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詩)最後の仕事 望月道子さんが繋いだもの

その日 2024年1月24日
霞が関の東京高裁の前では
肌を刺すような底冷えのビル風が
叩きつけるように吹き抜け
立っているのも辛い寒さだった
「私の最後の仕事ね‥」
唯一人
解体工であることを理由に
最高裁から高裁へ差し戻された仲間のために
神奈川アスベスト訴訟第2陣団長として
「首都圏アスベスト原告団」の緑のたすきをかけた
望月道子さんは
マイクを握って集まった支援の仲間に訴えた


あの日 決意した
まさか自分が まさか自分が
何度も何度も
自分に言い聞かせた
神奈川2陣の最初の原告団長だった前川貫二さん(電工)
その次に団長を務めた中川富衛さん(配管工)
中川さんはアスベスト建材メーカーの責任を明らかにするために
アスベスト建材作業のすさまじい曝露実態を
原告側の主尋問と被告側の反対尋問をあわせて4時間にわたって行い
裁判官に建設現場で何が起きていたのかを知らせ
告発した
圧倒的な事実の弁論の前に被告企業は
「自社の建材が現場ごとで特定できない」
「作業上アスベストを曝露することはない」
としか言えなかった
裁判を引っ張ってくれた中川さん
その中川さんが急激に体が弱り
最期は酸素ボンベが手放せなくなり 2019年亡くなった
どれほど無念だっただろう
生きて判決を聞きたかっただろう
東京高裁の判決を見ることなく
亡くなった前川さん、中川さんの遺志を継いで
3人目の原告団長にと言われ
2人の最期を思った

女で建設現場のハウスクリーニングの仕事
2012年にこの仕事を辞めるまで30年間
防塵ネットの中 真っ黒になって 埃まみれで働いてきた
残材やら廃材やらを片付け
男と同じ仕事をやらなければ認めてもらえない
重かろうが何だろうが担いできちっと整理し
女性の事業主だからといいねと信頼され 仕事を頂いてきた
2014年に提訴する時 悩みに悩んだ
娘から「お母さん辞めて!」ともいわれた
2017年の横浜地裁の判決では「事業主」であることを理由に
救済の対象から外された
これからも勝つかどうかわからない
進行性の肺がんを抱えて出来るだろうか
女性が団長になってまとまるだろうか
「それでも」という思いが
ふつふつと湧いてくる
わたしだって最初は「アスベスト」の「ア」の字も知らなかった
そんな自分が原告団になり
みんなと一緒に ここまで来た
前川さん 中川さん
裁判の途中でどんなに無念だっただろう
わたしができること
最後まで生き抜いて
2人の思いを受け継いでいく
団長を引き受けようと決めた

その日 2022年1月13日
首都圏アスベスト損害賠償請求神奈川訴訟第2陣原告団団長の
望月道子は最高裁において44名の申立人を代表して
最終意見陳述を行った
この裁判を迎えられなかった仲間の思いがよぎる
「裁判が終わるまで生き抜こうね」
そう言いあって 励ましあってきた仲間が
ひとりまたひとり去って逝った
中山さん、白田さん、西村さん
その顔がひとりひとり浮かぶ
「解決を見ることなく亡くなられてしまった仲間のことを思うと
とても残念で、辛く、深い悲しみに包まれます」
望月さんは身体ごと震えながら 
伝えようとした
裁判は法律の条文で争うのはわかっているが
提訴からすでに8年
「もうわたしたちには時間がない」
そのことを理屈抜きでわかってほしい
「この命が続く限り亡くなられた方々の思いを繋ぐことが私の責務だと思っております」
裁判長をはっきり見据え望月さんは述べた
2021年5月17日 最高裁は国と建材メーカーを断罪した
それでもなおメーカーは被害者に謝罪もせず
裁判を続けようとしている
メーカーも含めた救済制度はいまだに出来ていない
毎月 東神奈川駅で署名と要請行動を行ってきた
硬く門を閉ざしたままの被告企業前で宣伝行動も行ってきた
「経済効率」を優先してきた企業が裁判を引き延ばす

「最高裁判所が全てを解決していただきたいことを
残りわずかな命をかけて強く訴えたい」と望月さんは締めくくった

その日 2024年1月24日
望月さんはマイクで訴えた
「神奈川2陣は国と建材メーカーに勝利し賠償金を得ることができました。
しかし〆木保幸さんひとりが解体工ということで最高裁より差し戻されました
『絶対に勝利する』と元気に訴えておられた〆木さんでしたが、判決を待てず、その年の12月25日77歳でお亡くなりになりました。『勝利するまで絶対に生き抜こうね』と励ましあってきた仲間はもういません。残念でなりません。
私自身は治ることのない進行性の肺がんを患っていますが、今日まで生き延びることができました。同じアスベスト被害者を職種で差別されることなく救済してほしい」

屋外工事・解体工だけが賠償から除外されてきた悔しい思いを
裁判で「当事者が言わなければ」と
動くのがやっとの身体で訴え続けた
〆木さんの思いを
団長としての最後の仕事として
訴えた

神奈川アスベスト訴訟第2陣 唯一人の生存原告となった望月さんは
後から提訴した第3陣、第4陣の裁判支援にも必ずやってくる
提訴し 自分自身が進行する病気の不安と闘う本人原告
夫や息子のことを慣れない環境の中でマイクを握って伝える遺族原告の
心細いであろう気持ちを少しでも慰めたてあげたい
自分自身もそうだったように 励ましてあげたい
「勝利するまで絶対に生き抜こうね」そう声をかけてあげたい
団長として
望月さんは 全うしようとしている
人間が人間としてあるべき姿で 
あるべきままであるように 
生きられるように手を携える 最後の仕事を


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げん(高細玄一)文学フリマ東京39 な-20
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