【小説】炎の魔女を次期国王とする。
私は強い。
父さんも母さんも兄さんも姉さんも私を疎んだ。
私が炎を出すからだ。
『炎の魔女、出現する。自宅を高温で焼き尽くし、焼け跡すら残らなかったため、家族は生存は不明。おそらく全員死亡したと思われる。本人は時折街に出没し、正体が見つかると堂々とあたりを焼き捨てて姿をくらます。捕まえようとすればするほど被害が膨らみ、軍も苦慮している……』
王は、報告書から目を上げる。さらさらと太陽の金の髪が揺れる。
南にある隣国トートーニャの魔女の話だ。
トートーニャには魔術はない。魔力の強いものは自然に生まれてくるが、そういうものは忌み嫌われて、差別され、あげくの果てに殺されたりもするのだという。
王の治める麗国には魔術がある。345年前に体系化した天才魔術師がいた。
どんな人間にも魔力はあるが、強い弱いはあり、意志を持って有用に使えるほどに強いものは全体の3割。さらに強力なものは1割に満たないほど。
王であるレイはその1割に入る。
というより、王になるために魔力が強くあることが必要条件なのだ。
魔力が極端に強く、攻撃力が強く、国を守り戦えるもの。それが王の条件。
血筋は関係ない。性別もどうでもいい。強く、民に支持される人望があればいい。
レイは飛び抜けて魔力が高く、7歳で王立の魔術学校に入った。そこから12年修行を積み卒業し、同時に教師になり、軍にも籍を置いた。
そして、前王に目をかけられ、前王の死と共に王となった。
もうずっとずっと昔のことだ。
見た目はいくらでも操作できる。身体能力もいくらでも操作できる。魔術の力はすさまじい。
しかし寿命はどうしようもない。
あと十年か二十年か。三十年くらい生きるかもしれない。
でも明日に死ぬかもしれない。
それほどの年ではあった。
後継者を探さなければならない。
前王は私の姿を見て、何度も「ああ、お前がいるおかげでいつでも死ねる。ありがとう。頼んだよ」と言っていた。胸がつかえるような気持ちになり、肩にどっかりと重荷を背負わされた気持ちにもなった。
でも、すごく嬉しそうに笑ってくれていたから「お任せください。でも、できるだけ長生きしてくださいね」といつも返していた。
レイは溜息を吐く。
目ぼしい人材がいなかった。皆それなりに優秀ではあったが、飛び抜けた子がいない。
飛び抜けていなければ王として、民は認めない。
レイが産んだ子は三人いたが、魔力は遺伝ではないから、関係なかった。そもそも魔力を持つレイが、魔力ゆえに長生きしたせいで、子は三人とも死んでいる。
「後継者になるかな、この子は」
レイは優しく目を細めると、早速トートーニャの外交官を召喚した。
寒い。
小屋の中は暖かい。
春だ。
でも寒い。
世界はどうしてこんなに寒いんだろう。
私はなんで生きているんだろう。
「炎……」
口にすると、フワリと空中に炎がわく。
昔は制御できなくて、母さんや父さんに怒られたり、逃げられたり、姉さんに……
「思い出したくない」
なんで生きてるんだっけ。
「寒い」
炎がヒラヒラ舞う。
全身の周りをグルグルとリボンのように回転して、螺旋を描く。
炎だけは私の味方だ。
「でもお前のせいで、私は愛されなかった」
炎がグラグラと揺れる。
「お前なんかいなかったらよかった」
「でもお前以外なんて嫌い」
結局、私には炎しかないのだ。
「大好き」
炎がヒラヒラと舞い踊る。
百人の炎の小人が踊るように。
ああ。
「綺麗」
「……綺麗だな」
「!!?」
レイは、炎の魔女を迎えにいくことにした。
問題は外交上の問題だ。
トートーニャは魔術を使う麗国を毛嫌いしている。
そもそもトートーニャの魔力あるものたちが、迫害されて、トートーニャから麗国に逃げてくるのだ。
それを麗国は全部受け入れてきた。レイの娘の夫テイロも、トートーニャから来た。とびっきりの魔力の持ち主で、娘が死んだ今も生きている。しかし、後継者になるほどではない。
