそ解雇理由とはなり得ないことを理由とするものであるし、明らかに解雇権の濫用であり無効であるから、債権者は債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあり、昭和六三年六月一日以降の賃金の支払を受ける権利を有するものである。
会社側の主張
1 債務者は、主として水道管工事の施工を業とする有限会社で、年間の総売上が約二億円、従業員が債権者を含めて一一名の零細企業であり、一般住宅の一階八畳間及び六畳間を事務所としている。
 2 債務者の就業規則第二三条二号には従業員が「素行不良で職場の風紀・秩序を乱した」場合に懲戒をなし得る旨の定めがあり、同第二四条には懲戒の一つとして当該従業員を解雇し得る旨の定めがある。
 3 債務者の代表者大津佐公は営業を、専務取締役大津繁人は水道管工事の図面作成及び事務一般を、乙川は工事現場で水道管工事の指揮監督をそれぞれ担当していた。
 4 債権者は、昭和六一年一一月ころ債務者に採用され、経理等を担当していたが、間もなく乙川と急速に親しくなり、昭和六二年春ころには同人との関係が債務者の従業員らばかりでなく、債務者の取引関係者の間においても取り沙汰されるようになった。
 5 債権者及び乙川は、勤務中に他の従業員が事務所に入ってきてもこれを無視して二人だけで談笑し、それぞれの事務机を隣り合わせて並べ、休息時間に一つのどんぶりからラーメンを交互に食べるなど余りにも常軌を逸する行為を行った。
 6 債務者の従業員らは、債権者及び乙川の右態度を見るに見兼ねて、なるべく事務所に立ち寄らないようになり、昼食も路上の車の中で食べるようになった。
 7 乙川は、本来工事現場において指揮監督する立場にありながら、他の従業員らが事務所に寄り付かないことをよいことにして、本来不必要な仕事を業務として行うと称し、債権者と共に事務所に常駐するようになった。
 8 債務者の代表者は、同年一〇月ころ、債権者及び乙川の前記行為等について従業員らから苦情が寄せられたため、乙川に対し注意を促したところ、同人は債権者との恋愛関係を否定せず、その後の態度にも変化はなかった。
9 債務者の代表者は、その後も再三にわたり債権者及び乙川に対し注意を促していたが、昭和六三年三月ころ乙川の妻から乙川が度々債権者宅に宿泊し、離婚の意思を表明するようになったとの苦情が寄せられたため、同月九日、債権者及び乙川を呼び、身辺整理をするよう厳重に注意したところ、債権者は、「恋愛は自由である」などと述べ、全く反省の態度を示さなかった。
 10 そこで債務者の代表者は、同年四月二日、債権者及び乙川に対し、社内の風紀等の点から同人らが同じ職場で勤務することは困難である旨告げたところ、同人らがこれに反発したので、同月九日債権者を就業規則第二三条二号、第二四条により懲戒解雇した。
 債権者と乙川との関係は、いわゆる不倫として社会的に非難されるべきものであり、同人らがこうした関係を続けることは、債務者の取引先に対し、債務者が従業員の素行不良も注意できない会社であるとの印象を与え、債務者の信用を著しく傷つけるものであり、また現実に債務者の従業員の業務遂行の円滑さに支障をきたすものであったため、企業存立のため債務者は債権者を解雇せざるを得なかったものであり、本件解雇は正当な理由に基づくものである。

これは、労働者側の主張に対し、法人側は、「素行不良で職場の風紀・秩序を乱した」という就業規則の文言を手掛かりに、法人側の就業環境を害した=懲戒解雇は正当であったと主張しています。

これが容れられるのであれば、恋愛は自由である、という命題は、就業先の風紀・秩序を乱さない限りで自由である、という、一種の制約を伴う形で理解する?ことになるかもしれません。恋愛は無制約なのか。

2 決定分から考える

債権者と乙川との交際は、乙川が昭和六二年八月ころ債権者の住むアパートに泊まるなどした際にアパートの前に停めた乙川の車を会社の従業員に見られたり、そのころ債権者と乙川とが会社の事務室内で弁当のおかずを交換して食べたり、親しそうに話したりしていたため間もなく会社の従業員らに知られるところになり、従業員、取引関係者らの噂の種にされるようになった。