レイは外交官から情報を絞りあげつくした後、みずから秘密裡に麗国へと忍び込んだ。
連れは無用。
そして、山奥の小屋に件の魔女がいることを突き止めた。
小屋にそうっと忍び込み、チェストの影からベッドを見やる。
ベッドの上に座り込んだ件の魔女はブツブツと呟き「嫌い」だの「好き」だのと言っていた。
(テイロもあんな感じのとき、ときどきあったな……)
逃げてきたテイロを引き取ったのはレイだ。娘と結婚するとは思わなかったが。
ボッ。
炎が、座りこんだ魔女の身体を押し包む。
美しいリボンを踊り子が操るように、炎は座り込んだ魔女の周りで踊っている。
炎の精霊たちが、魔女を愛しているのがわかる。
「お前なんかいなかったらよかった」
炎の精霊たちが動揺する。
しかし「大好き」という魔女の言葉で、瞬く間に喜びに、さらに華やかに百に分裂して、すべてがバラバラに、しかし、統率を持って、美しき動くタペストリーをつくりあげる。
「綺麗だな」
レイが呟くと、魔女がギョッと身体をすくませた。
「かかれ!」
炎がレイに襲いかかってくる。
「封じよ」
レイは腕を一振りした。
炎が止む。
「敵じゃない」
「嘘!」
「嘘じゃない、私は麗国の者だ」
手首の腕輪を見せる。
(知っていると、いいのだが)
麗国独特の、百の縄を絡み合わせた腕輪。
百の縄全てに魔術がかけられ、発動すると消滅する。弾丸のようなものだ。
先程使ったから九十九に減っている。
「麗国の呪の腕輪……」
魔女がつぶやく。
(良かった、知ってる)
「そうだ。麗国だ。お前の存在を知った。迎えに来た。私はレイ。麗国の王だ」
「王?女王じゃなくて?」
「ああ、そういえばトートーニャはそういう言い方をするのか。いちいち性別をつけるのは馬鹿らしい。うちの国では女だろうが男だろうが王は王と呼ぶ」
「変なの」
「変だと判断するのはお前がトートーニャしか知らないからだ。国が変われば常識なんぞすぐに変わる」
王と名乗った不思議な女性は、いたって普通に喋りはじめた。
噂できいたことがある。
「北の国、麗国は呪いを使う、恐ろしいものが女王をやってるそうだ」
「こわいねえ。うちの国に攻め込んでこなきゃいいんだけど」
「商売で儲かってるから、領土に興味はないんだと」
「なら安心か。でも儲かってるのはいいねぇ。それも呪いでやってるんじゃ」
「そうに違いないさ。おそろしい国だよ、まったく。なんでも百の縄を絡み合わせて腕輪にして、それが解けるたびに呪いが発動するんだとか」
「おそろしいねえ」
「触らぬ神に祟りなし。関わり合いにならないこった」
そんな噂だ。
でも、縄目模様がすごく綺麗だ。
炎が踊るような美しい紋様。
「腕輪、綺麗ね」
思ったまんま言うと、王と言う女性が破顔する。
優しい目だ。兄さんがたしかこんな顔を姉さんに向けていた。私は、私には、誰も……
「お、おい」
女性が駆け寄ってきて、ベッドに乗り上げてくる。
私の頬にそぅっと触れる。
「どうした。なんか悲しいのか。なんでも言え」
ぬくい。
レイが笑顔を向けたら、魔女が泣き出した。
駆け寄って涙を拭く。
トートーニャから逃げてきたテイロも。私の笑顔や、娘エリスの笑顔に、泣き出すことがあった。
後で聞くと「トートーニャでは誰も俺に笑いかけてくれなかったから」と言っていた。
(喜怒哀楽がどうかしてる)
テイロの情緒の不安定さに、レイは深く納得して、大事にしてやろうと思った。
自分が泣いてるのに気づいた。
泣いたこと、なかったのに。
泣かないから気持ち悪がられたのに。
「あー、言いたくないなら言わなくていい。泣け泣け。いいから泣け」
女性が抱きしめてくる。
寒くない。
「そうだ、名前、名前なんていう?名前呼ばせてくれないか」
「ヒャク……」
「ヒャクか。そうか。ヒャク。なぁ、私の国に来ないか?麗国に来ないか?歓迎するぞ」
「歓迎?」
「ああ、大事にする。優しくする。いやなことしない」
「……なら行く」
「ぃよし!!」
身体が浮く。
抱き上げられた。
力持ち??
「行くぞ!」
いきなり視界がものすごい早回しになった。
(あ、目、回したか……)
ヒャクが、腕の中で気を失っている。
(酔って気分悪くなるよりいいか)
トートーニャの山奥から、麗国への国境を越え、麗国領内の街まで駆けてきた。
馬など目ではない速度だ。
魔力も体力も、鍛えられる限り日々鍛えているからこそなせる技。
娘エリスは「母さん、マジで王の器だよね。なんで私とこんなに能力違うの。こわ」と言っていた。エリスも魔力はそれなりにあったが、魔術が使えるほどではなかったから、母はちょっと不気味だったかもしれない。
が、テイロの方は張り合って鍛え出して、かないもしないのに喰らいついてくるの、面白かったな。
あの人も私の筋力には敵わなかったっけ……
「あ、あの」
腕の中でヒャクが目覚めた。
「あ、ごめんごめん」
宿の一室、ベッドの上にヒャクを降ろす。
目を覚ますと、綺麗な女性の顔が至近距離にあった。
び、びっくりした。
「ごめんごめん」
トスリとベッドに降ろされ。
コロンとベッドに伸びる。
「疲れただろ。寝ていいよ。明日は馬車に運んでもらって王城に行くけど」
「ここ、どこですか」
「麗国の街だよ。まあまあ栄えてるから……あ、観光していく?」
「いや、あの、そんなことしていいんですか?」
「なにが?」
「出歩いちゃいけないんじゃ」
「あ、トートーニャでは指名手配だっけ。いや、もう麗国だから大丈夫だよ」
「いや、母さんが……」
言って、ハッとする。
出歩くなって言った、母さん、そういや、殺したんだった。
私が。
だって。
殺そうと。
殺そうとするんだもの。
「ヒャーク」
ぽす、と頭にてのひら。
レイさんの手だ。
「もう、母さんは気にしなくていいから。な。こっちの国では、ヒャクは王の客だ」
「客?」
「客でいやなら子供でもいい」
子供?!
いやレイさん、22,3歳くらいだよ、ね?
私、15歳だし、親の歳じゃないよ?
「いや、そういう歳じゃ、ないですし」
「あーーー、そっか。そりゃ失礼。んん、孫?いやひ孫か?」
は??
「ま、いいや。じゃ、客だな。王の賓客だ。あ、そうそう。一応、私が連れ出したことは内緒にしてくれ。ヒャクが麗国に自分でやって来たことにしてくれないか」
「それ、は、いいですけど……」
話が置き去りにされてる。
「よし、決まり決まり。それで、いつも通り、難民を受け入れました!ということにする。で、たまたま魔力の強い子だったから、王宮の魔術学校に入れることにしました!!で、万事OKだ!!」
笑顔が眩しい。
長いくるくるした髪は金だし、目も金だし、肌は白いし、目の周りもなんか輝いた化粧で、物理でも眩しいが、表情自体も眩しい。
あ、忘れてた。
「レイさん、何歳ですか」
「123歳」
嘘……。
「王」
(怒ってる〜)
鳥を飛ばせて王城に迎えの馬車を呼んだら、テイロが馬車のおまけでやって来た。
「トートーニャに行ったとは正気ですか!?」
馬車の中で、レイとヒャクは横並び。向かいにテイロが座っている。
「正気だよ、余裕余裕」
「そりゃあ貴方は!貴方なら……貴方なら余裕でしょうが」
テイロが頭を抱え込む。
「あ、ヒャク。この子はテイロ。ヒャクと一緒でトートーニャ出身。気難しいけど、いい人だから普通に頼ったらいいぞ。わからないことがあったら、訊くといい」
テイロが顔を上げて、ヒャクを苛立たしげに見る。
ヒャクが怯えて、レイの腕を掴んだ。
「こーらー。そういう顔するな。トートーニャで炎の魔術を暴走させてた子だから。テイロなら、わかるだろ?」
テイロがハッとしてバツが悪そうに斜め下を見る。
そしてフルフルっと頭を振ると、顔を上げて、ヒャクに笑いかけた。
「すまない。君を歓迎する。俺はテイロだ。王の補佐をやってる。王に育てられた。王の義理の息子だ」
「歓迎する?」
「ん」
「優しくする?」
「ああ」
「うん」
「よろしくな」
「よろしく」
浮き沈みはげしき吟遊詩人稼業を続けるのは至難の業。今生きてるだけでもこれ奇跡のようなもの。どうか応援の投げ銭をくださいませ。ささ、どうぞ(帽子をさし出す)