噂の種にされることと、恋愛は自由だ、という命題は、矛盾するものではないでしょう。ここまでは、ありていにいうと、だれにも迷惑はかけていない。

債務者の代表者は、従業員や取引関係者から債権者と乙川との関係を聞き、同年一〇月ころ、乙川に対し、妻と子のためにも債権者との交際を断つよう忠告したが、その後も同人らの交際は続いた上、乙川の妻が乙川から離婚をほのめかされて困っているなどという話を人伝てに聞いたこともあって、更に昭和六三年一月、債権者及び乙川に対し、「プライベートなことに干渉できないが、二人は交際を止めた方がよい。」旨の忠告をした。
 債権者と乙川の事務机は、会社の事務室において、昭和六二年七月までは他の従業員の机を隔てて配置されていたところ、同年八月ころ、債権者と乙川は、右従業員が退職したことをきっかけに、無線機や電話をとるために便利だとして両者の事務机を隣接させたが、同年一二月債務者の代表者から指示を受けて、再び他の従業員の机で隔てるよう置き直した。
債務者の代表者らは、前記忠告後も債権者と乙川との交際が依然として続いていたため、同年四月二日乙川に対し、債権者が二か月後くらいをめどに会社を辞めるよう話をして貰いたい旨申し向けた。乙川からこの旨を伝えられた債権者は、同月五日債務者の代表者に会って右の件について説明を求めたところ、同人から、乙川との交際に対し会社内外で非難の声が上がっていること、交際により、社内の風紀が乱され、従業員の仕事の意欲が低下し、債務者の代表者の体面が汚されることなどの理由をあげて退職して欲しいと告げられた。
 これに対し、債権者は、交際により風紀が乱されたり仕事の意欲が低下したことはないし、乙川との関係はプライベートなことで、当事者間で解決に向けて話し合っているところだから退職しなければならない理由はない旨答え、退職の意思のないことを伝えたが、債務者の代表者から、「家庭を壊すのはよくないし、二人の交際は不倫であって、いくら仕事に支障がなくとも従業員に示しがつかず、私が笑い者になるからとにかく会社を辞めて欲しい。」旨言い渡された。
 (六) 債務者の代表者は、同月九日債権者に対し、債権者が債務者の従業員で妻子のある男性と恋愛(不倫)関係を続け、会社全体の風紀・秩序を乱し、企業の運営に支障をきたしたので、解雇する旨記載した解雇通知書を手渡し、本件解雇をした。

ここまでの決定分を読んでいると、恋愛は、外圧を伴うものであることがよくわかります。

他方、その外圧は、あくまでも他社からの外圧として与えられたものであって、会社全体の風紀と秩序を具体的にどう害しているのか?むしろ風紀を乱しているのは、外部の人間ではないのか?

3 解雇は有効なのか?

解雇の効力
 債権者が妻子ある乙川と男女関係を含む恋愛関係を継続することは、特段の事情のない限りその妻に対する不法行為となる上、社会的に非難される余地のある行為であるから、債務者の前記就業規則第二三条二号所定の「素行不良」に該当しうることは一応否定できないところである。
しかしながら、右規程中の「職場の風紀・秩序を乱した」とは、これが従業員の懲戒事由とされていることなどからして、債務者の企業運営に具体的な影響を与えるものに限ると解すべきところ、前記認定の債権者及び乙川の地位、職務内容、交際の態様、会社の規模、業態等に照らしても、債権者と乙川との交際が債務者の職場の風紀・秩序を乱し、その企業運営に具体的な影響を与えたと一応認めるに足りる疎明はない。債務者は、債権者が乙川と共に一つのどんぶりからラーメンを食べるなど常軌を逸した行為に及んだため、債務者の従業員が右の行為等を見るに見兼ねて事務所に立ち入らなくなったし、乙川が必要な仕事をせずに事務所で債権者と一緒にいるようになった旨主張し、〈証拠〉にはこれに沿う部分があるが、これらはいずれも〈証拠〉に照らし措信できず、他に債務者の右主張事実を一応認めるに足りる疎明はない。
 以上の次第で、本件解雇は、懲戒事由に該当する事実があるとはいえないから無効であり、他に主張・疎明のない本件においては、債権者は依然として債務者の従業員たる地位を有するものである。

不貞行為は、被害者妻との関係で非難される性質の行為であることは承認しつつ、本件会社における就業規則上の「職場の秩序・風紀」を害したにはあたらないことを指摘しています。会社側は、労働者が乙川と共に一つのどんぶりからラーメンを食べるなど常軌を逸した行為に及んだことや、債務者の従業員が右の行為等を見るに見兼ねて事務所に立ち入らなくなったこと、乙川が必要な仕事をせずに事務所で債権者と一緒にいるようになったことを主張していたようですが、恋愛は自由である、という反論には耳を貸していません。

法人側は、ある意味、(恋愛は自由であることを承認しつつ)就業時間内は規律に服する、という限度の主張をしていると読めます。

私個人は、他の従業員が害された、などの外圧=ある意味で迂回した主張をするより、その不貞行為の悪質性や程度を正面から問題にすることで、場合によっては違う結論を得たのではないか?

恋愛は自由である、しかし制約なき自由とまでは言えないといったところでしょうか。


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